俺とタロと小さな家

鳴神楓

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第3章 俺とタロの未来

おまけ:神使のお仕事(side:学)

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「おーい、タロを迎えに行くから、付き合ってくれ」

庭の稲荷神社の側に丸くなっていたものに声をかけると、それは起き上がってこちらに歩いて来た。

やってきたのは、タロにそっくりの黒柴犬だ。
顔立ちも体格も模様も、右後ろ足が黒いところも、見た目はタロそのものだが、これはタロではなく式神(しきがみ)だ。

タロが正式な神使になったばかりの頃、初めて人間のタロと一緒に商店街に行った時、顔なじみのお店の人たちに「今日は(犬の)タロくんはどうしたの?」と聞かれてまくって困ったので、佐々木さんに相談すると、この式神をくれた。

式神は普段は小さな木彫りの犬の人形だが、タロがふっと息を吹きかけると、タロそっくりの犬になる。
タロが神社に手伝いに行く時や、俺と人間のタロと散歩に行く時は、式神が犬のタロの代わりをしてくれる。
式神は俺しかいない時は、庭のお稲荷さんの側でじっとしているが、客が来たり外に出かけたりする時は、ちゃんとタロっぽい行動をしてくれる。
タロほどではないが、なかなか賢いやつなのだ。

式神をタロの散歩用ロープでつなぐと、俺はリュックを肩にかけて玄関を出た。
リュックの中にはさっき作ったばかりのおにぎりとスケッチブックと鉛筆が入っている。
今日のタロの手伝いは午前中で終わると言っていたから、神社まで迎えに行って、帰りに商店街でメンチカツでも買って近くの公園まで足を伸ばそうかと思っている。
そろそろ梅が咲いているはずだから、公園で梅を見ながらお昼を食べたら、ピクニックみたいで楽しそうだ。

そんなことを考えながら歩く俺の前で、式神は迷うことなく商店街に向かって歩いている。

こうやって見ると、タロに似てるけど、やっぱりタロとは違うんだよな。

式神は見た目はタロにそっくりだけれども、やはり毎日一緒に暮らしている俺の目から見ると、別ものなのだとわかる。
タロは散歩の時はもっとはしゃいでいるし、時々俺の方を振り返ったり、戻ってきて俺の足に体をすり寄せてからまた歩き出したりと、俺と一緒に散歩するのが楽しくて仕方がないといった感じだ。
こうやって比べてみると、タロは犬の時も本当に俺のことを好きでいてくれるんだなあと、改めて感じる。

「おや、松下さん」
「あ、佐々木さん、こんにちは」

向こうの角から歩いてきたのは、大家で宮司でタロの大先輩の佐々木さんだ。
ご祈祷に行ってきた帰りなのか、大きな荷物をぶら下げている。

「タロくんを迎えにいらしたんですか?」
「はい、まだ少し早いけど、ついでだから神社でスケッチでもさせてもらおうかと思って。
 あ、荷物持ちます」
「ああ、ありがとうございます」

片手に式神の散歩ロープ、片手に風呂敷包みをぶらさげて、俺は佐々木さんと並んで歩き出す。

「ところでタロは神社ではうまくやってますか?」
「ええ、がんばってくれていますよ。
 タロくんは人当たりがいいですし、参拝者の方にも評判がいいです。
 まあ20才の人間にしては、少し幼いというか世間知らずなところはありますが、元引きこもりということで皆さん温かい目で見てくださっていますしね」
「そうですか、よかった」

タロが神社の手伝いをすることになって、元橋さんにとっさに話した嘘の設定をそのまま使うことにした。
人間のタロと俺が同居している理由として、俺たちが親戚同士でタロの引きこもりを治すのに環境を変えるために預かっているというのは、それらしく聞こえるかなと思ったからだ。
20才の男が学校にも行かず定職にもつかず、神社で短時間働いているだけという状況も、元引きこもりならありえる話だろう。

ちなみに年齢は17才くらいでも通りそうな気はするが、成人済みということにしておかないと俺との恋愛関係に差し支えるので、20才ということにしてある。
タロ、というか松下太郎が俺の恋人であるということは、さすがに神社に来る人や商店街の人たちにまでわざわざ言って回るようなことはしないが、うちに遊びに来た友人などには普通に話している。

