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切っ掛け

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 「ちょ、ちょっと待ってよ!?流石に同じ部屋は、ね?」

 「そ、そうだよ!?テル君もゆっくり眠れないし!ね?」

 テルの動揺は分かるのだがなぜかストラトの動揺がおかしい。

 「お嬢ちゃん、生憎、2人部屋はダブルしか空いてねえんだ。ツインは満室でなあ。」

 「だぶる?ついん?」

 「どっちも2人部屋なんだけどよ、一つのベッドで2人で寝るか、2つのベッドで寝るかの違いだな。」

 聞き慣れない単語に説明を求めるユキと微妙に要点をボカした説明をしながら全く止める気のないスタイン。

 (このクソじじいめ。ストラトを守りたいが為に俺とユキさんをくっつける気か!)

 実に腹黒いスタインの悪巧みを察したテルは腹の中で毒づく。別にストラトを嫌いと言う訳ではないのだがそんなに意識する程の感情があるわけでもない。可愛い妹くらいには思っているが。なのでユキとテルがくっつく必要性は無いのである。

 (心配しすぎなんだよ親バカめ。)

 晩飯のグレードを落とされるのもイヤなので口には出さないテルだったが。

 「迷惑なのは承知でお願いしたい、テル殿。この世界で頼れるのはテル殿しかいないのだ。一人前になった暁にはきっとお返し致す!」
 
 だが当のユキがこの調子なのである。

 「…おやっさん。本当にツインは空いてないのか?」

 「……」

 視線を逸らすスタイン。

 「…ツインは空いていませんか?」

 「……」
 こめかみから頬にかけて汗が流れ落ちるというエフェクトが追加されるスタイン。

 「ストラト。今日からツイン一部屋で頼むよ。懐事情とユキさんの事情、そして俺の精神衛生上ここが落とし所だと思うんだ。」

 「…そうだねー。よし!じゃあ今日からツイン1部屋に引越しって事で。代金はここの値段。それとコレ、部屋の鍵だよ!同じ部屋だからって変な事したら追い出すからね?」

 ストラトは無理矢理自分を納得させたようで、料金表を見せながら地味にテルとユキを威圧してきた。

 「…ちっ…」

 スタインは思惑が外れて舌打ちしているがそこにフライパンが炸裂した。

 「いっでぇーー!!!」

 「何舌打ちしてんのさ!お父さんがそんな下らない事するんだったら私この宿を出て冒険者に…」

 「わかった!わかったから!悪かったよ。な、機嫌直してくれよ?ほんの出来心だったんだよぉ。」

 女房に浮気がバレた亭主みたいな台詞を吐いて平謝りのスタインを見てテルは少し溜飲を下げるのだった。
 
 

 寝食については一応の目処が付いた。そう思ったテルは今後の生活をどうするか脳内でシミュレートしていた。

 (まずはユキさんの能力把握だけど、その前に落ちた筋力を戻すのにリハビリは必要だよな。その期間の食い扶持をどうするか…)

 実際、かなり切実な話なので知らず知らずの内に眉間にシワが寄っていたらしい。

 「…の! …殿! …テル殿!」

 思考の海にどっぷりと潜っていたテルはしばらくユキが自分を呼んでいる事に気付かなかった。

 「え?あ、ごめん。どうしたの?ユキさん。」

 「いや、テル殿が難しい顔をして考え込んでいたのでな。」

 「ああ、そうか。ごめんごめん。ええと、ユキさんさ、明日から筋力を元に戻す鍛錬をしてほしいんだけど大丈夫?体が以前のように動く様になったら俺と一緒に仕事に出て貰おうと思うんだ。」

 「なるほど…碌に動かぬ体で同行しても足でまといになるだけと言う訳か。承知した。明日からは鍛錬に励むとしよう。テル殿はどうするのであろうか?」

 「俺は仕事さ。ユキさんの装備だって必要になるだろ?」

 ニッコリと微笑みながら当たり前のようにそう告げるテルにユキの心は今までにない程に乱れる。

 (それではテル殿の負担が増えるばかりではないか… なのになぜあのような笑顔を向けるのだ… 私はただの厄介者ではないか… 胸が…  苦しいな…)

 (俺は戦国時代がどれだけ厳しい世界なのかは知らないけど、忍者になる訓練を積んで任務をこなすような人間が、温かい笑顔溢れる世界で生きてきたとは考えにくい。きっと親切にされる事にも慣れていないのだろう。そこは俺も共感出来る部分がある。そういう事にしておこう。)

 なぜテルが自分に対して親身になってくれるのか理解出来ないユキと自分自身なぜユキの面倒を見ようとするのか分からずに理由を探すテル。噛み合っているようないないような、2人の微妙な思考の行く先は偶然にも同じゴールに辿り着いた。

 (今夜、腹を割って話してみよう。彼女の事を信じてみよう。)
 (今夜、じっくり話し合ってみるのがいいかも知れぬな。お互いの事をさらけ出せばあるいは…)

 「ユキさん、今夜…」
 「テル殿、今夜…」

 同じタイミングで話しかけた2人。

 「ぷっくくくく。」
 「ふっ…ははは。」

 一頻り笑った後、

 「「今夜、じっくり話をしよう。」」

 そんな2人をジト目で見つめるストラトが居た。

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