121 / 160
三章 ギルド
チューマリサイド②
しおりを挟む
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
「マンセルさんただいま~!」
行くときはいなかったはずの馬に乗って現れたチューヤとマリアンヌを見て、執事のマンセルが僅かに目を細めた。
『ご無事でしたか』などと野暮な事は聞かない。彼等『アストレイズ』に限ってもしもの事などあり得ないだろうという信頼の表れだろう。ただ、カールとスージィがいない事は気に掛かっていたが、四人はいつもこのコンビに別れて行動する事が多いため、何か事情があるのだろうという程度の事だ。
マンセルの折り目正しい姿勢を見ると、まだそれほどこの街に来て長くはないとは言え、『我が家』に帰って来た実感が湧くチューヤとマリアンヌ。
「ボクはギルドの事務所に達成証明書を出してくるね!」
「おお、頼む」
マリアンヌがジョージ村長のサインをもらった依頼の達成証明書を提出に行く。
「で、色々とあるんだけど、なんか変わった事あった?」
「はい、ジル会長が昨日見えられまして、皆様にお会いしたかったと。依頼で出かけていると聞いて残念そうにしておりましたよ」
「そいつは都合がいい。今すぐにでもジルさんに会いたい。アノ人が他にどんな予定があっても、全部キャンセルしてこっちの話を聞いてもらいたい程の重要案件だ」
「フム……承知致しました。すぐに手配してみましょう」
真剣な眼差しのチューヤに、マンセルもすぐに動いた。チューヤは短絡的なところはあるが決して馬鹿ではない。なにか大事を抱えてきたのだろうという事はマンセルも察した。
カールとスージィが別行動。そして四頭の馬。その内二頭は荷車を牽いている。まだ多くは語っていないチューヤが持つそんな情報を読み取り、すぐさまジルへとアポイントを取りに行った。
▼△▼
二時間後、ジルが屋敷を訊ねてきた。数人の従業員を連れている。
「やあチューヤ君、マリ君。何やら面白い話が聞けるという事だが?」
濃紺の上下揃いのスーツを着込み、デキる女ボス的な雰囲気を醸し出しながら、目だけはどこか面白そうに笑っている彼女にチューヤもマリアンヌも苦笑いだ。
「面白いと思ってもらえるならいいンすけどね。あ、あっちの荷車のブツ、鑑定お願いします。羊の変異種の羊毛と肉」
「ほう?」
商売のにおいがプンプンするチューヤの申し出に、ジルはモノクルの位置をクイと直し光らせる。
「まあ、そっちはオマケっす。中でじっくり報告しますんで」
「ああ、聞こう」
チューヤ、ジル。そしてマリアンヌとマンセルが屋敷に入り、応接室のソファに座った。マンセルはお茶の準備に向かう。そして彼が三人分のティーカップをテーブルに置いたタイミングで、チューヤが切り出した。
「いきなりで信じられないかも知れないが、イングラ村で魔族と戦った」
ティーカップに手を伸ばそうとしたジルの手が止まり、マンセルの瞳が大きく見開かれる。
「羊の変異種――バーサク・シープを操っていたのはその魔族だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。魔族と言えばワールドブレイク以前に存在していたと言われる伝説上の存在だ。それが本当にいたと?」
「ああ。奴は自分でそう言ってたぜ? 自分は純血の魔族だってな」
「純血……か」
考える素振りをするジルに、チューヤはイングラ村であった事を伝えた。
魔族の外観は人間に近いが、額に鋭い角が生えていた事。それは個体によって違うかどうかは分からない。
身体能力は高く、非常に頑丈である事。バーサク・シープを陽動に使うなど作戦行動を取るあたり、知能も高いだろうという事。
「で、魔法に関して言えばスージィが子ども扱いだ。それに奴は魔法を無効化出来る」
「なんだって!?」
ジルが驚いたのはスージィの事よりも魔法の無効化の件だ。スージィは魔法使いとしてかなり優秀だが、世の中には彼女を圧倒する実力の魔法使いはたくさんいる。他ならぬジル自身もそうだ。しかし発動済の魔法を他者が無効化するなど聞いた事がない。時間の経過と共に魔法の効果が薄らいでいったり、外部からの干渉で魔法を相殺する事は可能だが、無効化という技術は存在しない事になっているのだ。
「まあ、それを考えるのは後にしよう。で、そんなバケモノを一体どうしたんだい?」
「纏魔での接近戦。やたらと頑丈な奴だが、強力な物理攻撃ならやれると思う」
ジルはなるほどと頷いた。
(魔法が無効化される以上、倒すとすれば物理攻撃以外に選択肢はほとんどない。あるとすれば毒などの搦め手か。まあ、毒が魔族に効けばの話だが)
「ジルさん、これはもっと重要な話だと思うんだけど、アイツは同胞がどうのこうのって言ってた気がする。多分仲間がいて、人間を敵視している事は間違いないよ」
「むぅ……」
マリアンヌの言葉に、ジルは事の重大さに唸ってしまう。明らかに、国が動くような案件だ。もしも魔族が蜂起し、変異種の大軍を引き連れて人間を襲ってきたら。物理攻撃に強い変異種と、魔法が効かない魔族のコンビネーション。考えるだけで嫌になる。
「あー、でもよ。奴らの存在のお陰で、魔法使いが偉えんだーなんてふんぞり返ってる、スクーデリアの連中を見返してやるチャンスじゃねえかな?」
話を聞いた限りでは事態は深刻。しかしチューヤは、自分を追い出した母国が変わる機会であるとも捉えており、その強かさに苦笑するジルとマリアンヌだった。
「ただいま」
「マンセルさんただいま~!」
