視線を勘違いする男の謝罪は人助け!?――お前今、〇〇されたそうな目でこっち見てたろ?――

SHO

文字の大きさ
3 / 25
1章 七枝(ナナシ)

1-2 七枝(ナナシ)②

しおりを挟む
「おおぅ……」
「……何よ?」
 テンは驚いた。それはもう盛大に驚いた。ナナシの分厚い胸部装甲にではない。
「ナナシ……お前、可愛かったんだな」
「はあ? テン、あんた今まであたしをどんな目で見てたのかしら?」
「薄汚れた、きったねえ腹減らしの、おっぱいがでけえふぐっ!?」
「はぁ……もういいわ。何か全部当たってるし」
 あまりに酷いテンの言い草に、ナナシはテンの足を踏み付けた。ただし、彼の言っていることはあながち間違いでもなかったのでそこまで理不尽な暴力は振るわない。
 そもそもの発端は、ナナシのその見た目であった。何しろ人攫いに攫われて着の身着のまま逃げ出してきた彼女は、数日の間森を彷徨い、衣服はボロボロ、本人もドロドロである。
 ナナシを連れて街まで同行する約束をしたテンだったが、この外見の彼女を連れ歩くと、下手をすれば自分が人攫いに見えてしまうかもしれない。そう考えたテンは、ナナシに近くの泉で行水してくるように勧めたのだった。
 そして、行水から戻って来た彼女は、輝かんばかりの美少女に変身していた。
 纏っているのは相変わらずのボロだが、くすんでゴワゴワになっていた髪は艶やかな栗色のセミロングに変化。埃まみれだった顔はすっかり汚れが落ち、くりりとした瞳は深いブルー。ややぽってりとした唇は発色のよいピンク色。
 シャープな顎のラインは小顔効果を際立たせている。肌は抜けるように白く、今まで日光というものを拒絶して生きてきたかのようだ。
「あとは、着るモンか。わりぃな、男物しかなくてよ。こいつで我慢してくれ。履物もサンダルしかねえんだが、裸足よりはマシだろ。俺、向こうに行ってるからその間に着替えてといてくれ」
 テンは左手の八卦の紋様から無造作に衣服を取り出した。
 彼のサイズなのでかなりブカブカになるだろうが、裾や袖を捲ればどうにかなるだろう。サンダルも革製の丈夫なもので、紐で調整できる。
(それにしても……あの見た目じゃ人攫いに目ぇ付けられてもしゃーないが、行水前後でああも変わるもんかねー? もしかして変化の術でも使ってんじゃねえか?)
 ナナシが着替えているその場を離れたテンは一人苦笑していた。

*****

「この先に泉がある。ちょっと行水してこい。そのまんまのナリじゃあんまりだろ」
 テンにそう促されてもナナシは素直に従うことができなかった。何故なら、今の自分は人攫いから逃亡している身の上。一刻も早く安全な場所へ移動する必要がある。テンと出会ってからすでにかなりの時間が経過しているし、この上行水などで時間をかけている場合ではない。
 だが、テンはひらひらと手を振りながら言った。
ケダモノ・・・・なら全部駆除・・したよ。安心して行ってこい」
 この言葉でナナシは気付いてしまった。妙に含みを持たせたテンの物言い。そしてさっきの血の臭い。
(この人、人攫いと戦ってきたんだ……)
「分かった! 行ってくるね! でも覗かないでよ?」
「はいはい、早く行ってこい」
 ナナシの警告に、テンは再びしっしっと追い払うように手を振り答えた。
 テンに言われた通りの場所へ行くと、そこには清浄な水を湛えた泉があった。周囲にはそれなりの密度で木が生えそろっており、泉の付近まで来ないかぎりは見られる心配はなさそうだった。そして、埃にまみれ、あちこち破れている衣服を脱ぎながら、ナナシは思いを巡らせる。
(さっき用を足しに行くって言ってたけど……追手をやっつけてくれたんだね)
 泉に浸かりながら、ナナシは水面に映る自分の姿を見ながらふと呟いた。
「こんなに汚いあたしを助けてくれたんだ……」
 褐色の肌に鋭い目つきは精悍そのもの、外見だけで判断すればやや近寄りがたい雰囲気を持った赤髪の男。掌の不思議な紋様で怪し気な術を使う。背中には物騒なカタナを背負っているが、それがただの飾りでない事はその筋肉質の身体を見れば予想がつく。
「でも、バカだからなー」
 しかし実際に接してみると、テンはバカだった。いきなり胸を揉むのも大概だが、その理由が酷すぎる。あの時は気が動転していたが、今となってはなんだか笑えてくるから不思議だ。
「揉んで欲しそうな目ってどんな目よ? ぷっ」
 そして一人、思い出し笑いをしたナナシは決意した。
「よし、あの人を信用してみよう!」

