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3章 歌音(カノン)
3-1 歌音(カノン)①
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「旦那、勘弁してくれ。あの店はダメだ」
豪華な部屋だ。柔らかな絨毯が敷き詰められ、壁にはよくわからない絵画が飾られており、調度品ひとつひとつがいかにも金がかかっている。
金色に輝く燭台も、メッキなどではなく本物の金でできているのかもしれない。
(いつ来ても悪趣味で下品な部屋だぜ)
顔や腕など、身体中至る所に包帯が巻かれている男が内心毒づく。煌びやか、というよりはキンキラキン。そう言った方がしっくりくる部屋の中で、包帯の男は立ったまま報告していた。
一方、報告を受けている『旦那』と呼ばれた男は座ったままだ。
「どういう事かね?」
歳は五十に差し掛かったあたりだろうか。細身の身体は仕立ての良いスーツに包まれており、金縁の眼鏡の奥の視線は爬虫類のようだ。油でテカテカ光る頭髪はオールバックに纏められている。
そして両手の指にはゴテゴテした宝石の指輪。この部屋の主である事をこの上なく主張している。
「腕力にモノを言わせればいいだろう? 君達のような人種はそういうのが得意なのではないかね?」
指にある光り物を満足気に眺めながら、男がそう呟く。
「それが通用しねえんですぁ。あの店には恐ろしく腕の立つ用心棒が居やがるんで」
「ほう?」
この旦那と呼ばれている男、外食チェーン店の経営者である。主な街に出店しては利益を上げてのし上がってきた人物だ。
ややお高い値段ではあるが、上質な料理で人気は高い。しかし、それ以外にも繁盛している理由がある。
「そのあたりのチンピラじゃあ、束になってかかっても相手にならねえ」
「あの『ノンの店』はウチにとって目の上のタンコブなのだよ。わかるだろう?」
「……」
有無を言わせぬ迫力に、包帯だらけの男は押し黙る。
特に荒事が得意という訳でもないのだが、修羅場をくぐり抜けた場数の違いとでも言おうか。
料理の質で、普通に競争を勝ち残れるなら問題はないし、それは負けたライバル店の責任というものだ。しかし、この男のやり口は違った。
オープン時にはかなり格安で料理を提供する。安くて美味いモノが食えるのだから、客は入るだろう。それをしばらく続けていくだけで、ライバル店は音を上げてしまう。
そうしてライバル店を廃業に追い込んだのち、料金を吊り上げていく。結局、この男の店の一人勝ちになる。
それでも食い下がるライバル店には強硬手段に打って出ることもする。嫌がらせ、脅迫、営業妨害。あるいは直接的な暴力。
当然、この男に恨みを持つものも多くいるし、命の危険も経験してきた。潜り抜けてきた修羅場とはそういうことだ。食うか食われるか。この男なりに、そういう世界で生き抜いてきたという自負がある。
「君はその用心棒のことを調べておきたまえ。私も手を打っておこう」
「へい」
この街で開店したはいいのだが、ノンの店だけは客足が途絶えることがない。初手の低価格での料理の提供は思った程の効果は出ず、次いで打った手はならず者を雇っての嫌がらせ。
しかしこれも用心棒とやらの存在のおかげで上手くいかない。
包帯の男が立ち去ったあと、そっと呟いた。
「目には目を、か」
口角を吊り上げた男の瞳が鋭く光った。
*****
季節は春から初夏へと移り変わり、新緑が生い茂る中、菜の花畑の黄色がやけに生える。そんな中に、一本の遅咲きの八重桜の老木が、濃い桃色の花を満開に咲き誇らせていた。
そんな美しい景色を一望できる原っぱで、赤い長髪を一本にまとめた男が握り飯を頬張っていた。
「もっと桜の近くにいって見ないのですか?」
一人の若い女が近寄ってきて声を掛ける。
それに振り返る事もせず、男は風景を眺めながら答えた。
「分かってねえなぁ。ああいうのは、離れて見るからこそ綺麗なんだぜ?」
そして何食わぬ顔で茶を喫する。
