アストレイズ~傭兵二人、世界を震撼さす~

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二章 立志

チューヤがいるんだからこうなる? いや、カールだって大概だ

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「おっと、その前に紹介しておこうか。彼はマンセル。ミラと共に君達の世話をしてもらおうと思う。特にチューヤ君、カール君はミラのような可愛らしい女の子では色々とまずい事もあるだろう?」

 ジルが悪戯な笑顔を浮かべながらウインクをする。確かに思春期の男子ともなれば、ミラのような女の子に何でもかんでも世話をしてもらうのは気恥ずかしい部分もあるだろう。

「マンセルと申します。何なりとお申し付け下さい」

 そう言って紳士は右手を胸に当てながら折り目正しく礼をした。
 緩やかに後ろに流しているグレーの髪は僅かに数束額に掛かり、同じ色の口髭は綺麗に手入れされている。年齢は六十代に差し掛かるかどうかといったところだが、シャンと伸びた背筋とキレのある動作は年齢を感じさせない。瞳は髪や髭と同じグレーだ。やや鋭い印象を受けるが、笑顔を浮かべると眉尻が下がるため、どこか人懐っこい表情になる。

「それじゃあ、マンセル、ミラ。あとは頼むよ。私は四人を傭兵組合に連れて行く」
「「畏まりました、ジル様」」

 礼をするマンセルとミラを振り返る事なく、ジルはスタスタと歩を進める。慌てて四人はジルを追いかけた。

「なあジルさん。あんた仮にも商会長なんだから護衛の一人くらい……」

 例の三段伸縮式の警棒を腰に差しているとはいえ、このミナルディにとってもかなりの要人であるはずのジルがあまりにも不用心ではないのか。そう思ったチューヤだが、ジルはそれを笑い飛ばす。

「ははは! 護衛なら君達がいるじゃないか? 傭兵組合に登録するまでは私の庇護下にある。なら、それなりの仕事をしてくれてもいいだろう?」

 ジルはそう言って茶目っ気たっぷりに笑った。
 実際のところ、ジルならば街のゴロツキの五人や十人、束になってかかっても一蹴するだろう。それを考えるとジルが道案内してくれる、その程度の軽い気持ちで付いていく四人だった。

「ここがミナルディ傭兵組合、ピットアイン支部だ」

 ジルが立ち止まって、三階建ての建物を見上げる。槍を交差させたデザインの看板がぶら下がっており、いかにもな雰囲気だ。

「よっしゃ、行くか!」

 チューヤが先頭を切って扉を開く。
 中は待合ホールになっており、テーブルと椅子が多数設置されている。正面奥にはカウンターがあり、窓口対応の職員が並ぶ。
 また、壁には掲示板があり、何やら紙がたくさん貼り付けてあった。それに人々が群がっている。
 ホールにある椅子とテーブルは、打ち合わせは軽い食事にも使われるらしく、大きな声で話し合う連中もいたし、昼間から飲んだくれている者もいる。
 
「おい、ありゃジル商会長じゃねえのか?」
「なんだあの生意気そうなガキ共は?」

 ホール内の者達の視線がチューヤ達に集中した。主に、ジルに対する視線だが、チューヤ達に向けてくる視線も少なくない。それも、まったく好意的ではない視線だ。
 子供だと思って侮る者。ジルに取り入った単なる小者として見る者。そもそも、よそ者や新入りを歓迎しない者。見た目のよいスージィとマリアンヌを下卑た目で見る者。

「おーおー、完全アウェイだな。いいねえ!」

 そんな周囲の視線を煽るように、ニヤリと口端を吊り上げたチューヤが気炎を上げる。傭兵ともなれば血の気が多い者が多い。当然その場の空気がピリピリしたものになる。

「おいおいおい、ガキ共。ジルさんお付きだからって調子乗ってんじゃねえのか?」

 顔に傷のある筋肉隆々の男が一人、立ち上がってチューヤに向かって凄んできた。いかにもベテランと言った風格がある。

「あン? 別に調子には乗ってねえぞ? 俺はつええからな!」
「はん! 大方、ガキの世界じゃお山の大将だったんだろうが、こっから先は命のやり取りする戦場が舞台だ。オメーみたいなガキは、帰って母ちゃんのおっぱいでも飲んでな」
 
 そのベテラン傭兵の一言で、ホール内が爆笑に包まれる。

「……おいおっさん。そりゃ、ケンカ売ってんのか? ブッ――」
「待て、チューヤ」

 身体に魔力を練り始めたチューヤを制したのはカールだ。そのままベテラン傭兵に問いかける。

「先程からあなたは、いや、このホールにいる者達の殆どが私達によい印象を持っていないようだが、それはなぜだ?」
「あ?」
「私達が何か礼を失するような事をしたのだろうか? この建物に入るのは初めてだし、入ったばかりで何もしようがない。あなたに絡まれる理由が皆目見当がつかないのだが」

 カールの至極真っ当な問いかけに、男はニヤリと笑う。

「理由なんざねえよ。何となくだ何となく。強いて言えば、てめえらの小ぎれいなツラが気に入らねえ。どうせ苦労も知らねえ坊ちゃん嬢ちゃんなんだろうが?」

 その答えを聞いた瞬間から、ホール全体の温度が下がったような気がした。カールの周囲の空気が結露し、それが氷の結晶となって床にパラパラと落ちて行く。

「なっ! てめえ、魔法使いか!」
「ふん。貴様らなぞ魔法を使うまでもない」
「ちょっ! あながた――」

 ここに至ってようやく異変に気付いた職員が止めに入ろうとするが、ジルがそれを制した。

「いいじゃないか。裏に訓練場があるだろう? 存分にそこでやり合うがいい。彼等が甘ったれの坊やかどうか分かるだろう。ああ、そちらは何人集めても構わんよ」
「ジ、ジルさん、アンタは手出し無用だぞ?」
「もちろんさ」

 ジルは傍観に徹する。その言質を取った事でベテラン傭兵は周囲に声を掛けた。

「おい、この生意気なガキ共をぶっ殺したいヤツらは付いてこい!」

 すると、ゾロゾロと十人以上の傭兵達が裏口から出て行った。

「カール君、チューヤ君。殺すなよ?」

 出ていく傭兵達を見送りながら、ジルがそう呟いた。
 
 
 
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