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第四章
4-20
「可愛いよねー。良く働くしそれに飯が上手いんだよー」
間延びしたような声を耳元で喋り掛けられ、いつの間にか亮は立ち上がり久賀の隣へ来た。
「でさー、雪ちゃんの穴はいつ貸してもらえるの?」
久賀は脇差を抜く男の首めがけて刀を振るが寸でのところで体を捩じりながら避ける。怒りに燃えた久賀を見ながらププッと笑い指を差した。
「あんなに遊び呆けていた男が本気で恋をすると怖いね~~~!」
「お喋りくそ野郎…本気で俺とやり殺いたいようだな」
「もぉ~名前で呼んでよ。俺はこれでも雪ちゃんの命の恩人よ? 保護してあげてたんだよ?」
「保護していただと? そうなら俺からの依頼を受けてお前は『見つからない』と返事をしたな?」
「んー」と顎に摩りながら首を傾げ考える素振りを見せる。その仕草一つ一つが久賀の神経を逆撫でしていた。
「だって、いつも寂しそうにしてるのに、『帰りたい?』って訊いたら『帰りたくない』って答えるんだよ。そんな風に強がる子をさ無理に京んとこに帰らせても同じように家出するよ。だったら、本人の気持ちが整うまで待つのが得策じゃない? 京の出してきた特徴と合ってたから雪ちゃんの事なんだろうとは思ったけれどさぁー」
お喋りくそ野郎の言う事はあながち間違ってはいない。
「まぁまぁ、刀は収めて座ろうよ」
畳に刺さったままの本差を抜いて久賀に渡すと、刀を刺されて破れた袴を見ながら「高かったのにー」とぶつくさ文句を言う亮を無視して久賀はどかっと座り、目の前に座った男を見た。
「お前は何故楼主なんてしてんだ?」
「お偉いさんってさ、男色が多いのよ。情報がね、結構入ってくんの。ここの楼主と用心棒とかちょいと殺して乗っ取ったのよ。んで、ついでにここの衛生管理やら労務管理がくそだったから働きやすい環境にしてやったの」
「まだあの仕事してんのか?」
「まぁーね。師匠も死んだし辞めても良いんだけど、なんせ情報屋も始末人も金になるからね。それに、師匠の不始末を拭うのも弟子の仕事でしょう?」
肩を竦め、そう言うと亮は前髪で隠れた左目の傷に触れた。
額から伸びた刀傷は左目を跨いで縦に頬の真ん中まで延びていた。傷のせいで目玉もやられてしまい視力は殆どなく傷を負った三年前から閉じられたままだ。隆起した傷跡はまだ新しく、寒い季節になれば引き攣ったような痛みを伴うのである。
「それにお偉いさんは師匠が頭おかしくなったのを知らないしね。師匠が死んで俺らのどちらかが仕事引き継いでなければ怪しまれるでしょうよ」
頭がおかしくなった結果、師匠に襲われてこの傷だった。
「京の言う通りにあの噂流したけど生活に支障はない?」
「命知らずの馬鹿は挑んできたが…最近はないな。唯一許せないのは師匠が死ぬ頃に免許皆伝を授けられたってとこだ。俺は師匠んとこで一年もたたずに授けられたんだぞ、そんなに時間たってねぇよ」
肩を竦めて、それ以外は支障はないと呟く。
気にしていない様子に亮は安堵の溜息を吐いた。
「それに師匠を殺したのは本当だしな」
さらりと久賀は言うと「そぉなんだけどー経緯がねー」と亮はバタッと畳に仰向けに倒れ天井を見上げた。
「妖刀に魅入られて隠れて辻斬りしてたなんて言えないけどさぁ」
それに気付いたのは弟子の二人だった。
久賀は七年、亮は十年を師匠と共に生活をしていれば受けた依頼以外の血の匂いが憑いて回れば血に敏感な二人は否応なしに気付いた。
三人で毎日一緒に生活をしている訳ではなく、師匠には本来の家がある。久賀が免許皆伝を授けられてからは「教える事はもうない」と言われ、月の半分は自宅で過ごしていた。久賀はその家が何処にあるのかも気にした事はなかったが、師匠の様子がおかしくなっている事を探る為に亮は尾行し、一般市民を斬り殺していた師匠と遭遇した。
弟子の二人はこれを二人だけの秘密に留め、被害を広げない為にも証拠を多く集めてから雇人であるお上に進言する手筈だった。師匠は信頼されており、ただ言うだけでは逆に二人が罰を受ける可能性があるからだ。
慎重に進めていたはずだったが、亮がやらかし、斬られてしまった。咄嗟に避けはしたがお蔭で消えない傷を負い、そこに弟弟子の久賀が駆けつけ兄弟子を助けたのである。
「ふん。妖刀なんて馬鹿らしい。昔から愛用していただろあの刀。魅入られたんじゃない、元から気が触れてたんだろ」
「えぇ~…でもあの刀を使ったから気が触れたってない?」
「ねぇよ。俺らが使っている刀だってそう噂される刀だろ。俺ら気が触れてるか?」
「んー」と考え込み「京は少し間違えれば気が狂いそうだけど」と答えた。
その答えに返事はなかった。
久賀はその答えに考えるような仕草をしたが、軽く首を振り考えるのを止めた。
「あのさ」と亮は飛び起きると久賀の顔を見て
「師匠はあの後川へ落ちたけど――――見つからないんだよね、死体も刀も」
小声で喋った亮を久賀は小馬鹿にしたように笑った。
「海に流されたんだろ。俺は心臓を刺したぞ。あれで生きてる筈ねぇよ」
「それでも、刀も見つからない。どちらかあっても良くない?」
「馬鹿らしい」と久賀は吐き捨てた。
「姿が見えないのが死んだって事だろ。考えるな」
「まぁ…そうなんだけど。生きていたら返り討ちにすればいいんだけどさ」
あの時は何も準備もなく、本当に気が緩んでいたから避けられはしなかったが、この男、これでも腕はたつほうなのだ。
変に心配をする男に久賀は「心当たりでもあんのか?」と言うと亮らしくない神妙な面持ちになった。
「俺がさ、師匠を怒らせた内容って話したっけ?」
「いや。どうせくだらん話をして斬られたんだろ、って思ってた」
「もぉ~」と亮を口を尖らせたが、すぐに元に戻し、
「俺さ、師匠の家まで尾行したんだよね。立派な武家屋敷でさ。師匠が家を出て行ったから、侵入したんだけど…庭は荒れ放題で昼間なのに全部の戸を閉め切っててさ。全部の戸がさ中から開けられないように外から釘が打ちこんであんの。窓も覗けないように板が打ち込んであって。異様じゃない?」
身に覚えがあり、久賀は曖昧に返事をした。それに気付いた様子もなく亮は
「中から物音はするんだよね。二人…三人かな。声も聞こえてさ。中の様子を知りたかったのよ、俺。隙間を探してもなくてさぁ、床下も天井も潜ろうにもいつ師匠が帰ってくるかひやひやものだから潜れないし。まぁ広い武家屋敷をぐるぐる回ってたら、見つけたのよ、穴。虫食いだったけどさ。覗き込んでみたら、ちびっ子二人が一緒に毬蹴って遊んでてさ…。じっと見てたら、向こうから突然覗かれてさ」
「…そりゃ恐いな」
「ね! 俺心臓止まっちゃうくらい驚いたんだけど、そこから覗きこんだ女性がさ、別嬪でさ…本当に驚くくらい」
思い出したようにうっとりとしだした亮に「先を話せ」と咳き込むと意識が戻ったようだった。
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