遊び人の恋

猫原

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第三章

3-26

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薫は下半身剥き出しになった雪の足に自分の羽織っていた羽織を雪の足に被せてあげていた。
薫は泣きじゃくる雪の頭を撫でながら慰めていると、久賀は雪の背中の前にしゃがみ込んだ。
ガタガタ震える少女の名前を呼ぶが、返事はなくその代わりに薫の腰を抱く腕に力を入れるのである。
久賀の様子を横目で見ながら雪の頭を撫でる薫は気が気じゃなかった。
久賀に助けて貰ったがこの男はその後「間違えた、くそが!」と悪態を吐いて踵を返したかと思えばすごい速さで去って行った。その時の怒りは今は纏ってはいないが、雪に拒絶され、その怒りの炎が若干見えた気がしたのである。

「雪」と薫が代わりに名前を呼べば、それに合わせて撫でている手に頭を擦り寄せられ、膝に頬を擦り擦りと頬ずりをされた。まるで猫の甘え方だと思って雪を見下ろすと隣の男の空気が冷えたような気がして、そちらを見れなくなった。

落ち着いたのか泣き声が止み鼻を啜る音だけが聞こえて、久賀はその背中にもう一度名を呼んだが返事はして貰えなかった。

「雪、久賀さんが」
「————やっ」

と短く拒絶され薫の腰にしがみ付き膝に顔を埋められ、隣の男の機嫌が悪化している事に薫は気付いた。
震える肩に手を伸ばして指先が触れれば、ビクッと驚かれせっかく止んだ涙が流れたようで泣きじゃくっては薫に余計しがみ付いてしまう。

「ゆ、雪…」薫は困ったように声をあげた。

相当怖かったのだろう、なんせ相手は二人だ。しかも殴られ顔はパンパンに腫れてしまい普段の可愛い顔が今では見るに耐えない顔にされているのである。人は違えど同じ男性である久賀に対して恐れを感じてしまうのは当然のように思えるが、果たしてそれを久賀がどう捉えるかは分からなかった。なんせ拒絶されて、怒りが増しているように感じるのである。

「雪。まずは怪我を手当てしよ? うちが近いからうちに」
「必要ない。連れて帰る」

うちに行こうという言葉を遮って久賀はそう言い放った。

なぜ他人の家に雪を連れて帰らなきゃならないのか、分からない。
自分以外の人間に縋って慰められている姿など見たくはなかった。

しかし、雪は薫の袖をぎゅっと引っ張ると顔を近付けるように薫にお願いをする仕草をした。薫は戸惑いながらも雪の口元に耳を近づければひそひそと小声で話されて、顔を上げた。

「————何だって?」

聞こえなかったので、久賀が感情のこもってない声でそう訊ねると言いにくそうに薫は視線を右往左往動かし

「…か、帰りたくないって…」
「何故?」

ぐいぐいと袖を引っ張られ同じように耳を雪の口元に近付くと小声で話をされ、薫はその言葉を、そのまま伝えた。

「お口を洗いたい、お風呂に入りたい…って…」

薫は体勢を元に戻し、視線を久賀には送ることは決してせず膝に頭を預ける雪をじっと見つめた。

「うちでも出来るだろ」
「入れるだろうけど、今は男性と一緒にいたくないのよ、分かるでしょ?」

若干苛立ちを見せだした久賀に薫は雪を庇うように話をした。
いくら違う男性でも怖い目にあったのだ。落ち着くまで他所で休ませるくらいさせてあげて欲しかった。現に怖がって弱っているし、怪我の手当をしてあげなければならない。
今は薫の羽織で隠れているが顔だでなく足は痣だらけだし、腹や脇腹は青くなっており、内出血をしているようだった。骨を折っていなければ良いがあれほど強く殴られて蹴られたのなら折れていてもおかしくない。雪が膝枕でこうして休んでるのも、脇腹が痛くて座ってられず本人が楽な体勢がこれだったのである。そうして甘えるような姿が出来上がった。

またぐいぐいと引っ張られ雪の話を聞けば、薫は余計困った顔を見せた。雪のこれを言えば久賀の機嫌がどうなるかなど分からないのである。

「何だって?」
「えっと…顔を見たくないって…」

はっと息を飲む気配だけしたが、やはり雰囲気は最低最悪だった。
薫はしどろもどろになりながら、雪の気持ちを弁解して行く。

「あのさ、見たくないってより見せたくないのが正解なの。殴られて顔腫れちゃってるし、そんな顔見せたくないのよ、女の子だし」
「————顔、腫れてる? 殴られたの?」

疑問が飛んできて、気付いてなかったのかと薫まで息を飲んだ。

「雪。顔を見せなさい」

先程までは雪に対して名を呼ぶ声は優しさを含めていのに、急に怒りが追加された。
その声で余計雪は泣きじゃくりぐいぐいと薫の袖を引っ張るのだ。雪を落ち着かせるために、何度も優しく頭を撫でて耳元を近づける仕草を見せると、その様子を見て久賀は一喝した。

「自分の言葉は自分で喋るんだ。言いたい事は言わなきゃ分からないって何度も言ってるだろ」
「そんなにキツく言わなくても良いじゃない」

思わずむっとして久賀を見ると、感情が読み取れず、綺麗な顔の分作り物のように見えた。思わず目を背けて雪を見下ろすと下唇を噛み締めていた。

しんと、静まり返り雪が喋るのを待つと、雪の大きく息を吸う音が聞こえた。

「————帰らない、薫のとこに行くもん」

ぎゅっと手を握られて、握り返してあげる。
やはり隣から冷たい空気が流れてきた。

「夜も遅いというのに、迷惑だろ。そいつも危険な目に遭ってるんだから、そんな時に上がり込めない」
「いやっ…」
「迷惑、だ。分かる?」
「…め、迷惑じゃないもん…」

ぐりっと甘えるように膝に顔を埋めて来た雪は、スリスリと動くのである。まるで撫でてほしいと言わんばかりで、思わず薫は髪の毛を掬うようにして頭を撫でてあげるとその手に擦り寄せるようにして正面から抱きついて、膝の上に座られた。

「…ほらぁっ…」

何がほらなのか、薫は全く分からず、首にすりすりと甘えるように埋められて、薫は雪の背中をひたすら優しく撫でた。隣の男の怒りに油を注いだのは分かった。
そして、さっきからこの男が怒りをちらちら見せていたのもこの甘えるような行動を薫が受けていて、今まで自分が受けていたものを奪われた嫉妬からくるものだという事に薫は薄々と気が付いた。
雪も雪で普段は久賀に敬語のくせに今は崩れた言葉使いをしている事に気付かないでいて、まるで居ないもののように扱われているようで、久賀は苛立ち始めていた。

「薫が困った時はうちに来て良いって、言ったもん…だから薫の家にずっと、いる」
「————は?」

地を這うような低い声を、薫は生まれて初めて耳にした。
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