上 下
69 / 160
二章 立志

宿場町にて

しおりを挟む
 ジルのキャラバンは宿場町へと入り、騎兵のリンダを先触れに走らせていた定宿へと到着した。

「そうですか。そんな事が」

 宿屋で合流したリンダが、今日あった出来事の一部始終を聞かされて、眉間を指で押さえていた。
 
「まあ、大した事ではないよ。殆どこの子達が片付けてくれた。それより、何人かで行って、変異種を流してくれるかな?」

 そんなリンダに、ジルは涼しい顔で指示を出す。
 スクーデリアでの商いを終え、荷物はミナルディへ持ち帰るものばかりだったが、チューヤ達が仕留めた変異種の肉や毛皮と言った生ものはこの街で売りさばいて行くという。
 この宿場町は交通の要衝で、スクーデリア国内の、ミナルディ国境近くでは最大の規模を誇る。
 道は石畳で舗装され、中心部になると色とりどりのレンガを組み上げて作られた家屋が並ぶ。そのカラフルな街並みはそれだけで観光地として成り立つ程美しい。
 そうした立地と景観は否応なく人を集め、商売も活発になる。パーソン商会がこの街に定宿を求めたのも必然という訳だ。

「ジル様、騎士達の装備なんかはどうするので?」
「そうだねえ……国まで持って帰ってもいいんだが、ちょっとお荷物だ。アレもここで捌いて行こう。ジュイチ、ソーニン。あんたら二人でいつもの偏屈爺さんのところに持っていってくれ」
 
 変異種の素材以外にも、随分と増えてしまった騎士達の装備品を見てリンダが尋ねると、ジルは馬車の中で一緒だった二人の護衛に向かって言葉をかけた。
 定宿にしているだけあり、この街の中にも得意先は有るのだろう。の品物を買い取る、あるいは買い取らせるという相手も当然いる。
 今回の騎士の装備品。これはスクーデリア王国の貴族とのトラブルの証拠品に他ならない。ジルやチューヤ達に一片の咎がなくとも、白を黒にしてしまうのが貴族というものだ。念には念を入れる。
 そんな訳で、チューヤ達が持ち込んだモノは全て、この街で売りさばいていく事になった。
 また、捕虜にしている騎士と盗賊の少女だが、少女の方はジルが身柄を預かるが、騎士の方はこの街の官憲に突き出すという。こちらも、護衛に雇っている傭兵達が引き摺って行った。
 
「いいのですか? あれでもこの国の貴族の私兵だ。ミナルディまで連れ帰り、そちらで裁きを受けさせた方がよいのでは?」

 この街で騎士を突き出す事に懸念をおぼえたカールが口を挟んだ。
 折角捕えた騎士も、スクーデリア国内の裁きに任せては、デヴィッドの家から介入があれば大した罪には問われない可能性もある。
 しかし、ジルはそんなカールにカラカラと笑いながら答えた。

「別に構わないよ。どうせコイツの戻る場所なんてありゃしないんだ。あの子シンディが動いたんだからね。それに、下手にミナルディに連れ帰ったら、これはスクーデリアとミナルディの間に火種になる。それは両国ともに望んではいないだろ?」
「……それも、そうですね」

 バカな貴族が暴走して引き起こした今回の事件。隣国の大手の商会にも被害が及んだ事で、表面上友好を保ってきた両国にとって頭の痛い問題になる事は間違いない。そこに考えが及んだカールは、内心はどうあれジルの判断に納得した。

「よし、いい子じゃないか。今夜はこの宿でとびっきり美味い飯をご馳走してやろう。その前に、風呂にでも入って血の臭いを洗い流してきなよ」
「やった! お風呂だよスージィ!」
「ええ、早く埃を落としてスッキリしたいわね、マリアンヌ」

 風呂と聞いて二人は目を輝かせる。
 だが、次に発せられるジルの言葉を聞いた直後、目から光が失われる事になる。

「ここは大浴場があるんだ。さあ、お嬢さん方、共に汗を流そうではないか!」
「「……え?」」
「そこの盗賊の君! 君も綺麗にしてあげよう!」
「……うぇ?」

 そして流れ弾を食らった盗賊の少女も絶望に項垂れた。
 そんな彼女達の反応を知ってか知らずか、ジルがウキウキとした足取りで宿の中へ入っていくのだった。
しおりを挟む

処理中です...