遊び人の恋

猫原

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第四章

4-1

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まだ寒さが残る弥生。
草木がいよいよ生い茂る月ではあるが肌寒さが残り草木はまだ目を出してはいなかった。

『太助』の二階に住む由希は朝起きて空気の入れ替えに窓を開けると地上に行き交う人々の中に見知った男が目に入った。
長かった髪をばさりと切り後ろを刈り上げて目元が隠れる程の長さの前髪を左に流したその男は名前を呼ばれて振り返れば口角が上がったように見えた。
名前を呼んだ長い髪をした女は黒髪を靡かせながら近付くと由希の幼馴染の腕に自分の腕を絡ませてべったりと寄り添うようにくっついて、その腰を男は引き寄せた。恋をする目をして男を見上げる可愛らしい女の子を見て、由希は呆れながら深く溜息を吐いた。

あれは何人目の彼女かしら。
どうせ続かないだろう。

色男の好みの女は頭のネジは緩く胸がでかい、簡単にやらせてくれるような軽い女だった。やり捨てても文句を言われないし尾を引かないし面倒臭くない。
しかし今付き合うのは、どう見ても清楚系でおっとり系のは世間知らずな箱入り娘ばかりである。
あの見た目で微笑みかけられ、愛を囁かれたら、世間知らずな娘はころりと騙される。
一週間は付き合い、その間は酷く優しく接し甘やかすらしいが…その一週間後は全員捨てられて泣きじゃくっていた。
男に縋り、何が駄目だったのかと泣く女の子は可哀想で見てられなかったが、そんな噂のある男に惚れたのも事実…。
周囲から止められた筈なのに、「私は彼の運命になれる」と信じて疑わなかった。
結果、やり捨てされ、優しくされた期間があったが為にそれに縋る。

『運命』の筈がない。
あの男の『運命』は別にいる。

由希は三カ月前まであの男の隣にいた、甲斐甲斐しく世話をしていた少年を思い浮かべる。
あの少年が髪を伸ばし、女の子の格好をしたら、あのような雰囲気だろう。
あの子にそっくりな女の子ばかり手を出しては、最終的に「違う」と気付き捨てるのだ。全て身代わりだった。

本当に、いつか刺されるわよ…。

「あの子、今何日目かしら…」

泣くのだろうな。

由希は本日二回目の溜息を大きく吐くと背後から盛大なくしゃみが聞こえ振り向くと、図体のでかい————恵之助が布団から身を起こし寒そうに鼻水を垂らしたが、散り紙で鼻を噛んだ。

「あら、ごめんなさい。寒かったわね」

窓を閉め、起きたばかりの恵之助に謝りながら近付いた。

「俺ぁ良いんですけど、冷えちゃならねぇ由希さんが窓の外なんて見てどうしたんです?」

人の心配をする恵之助に由希は微笑むと、恵之助の隣に腰かけその大きな腕に甘えるようにして寄り掛かった。その姿に恵之助は思わず照れるとその様子に由希は更に笑みを深くする。

「ふふ。私は大丈夫ですよ。お腹の赤ん坊も」

と由希はまだ膨らんでいない腹に手をやった。その目元は優しく母親の顔だ。

「そそそそですかい、でも無理はなさらんように。悪阻が酷いようでしたら太助も休んだ方がいい。————で、何を見てらしたんで?」

夫婦になって二カ月だが未だに由希に照れて慣れない夫を可愛く思いながら由希は今見た男の話をした。

「今日も女の子が餌食になっていたから、それを可哀想と思ってみてたの」

と言えば恵之助も誰の事を言っているのか分かったようで悲しい表情を浮かべた。

「久賀の旦那、子供の死体がもし見付かったら教えろと言うんで」
「———死体? 生きている姿を探しているのではなく?」

幼馴染————久賀は雪が消えた三カ月間雪をひたすら探し回ったが手掛かりもなく見つからなかった。
美少年だったから目立つ筈だ。息を飲むほどだった。

「万が一を考えたみたいで。その死体がゆき君と分からなくても、俺が判断するから見せろと…」
「生きてると思ってないのかしら…でも…そんなの辛いわ」
「希望を持ちたくないかもしれねぇです。悪い方に考えた方が、気持ちも楽になるんでしょう」

分かる、と思ってしまう。
幼馴染に恋をしている時は希望を持たない事にしていた。傷つくからだ。
それでも小さな希望を持っては打ち砕かれて心に血を流した。

でも、こういうのを経て恵之助さんと夫婦になれた。

あの男の重い愛は、ゆき君を駄目にしたかもしれないけれど、あの男はそれでも上手くやる自信はあったようだ。

「もし、見つからなかったらどうなるかしら…」

刺されるか、町中の女の子を食い尽くしてしまうか、どちらが先か…。

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