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序章

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『んぁっ♡ あ"あ"っ♡ んほっ♡ ほっ♡ お"ぉ"♡』

 パンっ! パンっ! ズチュ! グチュ♡ パンっ♡ グチュっ♡ グチュ♡

『あ"あ"っ♡ おくぅ! おくぅ~♡ ぎもぢぃよぉ~~♡ んあっ♡ あうっ♡ もっとぉ! おぐぅぅぅ、ついてぇ♡♡♡ い"ぐぅ、いっちゃう♡ イグ♡ イぐぅううぅううううう♡♡♡』

 獣の雄叫びのような濁声、股肉と尻肉がぶつかり合う音、いやらしい言葉がテープレコーダーから漏れる。
 かろうじて壁に背中を預けて立つ事ができている檜吉ひよし まことはそれを手にする幼馴染の名越なごし れんを呆然と見つめた。
 右手を壁につき檜吉の顔を覗き込む名越は、目元は優し気で溶けてしまいそうな程に甘い表情だ。自分とテープレコーダーの音声とは対照的な楓の態度に戸惑いを隠せない──卑猥な音声が流れているのに、まるで良いムードの音楽が流れているような雰囲気を醸し出していた。

「どうして」

 怯えた目で名越を見る。テープレコーダーから流れる声は檜吉の声だ。
 檜吉は多少神経質な傾向ではあるが冷静沈着な性格だ。普段はあんな下品なこと言わないし、声もあげない。
 水泳部の部室で幼馴染の名越から犯された──その時に、めちゃくちゃに犯された。
 檜吉はあれは悪い夢だって忘れようと思った。
 ただ、同じ高校に通い、教室は隣同士だ。会わないようにしたくても無理な話だった。極力二人きりを避け、クラスメイトの友人と一緒に過ごし、名越から身体中に纏わりつくような視線を送られても、絶対に名越を見ないようにした。しかし、それも無理な話で。檜吉の友人は名越の友人でもある。幼稚園からのエスカレーター式の学校に通っていると必然的にそうなる。
 視聴覚室で友達を待っていると、名越を引き連れてやって来たのだ。
 
『名越と早く仲直りしろよ』

 彼はそう言って檜吉の肩を叩き、情けない声で友人を呼び止めたのに『名越と二人きりになりたくない』という檜吉の心理を読めずに彼は教室を出て行ってしまう……そのせいで、名越と放課後の教室で二人きり。
 
 ここは、防音の教室で。
 後ろ手に名越が鍵を閉める音が響いた。

 その後がこれだ。名越が檜吉を窓際に追い込んで、犯した日の音声を聞かせた。
 テープレコーダーの音声のせいで、名越に犯された晩の記憶を鮮明に思い出してしまう。

 名越は檜吉にとって大事な幼馴染だった。
 幼稚園の頃から同じスイミングクラブに通い、中学校からは同じ水泳部に所属して、気心知れた親友で……ただ、それだけだった。檜吉の誤解されやすい眼つきのせいで、他校生から絡まれたら助けてくれるような奴で。それを気にしていたら「前髪で隠したら?」とアドバイスをしてくれた奴だった。
 口数が少ない檜吉に対して名越は陽だった。良く喋るし明るく、誰にでも優しい男で友達だって多い。端正な顔立ちでもあるから、女子からも人気がある男だった。

 そんな名越が、どうして俺を犯したのか……分からない。
 俺が悪い事をしたのか。覚えがなかった。

『しゅき♡♡♡ れんしゅきっ♡ しゅき♡♡♡』

 ──好きじゃない。
 お前の事、これっぽっちも俺は好きじゃないんだよ。

 檜吉は全身を震わせながら、自分よりも背が高い名越を前髪越しに睨み付けて口を開いた──。


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