声無き世界

鳴神楓

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本編

俺の事情

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 男がしゃべれないとわかって俺がほっとした理由には、俺自身が抱えている事情が関係している。


 俺が高3の夏、両親の仲が険悪になった。
 もともと両親はとくに仲が良くも悪くもない普通の夫婦だったのだけれど、いったい何がきっかけだったのか、その頃から急に仲が悪くなり、しょっちゅう口ゲンカするようになった。
 お互いのちょっとした癖やささいな欠点をあげて嫌いだと言い合ったり、昔の出来事を蒸し返して互いに責めあったりする両親の口ゲンカは、とてもじゃないけど隣で聞いていられるようなものではなくて、2人のケンカが始まると俺はそっとリビングを出て自分の部屋にこもり、ヘッドホンで音楽をかけて両親が互いをののしり合う声を聞かないようにしていた。

 家の中の雰囲気は最悪で、受験勉強にも身が入らなくなり、両親だけでなく俺もずっとイライラしていたのだが、そういう態度は知らない間に外に出てしまっていたらしい。
 気がついたら俺は友達と作っていたメッセージアプリのグループから外されてしまっていた。
 考えてみたら、夏休みの後半ぐらいから友達からのメッセージをしょっちゅう既読スルーしていたし、一緒に遊んだ時もみんなに着いて行くだけで話しかけられても生返事だったし、みんなの誘い自体を断ったりもしたから、グループから外されるのも当然だと思う。
 さすがに自分の態度が悪かったと反省して、2学期が始まってみんなと顔を合わせた時、両親がケンカしているせいでイライラしてたから態度が悪くてごめんと、事情を話して謝った。
 一応はそれでみんな許してはくれたのだけど、どうもそれは口だけのことで実際には許してもらえていなかったらしい。
 俺が話しかけてもみんなろくに返事もしてくれないし、メッセージアプリのグループにももう一度入れてもらったけど俺抜きで新しいグループを作ってみんなそちらで話しているみたいで元のグループではまったく会話がなくなり、俺はほとんど孤立状態になってしまった。

 俺が友達にハブられるようになってから、クラスの他の奴らも何となく俺に近づかなくなってしまった。
 ハブられたとはいえ、高3にもなるとさすがに露骨にイジメられたりはしなかったけれど、その代わりにこそこそと、しかし俺に聞こえるような声で、俺のうわさ話をされるようになった。

 あることないこと取り混ぜた悪口がクラスのあちこちから聞こえてくるという状況は、かなり辛い。
 学校ではこそこそと悪口を言われ、家では両親が大声でののしり合う、そんな状況が続くうちに、俺は人の声に対する恐怖症のような状態になってしまった。
 人の声が聞こえると、同級生の悪口や両親のケンカを思い出してしまって、怖くて冷や汗が出て体が動かなくなるので、外に出ることはおろか、テレビも歌の入った音楽も聞けなくなり、俺は一日中ヘッドホンでクラシックやインストなど人の声の入ってない音楽を聞きながら自分の部屋に引きこもるようになった。

 俺が学校に行けなくなると、両親はその責任をお互いに押し付けあい、さらに仲が悪くなった。
 担任が学校に行けなくなった俺を心配してくれて、会ったり電話で話したり出来ない俺のためにメールで相談に乗ってくれて、スクールカウンセラーの人にも相談して、冬頃にはヘッドホンや耳栓でごまかしつつ何とか保健室登校できるようになったけれど、その頃には両親の不仲は決定的になっていて、2人の間で俺の高校卒業に合わせて離婚するということに決まってしまっていた。

 両親はどちらが俺を引き取ってもいいと言ったし、大学の学費は出すと言ったが、俺としてはもう父とも母とも一緒に暮らす気にはなれなかったし、大学も受験勉強もろくにできてないし、もし合格できても人の声が怖いから講義が受けられないので、進学はあきらめてフリーターになって一人暮らしすることにした。

 保健室登校とレポートと追試でどうにか高校は卒業し、恐怖に耐えながら死ぬ気でバイトの面接を受け、仕事中にあまり話し声を聞かなくてもすむ工場でのバイトに受かった。
 家賃は高めだけど防音のワンルームマンションを借りて、バイトの行き帰りや休憩時間は耳栓やイヤホンを使い、バイトが終わったら家でスマホやパソコンでできる内職みたいな仕事をして。
 そうやって、声恐怖症ともうまく折り合いをつけながら何とか一人暮らしをして、そろそろ両親からの金銭的援助を受けなくてもやっていけるかなと思い始めた、そんな時に俺はこの異世界の森に飛ばされて来たのだった。
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