行くときはいなかったはずの馬に乗って現れたチューヤとマリアンヌを見て、執事のマンセルが僅かに目を細めた。
『ご無事でしたか』などと野暮な事は聞かない。彼等『アストレイズ』に限ってもしもの事などあり得ないだろうという信頼の表れだろう。ただ、カールとスージィがいない事は気に掛かっていたが、四人はいつもこのコンビに別れて行動する事が多いため、何か事情があるのだろうという程度の事だ。
マンセルの折り目正しい姿勢を見ると、まだそれほどこの街に来て長くはないとは言え、『我が家』に帰って来た実感が湧くチューヤとマリアンヌ。
「ボクはギルドの事務所に達成証明書を出してくるね!」
「おお、頼む」
マリアンヌがジョージ村長のサインをもらった依頼の達成証明書を提出に行く。
「で、色々とあるんだけど、なんか変わった事あった?」
「はい、ジル会長が昨日見えられまして、皆様にお会いしたかったと。依頼で出かけていると聞いて残念そうにしておりましたよ」
「そいつは都合がいい。今すぐにでもジルさんに会いたい。アノ人が他にどんな予定があっても、全部キャンセルしてこっちの話を聞いてもらいたい程の重要案件だ」
「フム……承知致しました。すぐに手配してみましょう」
真剣な眼差しのチューヤに、マンセルもすぐに動いた。チューヤは短絡的なところはあるが決して馬鹿ではない。なにか大事を抱えてきたのだろうという事はマンセルも察した。
カールとスージィが別行動。そして四頭の馬。その内二頭は荷車を牽いている。まだ多くは語っていないチューヤが持つそんな情報を読み取り、すぐさまジルへとアポイントを取りに行った。
▼△▼
二時間後、ジルが屋敷を訊ねてきた。数人の従業員を連れている。
「やあチューヤ君、マリ君。何やら面白い話が聞けるという事だが?」
濃紺の上下揃いのスーツを着込み、デキる女ボス的な雰囲気を醸し出しながら、目だけはどこか面白そうに笑っている彼女にチューヤもマリアンヌも苦笑いだ。
「面白いと思ってもらえるならいいンすけどね。あ、あっちの荷車のブツ、鑑定お願いします。羊の変異種の羊毛と肉」
「ほう?」
商売のにおいがプンプンするチューヤの申し出に、ジルはモノクルの位置をクイと直し光らせる。
「まあ、そっちはオマケっす。中でじっくり報告しますんで」
「ああ、聞こう」
チューヤ、ジル。そしてマリアンヌとマンセルが屋敷に入り、応接室のソファに座った。マンセルはお茶の準備に向かう。そして彼が三人分のティーカップをテーブルに置いたタイミングで、チューヤが切り出した。
「いきなりで信じられないかも知れないが、イングラ村で魔族と戦った」
ティーカップに手を伸ばそうとしたジルの手が止まり、マンセルの瞳が大きく見開かれる。
「羊の変異種――バーサク・シープを操っていたのはその魔族だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。魔族と言えばワールドブレイク以前に存在していたと言われる伝説上の存在だ。それが本当にいたと?」
「ああ。奴は自分でそう言ってたぜ? 自分は純血の魔族だってな」
「純血……か」
考える素振りをするジルに、チューヤはイングラ村であった事を伝えた。
魔族の外観は人間に近いが、額に鋭い角が生えていた事。それは個体によって違うかどうかは分からない。
身体能力は高く、非常に頑丈である事。バーサク・シープを陽動に使うなど作戦行動を取るあたり、知能も高いだろうという事。
「で、魔法に関して言えばスージィが子ども扱いだ。それに奴は魔法を無効化出来る」
「なんだって!?」
ジルが驚いたのはスージィの事よりも魔法の無効化の件だ。スージィは魔法使いとしてかなり優秀だが、世の中には彼女を圧倒する実力の魔法使いはたくさんいる。他ならぬジル自身もそうだ。しかし発動済の魔法を他者が無効化するなど聞いた事がない。時間の経過と共に魔法の効果が薄らいでいったり、外部からの干渉で魔法を相殺する事は可能だが、無効化という技術は存在しない事になっているのだ。
「まあ、それを考えるのは後にしよう。で、そんなバケモノを一体どうしたんだい?」
「纏魔での接近戦。やたらと頑丈な奴だが、強力な物理攻撃ならやれると思う」
ジルはなるほどと頷いた。
(魔法が無効化される以上、倒すとすれば物理攻撃以外に選択肢はほとんどない。あるとすれば毒などの搦め手か。まあ、毒が魔族に効けばの話だが)
「ジルさん、これはもっと重要な話だと思うんだけど、アイツは同胞がどうのこうのって言ってた気がする。多分仲間がいて、人間を敵視している事は間違いないよ」
「むぅ……」
マリアンヌの言葉に、ジルは事の重大さに唸ってしまう。明らかに、国が動くような案件だ。もしも魔族が蜂起し、変異種の大軍を引き連れて人間を襲ってきたら。物理攻撃に強い変異種と、魔法が効かない魔族のコンビネーション。考えるだけで嫌になる。
「あー、でもよ。奴らの存在のお陰で、魔法使いが偉えんだーなんてふんぞり返ってる、スクーデリアの連中を見返してやるチャンスじゃねえかな?」
話を聞いた限りでは事態は深刻。しかしチューヤは、自分を追い出した母国が変わる機会であるとも捉えており、その強かさに苦笑するジルとマリアンヌだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…
アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。
そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる