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三章

グランドマスター・ユーイング

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「書状には目を通したよ。グリペン候の推薦となりゃ文句はねえ。一か月後、プラチナランクへの昇格試験を実施する。詳細は追って連絡するが、どういった内容になるかは一切明らかにしない。そして試験を受けるのはお前さん一人だけだ」

 ユーイングさんが、そう言いながらグリペン侯爵の書状を返してよこした。

「どんな状況にも対応出来なきゃプラチナランカーの資格はないって事ですか」
「そういう事だ。一か月の間に抜かりなく準備しとけ。幸いここは王都だ。大概のモンは手に入る。金が足りなきゃ第二区画のギルド支所に行って依頼を受けるんだな」

 なるほど。お膳立てされた舞台で戦うだけじゃなく、その事前準備からすでに試験が始まっているって事だね。

「ふうん? なるほど。大した魔力だな。属性は風か? そっちの姉さんたちもすげえ魔力だ。残念ながら無属性ってヤツか」

 言いたい事を言った後も、ユーイングさんは興味深そうに僕達を見た。値踏みする――という程不躾な感じはしないけど、僕達の力を推し量っているのは何となく感じた。
 僕の魔力を風属性と判断したのは、影の中で回復に努めている精霊王シルフの魔力が漏れ出したもの感じ取ったのかな?
 僕の後ろに立つノワールとアーテルを無属性と呼んだのは、闇属性そのものが認知されていないからだろう。そういう意味では、デライラやグランツ、ルークスも無属性という事になる。元々大した魔力を持っていないデライラはともかく、他の二人も膨大な魔力を持ちながら無属性で魔法が使えない、残念な人って事になるのかな。
 本当は僕とデライラ以外の四人は、光と闇の大精霊といにしえの神獣なんだけどね。

「これからプラチナランカーになろうってヤツのパーティだ。命の危険についてはそうそう心配しちゃいねえが、その他の事では気を付けな」

 急に真面目くさった表情になったユーイングさんがそんな事を言う。

「それはブンドルに関してですか」

 もうそれしか考えられないよね。

「今までもイヤって程経験してきただろうが、ヤツの影響力を甘く見るな。商人や官憲、役人に貴族。ヤツの息が掛かっている連中は数多い」

 それを聞いた僕は大きくため息をついた。

「先に手を出したのはあちらですし、僕等がした事はすべて防衛の為です。というか、冒険者ギルドはああいうのを取り締まらないんですか?」
「そりゃあ冒険者の仕事じゃねえからな。そういうのを取り締まるのは官憲や役人だ」

 ユーイングさんは表情を変えずにそう言う。
 しかしその官憲や役人がブンドルに付いて甘い汁を吸っているのだから、自浄なんて言葉が陳腐に聞こえてしまうよね。

「それじゃあ全く期待できないですね。冒険者ギルドって組織は、冒険者を守ってはくれないんですか」
「他人に守ってもらうなんて甘い考えのヤツは、ハナから一人前の冒険者になんてなれねえよ」
「ははは。じゃあこの組織も当てにはなりませんね」
「あ?」

 僕はふう、と深く息を吐き、言葉に圧を乗せて口を開いた。ユーイングさんがピクリ、と眉を動かした。

「組織の天辺が下の者の面倒も見ないから、ロクでもない冒険者が横行してるんですよ。それどころか、ブンドルに買収までされている。まあ、僕は僕のやり方で対応しますし、誰が相手だろうと理不尽には力で抵抗しますので」
「……大人には、ガキには分からねえ世界があるんだよ」
「そうですか。よく分かりませんが、気分を損ねたのなら謝罪します」
「おう。下の受付でさっきの姉ちゃんに宿を紹介してもらえ。ブンドルの息が掛かってねえ、冒険者ギルド御用達の宿だ」

 僕はその言葉に無言で一礼し、部屋を出た。

▼△▼

 ショーンってガキが噂の『残滓』ってヤツで、あのブンドルに喧嘩を売ったって話はこっちの調べで分かってた。だが、その見た目は大人しそうで、とても荒事には慣れているようには見ない。むしろヤツの後ろにいた娘二人の方が遥かに強そうだった。
 二人の娘は無属性ながらとんでもない魔力を体内に含有している。あの若さで魔力による身体能力の強化に至っているかどうかは分からねえがな。

 しかしその認識は改めざるを得ない。ヤツも魔力容量はとんでもなかったが感じたのは風属性のみだ。妙に濁った感じの魔力だったがな。国内の高ランクを探せば、あれと同等の魔法使いウィザードは少数だがいる。
 俺が真に驚いたのは、ヤツが雰囲気をガラリと変えて話しかけてきた時だ。
 グランドマスターのこの俺が、背中に冷や汗を流したんだぜ?
 過去、プラチナランカーとして多くの強力な魔物を屠ってきたこの俺がだ。ヤツは本物のバケモンかも知れねえ。その気になればこの王都ごと滅ぼせるほどの。

 ――コンコン

「入れ」 

 あの受付嬢がトレイに飲み物を乗せて入って来た。

「グランドマスター? 妙に疲れているようですが、どうかしました?」

 ショーン達が部屋を出て緊張感が解けたせいか、俺はソファに浅く腰掛け、ふんぞり返るように脱力していた。

「なんでもねえ。ちょっと仕事疲れだよ」
「そうですか。ダークネスの皆さんにはいつもの宿の紹介状を渡しておきました」
「おう、ご苦労」
「それにしても、あんな優しそうな方がプラチナランクの昇格試験だなんて、ちょっと信じられないですね」

 優しそうな?
 そうだな見た目だけは確かに。だが、ヤツの中身はそんないいモンじゃねえよ。俺は心の中でそう毒づく。

「昇格試験、大丈夫でしょうか」
「ああ。受ける事さえ出来れば間違いねえよ」

 受ける事が出来ればな。

 
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