「それにタロくんと言えば、最近神社にかわいい男の子がいるとSNSか何かでちょっと話題になったらしくて、おかげで若い女性の参拝者も増えてるんですよ」
「あ……あれですか……」

つい最近、友人から「これ、太郎くんじゃないか?」と教えてもらったのだが、どうやら神社巡りが趣味の女性がSNSに御朱印の写真を載せるついでにタロの隠し撮り写真も載せてしまったらしい。
さすがに顔は隠してあったが、白の作務衣姿でほうきを持ったタロの写真に「かわいい男の子がお掃除してました」とか書いてあったら、余計に見に行きたくなってしまう人もいるだろう。
幸いそれほど拡散はしていなかったようだが、こんなことがたびたびあるようだと、タロが変質者に目をつけられてつきまとわれたりしないかと心配になってしまう。

心配のあまり、タロに神社になんか行かないで、ずっと俺のそばにいろと言ってしまいたくなるのだが、さすがにそれは自分でも心配というより独占欲から出た考えだという自覚はあるので自重している。
それにどっちにしたって、神使のお仕事をするんだと張り切って神社に出かけて行き、帰ってくるとその日あったことや会った人のことを楽しそうに話すタロを見ていると、とてもじゃないが、神社に行くななんて言えるはずがない。

俺の内心の葛藤など知らず、隣を歩く佐々木さんは参拝者が増えることを単純に喜んでいるらしい。

「それでですね、どうせならタロくんにも私と同じような白衣と袴でお手伝いをしてもらってはどうかなと考えているんですよ。
 やはり作務衣よりも神主の格好の方が、話題になるのではないかと思いまして」
「え……!」

それは絶対、まずい気がする。
今でもあんな写真をSNSに上げられているのに、タロが神主の格好なんかしたら、かわいすぎて、冗談抜きで隠し撮りされまくりの拡散されまくりになってしまう。

「いや、でも、タロは神主の資格があるわけでもないのに、神主の格好なんかしたらまずいんじゃないですかね……」
「見習いということで白い袴なら別に問題はありませんよ。
 事務職員さん用の緑の袴という手もありますし。
 それにね、まあ実際に着て仕事をするかどうかは別にしても、松下さんもタロくんの神主姿を見てみたいとは思いませんか?」
「う……それは確かに見たいです……」

ずるいことに佐々木さんは、俺のツボをついてきた。
確かにタロの神主姿は他の人には見せたくないが、俺自身はものすごく見てみたい。

「それでは、神社に戻ったら、一度タロくんに着てみてもらいましょう。
 本当なら神通力で一瞬で着替えることができるはずなんですが、タロくんは神通力ではまだ、松下さんに買ってもらった服か松下さんがよく着ている服にしか着替えられないので、今日のところは私の白衣と袴をお貸ししますね。
 しかし、松下さんは本当にタロくんに愛されていますよね。
 タロくん、松下さんに服を買ってもらったのがよっぽど嬉しかったらしくて、買ってもらった服には、すぐに神通力で着替えられるようになりましたからね」
「あ、そうなんですか」

佐々木さんにそんなことを教えてもらって、俺は照れつつも嬉しく思う。
タロがそんなに喜んでくれているなら、子供服が体に合わせて大きくなった今の服だけじゃなくて、ちゃんとした大人サイズの服も買ってあげよう。

そうこうしているうちに、商店街を通り抜けて神社に着いた。
鳥居のところで、ちょうど帰るところだったらしい若い女性の二人組が「かわいい」と言い合っているところに行き会う。

うん、そうだよな。
タロはかわいいよな。

タロを見た人がかわいいという感想を持つのは当然のことなのだが、俺のタロがこうやって若い女の子にキャーキャー言われるのは、ちょっと複雑な気分だ。

授与所に行くと、寄り目になって御朱印の練習をしていたタロが、パッと顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。

「学さん! 迎えに来てくれたんですか?
 あ、宮司さんもおかえりなさい」
「ただいま。
 ところで太郎くん、さっきそこで松下さんとも話していたんですが、こちらのお手伝いをする時に私と同じように白衣と袴を着てみる気はありませんか?」

