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本編
お賽銭 1
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「あ、忘れるところでした。
こちら、履歴書です」
「ああ、そうでしたね。
拝見します」
佐々木宮司は僕が差し出した封筒から履歴書を取り出して読み始めた。
とはいえ、昨日かなり色々なことを宮司に打ち明けてしまったので、出身地や出身大学、神職歴など履歴書に書いてあるようなことは、すでにほとんど知っていると思う。
「ほう、大学では雅楽部だったのですか。
楽器は何を?」
「笛です」
雅楽で笛と言うと、いわゆる横笛のことだ。
曲の系統によって3種類ほどを使い分けることになるが、それでも楽器の値段は他の篳篥や笙に比べて安いし、神社でも御神楽など単管で演奏する機会も多くて汎用性が高いので、人気がある楽器だ。
「ああ、それはいいですね。
よかったら、お祭りの時に吹いてもらえますか?」
「はい、もちろんです」
「楽しみにしておきますね。
ああ、ちなみにうちの神社の祭礼は、1月1日の歳旦祭、2月17日の祈年祭、旧暦の9月9日で新暦では10月上旬の例祭、11月23日の新嘗祭の4つになりますね」
「旧暦9月9日というと重陽——菊の節句ですか?」
「ええ。
言い伝えでは御祭神の御二方が出会った日で、そのために妻の狐は『菊』と名付けられたそうです」
「ああ、なるほど」
神社の一番重要なお祭りである例祭は、その神社の記念日や、御祭神に関係のある日であることが多い。
こちらの神社の御祭神は夫婦神なので、御二方が出会った日というのもありだろう。
「まあ、小さい神社ですから、お祭りは基本的なものだけですね。
参列するのもほぼ総代さんだけですし、装束も全部狩衣です」
「あ、それは助かりました。
僕、狩衣しか持っていないので」
前の神社では狩衣以外の装束を着るお祭りもあったが、全て貸与品だったので、僕が持っている私物の装束は狩衣一着だけだ。
その他の装束は一式揃えると数十万するものもあるので、正直買わずにすんで助かった。
ちなみに毎日身につける白衣袴足袋などは支給されていたので、何枚か持っている。
「説明することはこれくらいですかね。
何か質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「まあ、実際に働いてみないとわからないこともあるでしょうから、何かあったらその都度聞いてください」
「はい、わかりました」
————————————————
その後、宮司は「人と会う約束があるから」と言って出かけたので、授与所の窓口に座って、太郎くん——バイトの松下くんに「他の人もみんなそう呼ぶので」と名前で呼ぶように言われた——に授与所の仕事を教えてもらった。
授与品はお札とお守り数種類と絵馬くらいで、そう複雑でもなさそうだ。
御朱印も試しに1枚書いてみたが、「稲荷神社」という文字はそれほど難しくないので、バランスよく書くことができた。
「わあ、中芝さん、上手ですね。
僕も練習してだいぶましになったんですけど、まだまだ下手くそで」
「僕も学生の頃は下手だったよ。
前の神社で毎日書いてたから、それなりに書けるようになったけど。
こっちの宮司さんが書いたのは、僕よりもっと上手だよね。
やっぱり年季が違うなあ」
宮司が書いた御朱印は上品で柔らかな筆致で書かれていて、なんとなくその人柄が表れているようだ。
「すいません、御朱印お願いできますか」
「はい、お預かりします」
ちょうどその時、参拝者に御朱印を頼まれたので、僕は御朱印帳を受け取り、宮司の文字を思い浮かべつつ丁寧に御朱印を書き始めた。
————————————————
こちら、履歴書です」
「ああ、そうでしたね。
拝見します」
佐々木宮司は僕が差し出した封筒から履歴書を取り出して読み始めた。
とはいえ、昨日かなり色々なことを宮司に打ち明けてしまったので、出身地や出身大学、神職歴など履歴書に書いてあるようなことは、すでにほとんど知っていると思う。
「ほう、大学では雅楽部だったのですか。
楽器は何を?」
「笛です」
雅楽で笛と言うと、いわゆる横笛のことだ。
曲の系統によって3種類ほどを使い分けることになるが、それでも楽器の値段は他の篳篥や笙に比べて安いし、神社でも御神楽など単管で演奏する機会も多くて汎用性が高いので、人気がある楽器だ。
「ああ、それはいいですね。
よかったら、お祭りの時に吹いてもらえますか?」
「はい、もちろんです」
「楽しみにしておきますね。
ああ、ちなみにうちの神社の祭礼は、1月1日の歳旦祭、2月17日の祈年祭、旧暦の9月9日で新暦では10月上旬の例祭、11月23日の新嘗祭の4つになりますね」
「旧暦9月9日というと重陽——菊の節句ですか?」
「ええ。
言い伝えでは御祭神の御二方が出会った日で、そのために妻の狐は『菊』と名付けられたそうです」
「ああ、なるほど」
神社の一番重要なお祭りである例祭は、その神社の記念日や、御祭神に関係のある日であることが多い。
こちらの神社の御祭神は夫婦神なので、御二方が出会った日というのもありだろう。
「まあ、小さい神社ですから、お祭りは基本的なものだけですね。
参列するのもほぼ総代さんだけですし、装束も全部狩衣です」
「あ、それは助かりました。
僕、狩衣しか持っていないので」
前の神社では狩衣以外の装束を着るお祭りもあったが、全て貸与品だったので、僕が持っている私物の装束は狩衣一着だけだ。
その他の装束は一式揃えると数十万するものもあるので、正直買わずにすんで助かった。
ちなみに毎日身につける白衣袴足袋などは支給されていたので、何枚か持っている。
「説明することはこれくらいですかね。
何か質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「まあ、実際に働いてみないとわからないこともあるでしょうから、何かあったらその都度聞いてください」
「はい、わかりました」
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その後、宮司は「人と会う約束があるから」と言って出かけたので、授与所の窓口に座って、太郎くん——バイトの松下くんに「他の人もみんなそう呼ぶので」と名前で呼ぶように言われた——に授与所の仕事を教えてもらった。
授与品はお札とお守り数種類と絵馬くらいで、そう複雑でもなさそうだ。
御朱印も試しに1枚書いてみたが、「稲荷神社」という文字はそれほど難しくないので、バランスよく書くことができた。
「わあ、中芝さん、上手ですね。
僕も練習してだいぶましになったんですけど、まだまだ下手くそで」
「僕も学生の頃は下手だったよ。
前の神社で毎日書いてたから、それなりに書けるようになったけど。
こっちの宮司さんが書いたのは、僕よりもっと上手だよね。
やっぱり年季が違うなあ」
宮司が書いた御朱印は上品で柔らかな筆致で書かれていて、なんとなくその人柄が表れているようだ。
「すいません、御朱印お願いできますか」
「はい、お預かりします」
ちょうどその時、参拝者に御朱印を頼まれたので、僕は御朱印帳を受け取り、宮司の文字を思い浮かべつつ丁寧に御朱印を書き始めた。
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