*****

 二人は森を抜けて街道へ出た。ナナシのペースに合わせて、ややゆっくりな歩調で進んでいる。
「このペースだと日暮れまでに街に着くのは難しいな。途中で野宿すんぞ?」
「うん! ちゃんと守ってくれるんだよね?」
「……ああ。街に着くまではな」
「……?」
 テンの言葉にやや引っ掛かるものを覚えたナナシだが、気のせいかと思い直して歩を進めた。恐らく、テンは自分の為に敢えてペースを落として歩いている。そうでなかったら日暮れまでに街に到着していたのかもしれない。テンが言った『このペースだと~』というのはつまりそういう事なのだろうとナナシは解釈した。
 それでも、必死の逃避行を続けてきたナナシにとって、心強い護衛付きでゆっくり休めるのは正直嬉しかった。人攫いの追手について、テン本人ははっきりとは言わないが、テンはおそらく自分にとっての恩人だ。この期に及んで不埒な真似をする事もないだろう。そんな信頼感もあった。それに、魔物や野獣、そして追手に怯えて夜を明かした森での数日間に比べれば、今更一泊の野宿くらいどうという事はない。
「ねえ、テン。あたしの事、何も聞かないの?」
 適当な場所を確保して、焚火を囲んで食事をとりながら、ナナシはテンに訊ねた。
 少しの間、パチパチと焚き木が爆ぜる音だけが聞こえる。
「あ? おっぱいのサイズならもう把握してるぞ?」
「ぐっ……そうよね。あんたはそういうヤツよね。でもそうじゃなくて、なぜあたしが人攫いに捕まってたとか……」
 予想の斜め上をいくテンの答えにも、どうにか気をしっかりと持って自分の言いたい事を正しく伝えようとするナナシ。
 しかしテンは、焚火のオレンジ色に照らされ、幻想的な美しさを醸し出す彼女の顔を不思議そうに見つめた。
「なぜって、そりゃお前、見た目がいいからだろ?」
 テンはあっけらかんとそう言ってのけた。
「それだと世の中の美男美女はみんな攫われちゃうわよね!? そういうのじゃなくて! うがーーっ!」
 頭を抱えてのけぞる美少女を可笑しそうに見つめながら、テンは言った
「どうしても話したいってんなら聞いてやるけどな、俺はクライアントのプライベートには深く関わらない事にしてるんだよ」
 ナナシをクライアントと言っていいものかどうかは微妙だけどな、とテンは彼女を見ながら続けた。
「どうして? クライアントって依頼人の事でしょ? 詳しく知ってた方が色々と便利そうだけど……って、テンのお仕事って何なの?」
 色々と不可解なテンの言葉。そう言えば自分もこの男の事を何も知らない。ナナシは当たり障りのない質問をしたつもりだった。
「クライアントのプライベートを探らない代わりに、俺も自分の事は明かさない。相手を深く知ろうとしないのは、情が移ると仕事に差し支える場合があるからだよ」
 ナナシもこれに関しては、そういう事もあるだろうな、と思った。クライアントと自分とは、あくまでも仕事上の関係のみであり、ビジネスとは時に非常にドライなものだ。その事はナナシもなんとなく理解できた。
 しかし、自分とテンの関係もその括りに入れられてしまうのは一抹の寂しさも感じた。
「そっか……先に休ませてもらうわね。交替の時間になったら起こしてくれる?」
「今日は俺に任せてしっかり休め。相当疲れてんだろ? ……って、もう寝てやがる」
 ナナシのあまりの寝つきの早さに苦笑しながら、焚き木をくべるテンだった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...