佐々木さんは俺に口を開く暇も与えず、さっそくタロに例の提案を切り出した。

「白衣と袴……ですか?」
「ええ、そうです。
 太郎くんなら似合うと思いますから、とにかく一度試しに着てみませんか。
 松下さんも太郎くんの袴姿を見てみたいとおっしゃってましたし。
 ね? 松下さん」

いきなり佐々木さんに振られた俺は、反射的に「はい」とうなずく。

「えっと、学さんが見たいのなら、着てみようかな……」

タロがちょっと照れながらそう言うと、佐々木さんは「じゃあ奥に行きましょう」と言って、いそいそと社務所に入っていった。
俺も式神を邪魔にならないところにつながせてもらってから、佐々木さんの風呂敷包みを持って後に続く。
タロも授与所に「ご用の方はチャイムを押してください」の札をかけて戸締まりをして、奥に入っていったようだ。

社務所に入って襖が開いている部屋をのぞいて見ると、そこは桐だんすが置かれた和室だった。
その部屋でタロは作務衣とトレーナーを脱ぎ、佐々木さんはたんすを開けているところだった。

「作業用なのでちょっと汚れてますけど、白袴にしましょうか。
 あ、太郎くん、ズボンも脱いでもらえますか」
「はい」

佐々木さんはたんすから出したものを、Tシャツとパンツと靴下だけになったタロに順番に着付けていった。
まず腰までの白|襦袢(じゅばん)を着せ、次にぱりっとした白い浴衣のような形の白衣を着せて、腰に帯というか紐のようなものを巻いて結ぶ。
そしてタロに袴の両足を通させ、まず前、次に後ろについている紐を体にぐるっと回して結ぶ。

「おお……」

白袴の神主姿になったタロに、俺は思わず感嘆の声を上げる。

タロは小柄だが、姿勢が良くて背筋が伸びているので、こういうきちんとした格好は意外に似合うようだ。
しかし、そのたたずまいは様になっているのだが、顔立ちがかわいらしいために、いかにも見習いっぽいというか修行中ですという雰囲気が漂っていて、そのアンバランスさが普段の服装以上にタロをかわいらしく見せて庇護欲を誘う。

これ、マジでストーカーが寄ってきそうなんだけど……。

神主姿のタロのかわいさに感心しながらも複雑な気分の俺とは違い、佐々木さんは満足そうな顔をしてうんうんとうなずいている。
その顔は完全に孫の七五三の晴れ着姿を見ているおじいちゃんの顔になっている。

「ああ、すみません。
 足袋を忘れていましたね。
 太郎くん、ちょっとすいません」

そう言うと佐々木さんはタロの左右白黒の靴下を脱がせ、代わりに白い足袋をはかせた。

「うん、これでいいですね。
 太郎くん、よく似合ってますよ」
「うん、似合ってる。
 かわいいよ」
「そうですか? ありがとうございます」

タロは二人から褒められて、照れながらも嬉しそうだ。
しばらくは楽しげな様子で自分の神主姿を眺めていたが、そのうちにそわそわし始めたかと思うと、足袋をはいた両足をこすり合わせ始めた。

「あっ!」

そんなタロの様子にタロの足下を見た俺と佐々木さんが同時に声を上げる。
両足とも白かったタロの足袋は、一瞬で右足だけ真っ黒い足袋に変わっていた。

「あー……」
「そうでしたね、忘れていました」
「ごめんなさい……。
 僕、どうしてもむずむずして我慢出来なくて……」

タロは犬の時に右足だけが黒いせいか、人間に変身しても右足だけは黒い靴下をはかないと、足がむずむずして落ち着かない。
これまではむずむずしても靴下をはきかえるだけだったけれど、神使になって神通力が使えるようになったために、思わず神通力で右足だけ黒い足袋に変えてしまったのだろう。

「残念ですが、さすがにこれでお手伝いをしてもらうのは無理ですね。
 洋服の時は靴下が白黒でも靴で隠れるので問題ありませんでしたが、この格好だと外に出るときは雪駄(せった)になりますから、さすがに白黒の足袋というわけにはいきませんから」
「すいません……」

残念そうな佐々木さんと、申し訳なさそうなタロを見ながら、俺は内心タロがストーカーに狙われずにすみそうだとほっとしていた。
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