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秘密と前世と新たな絆

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 食事を終えたテルとユキは部屋に入った。今日から暫く2人の寝室となる部屋である。部屋の中にはベッドが2つ。テルとしては漸く窮屈なソファでの就寝から開放されるので若干嬉しさが滲み出ている。それを見たユキは申し訳なさでいたたまれなくなるのだった。

 (さて、何処から話したものかな…)

 「ユキさん。今からとても荒唐無稽な、しかし紛れもない事実を話そうと思う。聞いて貰えるかい?」

 意を決してテルは話し始める。

 「うむ。テル殿の語る事に偽りはなかろうよ。しかと受け止めよう。」

 ユキの方も色々と覚悟は決めていたようだ。

 「それじゃあ、俺の前世での事から。」

 テルは淡々と、まるで他人事のように自らの生い立ち、家族との別離、傭兵としての生活、戦場での悲劇を語る。

 「そして俺はこの世界に前世の記憶を保持したまま生まれ落ちた。」

 やはりテルは淡々とこれまでの人生を語る。いつしかユキの漆黒の瞳には涙が溢れていた。
 (この御仁は『痛み』を誰よりも理解している。だから他人にも優しく出来るのか…)

 ユキはテルの悲しすぎる今までの人生を聞き、この男の本質を理解した気がした。
 (そして、他人に心を許す事を恐れている。…当然か。親に捨てられる人生を二度も…)

 逆にテルは自分の話を聞いて涙するユキに動揺してしまう。

 「え、えっと、ごめん!? 何か悪いこと言ったかな?」

 「いや、今までは自分が不幸で、周りは自分より幸せなのだ、そんな風に思っていたのだ。だがテル殿は…」

 ユキはテルの頭を抱き締めた。そして我が子を慈しむ母親のように優しく優しく髪を撫でながら言う。

 「テル殿は… 心から他人を信じるのが怖いのであろう?私を信じてみてくれぬだろうか?」

 頬に感じる柔らかな感触とその奥から耳を打つ命の鼓動。髪を通して伝わるぬくもりと優しさ。

 (…信じてみようかな。もし裏切られても元に戻るだけだよな…)

 不思議と、ユキのぬくもりは忘れかけていたモノを思い出させてくれるようだった。安心、安息、安らぎ。幸せだと思っていたあの頃。

 (俺の秘密を、話してみよう…)

 ついにテルは決意する。前世で自分を売った両親にしか明かさなかった、しかし自分が売られる原因にもなった忌むべき【能力】。

 「ユキさん。これから話すのは俺が前世で親に売られた原因とも言える【能力】についてだ。俺は君から感じた温かさを信じようと思う。」

 テルは語った。自分の【超能力サイキック】を。この力は誰にも知られる訳にはいかない事。それ故に冒険者の仕事もパーティーを組まずにソロにこだわる事。もしも知られれば国家権力が利用する為に動く可能性がある事。だからこそ、常に自分には危険が付き纏う事。それを真剣に聞いていたユキの反応は。

 「私が一人前になったらテル殿のいろんな事を半分受け持たせてくれぬか?テル殿の異能なら些細な事。それを言うなら私も『忍術』を使う。これだって普通の町人から見れば十分異能だろうし、過去には妖術や仙術、方術などと言った怪しげな術を使う者も見て来たのだ。別にテル殿が特別異質だとは思わんよ。」

 にっこりと笑顔でユキはそう語る。 
 しかしテルはユキの話を聞いて怪訝に思った。
 (一人前になった後も?それってずっと一緒に居るって事?)

 テルの感情の動きを察したのか、少し照れくさそうにユキは続けた。

 「あ、いや、済まない。決して押売りするつもりでは無かったのだ。ただ、今まで1人でしてきた苦労も2人なら半分だ。その代わり幸せも半分だがな。そういうのも悪くないと思ったのだ。」



 「俺を…受け入れてくれるのか?実の親でさえ忌み嫌ったこの俺を?」

 「むしろテル殿には私を受け入れて欲しいのだがな。」

 「こんなに柔らかい感触は手放したくなくなる…かな?」

 そう言えばまだテルの頭を抱き締めたままだったと気付いたが

 「ふふ、尻くらいなら撫でても構わんよ?命を救われた対価としては私の尻など安いものだ。」

 「ふふふっ はははっ!あははははっ!」
 「くくっ  ふふふっ はははははっ!」

 どちらともなく笑い合い。そして正面から相手を見据えて。

 「じゃあ、これから宜しく頼むよ、ユキさん。」

 「うむ。不束者だが宜しく頼む。」

 ベッドの上で互いに正座で向かい合い、ペコリと頭を下げるテルと三指をついて嫁入りのような挨拶をするユキ。

 「私の事はユキと呼んでくれると嬉しい。テル殿。」

 「そう言えばさ、俺、本名を言って無かったね。日本時代の。」

 「うむ、そうだな。」

 「俺の名前は『上杉 輝』って言うんだ。」

 テルが名乗った途端にユキはベッドから飛び降り平伏する。

 「ま、まさか御一門衆とは知らず数々のご無礼を!何卒ご容赦を!」

 「ユキ、落ち着いて。頭を上げて隣に座って。」

 「はっ、ははっ!」

 「確かに俺は上杉の血を引いているらしいが分家の分家の分家の…まあよくわからないがそんなに大袈裟なものじゃないんだ。だからユキ。対等な、俺の相棒になってくれ。」

 「はっ!勿体ないお言葉にございます!殿!」

 この夜、テルはどうにかしてユキが自分に対してフランクに接する事が出来る様に腐心するのだった。
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