「女鹿 天殿とお見受けしますが?」
しかし女はそれに反応する事をせずに、本題に入ってきた。
「『テン』でいい。仕事の依頼か?」
「ええ。『掃除屋のテン』に仕事の依頼を持って参りました」
掃除屋のテン。裏社会でのこの男の異名である。
「俺の仕事は高えぞ?」
「そのあたりの交渉は、我が主人とお願いしたく」
「その主人とやらのところまで出向けってか?」
「申し訳ありません」
自分を掃除屋のテンと分かって接触してきた時点で、この女の主人とやらもカタギではないのだろう。だが、そんな事は今更である。
裏稼業で生きてきた自分にとって、依頼人が上客かどうか。それだけが問題なのだ。
「案内してくれ」
「はい。では」
女が向かう先は、自分もよく知る街。そして馴染みの人達が暮らす街だった。
豪華な部屋だ。柔らかな絨毯が敷き詰められ、壁にはよくわからない絵画が飾られており、調度品ひとつひとつがいかにも金がかかっている。
金色に輝く燭台も、メッキなどではなく本物の金でできているのかもしれない。
(いつ来ても悪趣味で下品な部屋だぜ)
顔や腕など、身体中至る所に包帯が巻かれている男が内心毒づく。煌びやか、というよりはキンキラキン。そう言った方がしっくりくる部屋の中で、包帯の男は立ったまま報告していた。
一方、報告を受けている『旦那』と呼ばれた男は座ったままだ。
「どういう事かね?」
歳は五十に差し掛かったあたりだろうか。細身の身体は仕立ての良いスーツに包まれており、金縁の眼鏡の奥の視線は爬虫類のようだ。油でテカテカ光る頭髪はオールバックに纏められている。
そして両手の指にはゴテゴテした宝石の指輪。この部屋の主である事をこの上なく主張している。
「腕力にモノを言わせればいいだろう? 君達のような人種はそういうのが得意なのではないかね?」
指にある光り物を満足気に眺めながら、男がそう呟く。
「それが通用しねえんですぁ。あの店には恐ろしく腕の立つ用心棒が居やがるんで」
「ほう?」
この旦那と呼ばれている男、外食チェーン店の経営者である。主な街に出店しては利益を上げてのし上がってきた人物だ。
ややお高い値段ではあるが、上質な料理で人気は高い。しかし、それ以外にも繁盛している理由がある。
「そのあたりのチンピラじゃあ、束になってかかっても相手にならねえ」
「あの『ノンの店』はウチにとって目の上のタンコブなのだよ。わかるだろう?」
「……」
有無を言わせぬ迫力に、包帯だらけの男は押し黙る。
特に荒事が得意という訳でもないのだが、修羅場をくぐり抜けた場数の違いとでも言おうか。
料理の質で、普通に競争を勝ち残れるなら問題はないし、それは負けたライバル店の責任というものだ。しかし、この男のやり口は違った。
オープン時にはかなり格安で料理を提供する。安くて美味いモノが食えるのだから、客は入るだろう。それをしばらく続けていくだけで、ライバル店は音を上げてしまう。
そうしてライバル店を廃業に追い込んだのち、料金を吊り上げていく。結局、この男の店の一人勝ちになる。
それでも食い下がるライバル店には強硬手段に打って出ることもする。嫌がらせ、脅迫、営業妨害。あるいは直接的な暴力。
当然、この男に恨みを持つものも多くいるし、命の危険も経験してきた。潜り抜けてきた修羅場とはそういうことだ。食うか食われるか。この男なりに、そういう世界で生き抜いてきたという自負がある。
「君はその用心棒のことを調べておきたまえ。私も手を打っておこう」
「へい」
この街で開店したはいいのだが、ノンの店だけは客足が途絶えることがない。初手の低価格での料理の提供は思った程の効果は出ず、次いで打った手はならず者を雇っての嫌がらせ。
しかしこれも用心棒とやらの存在のおかげで上手くいかない。
包帯の男が立ち去ったあと、そっと呟いた。
「目には目を、か」
口角を吊り上げた男の瞳が鋭く光った。
*****
季節は春から初夏へと移り変わり、新緑が生い茂る中、菜の花畑の黄色がやけに生える。そんな中に、一本の遅咲きの八重桜の老木が、濃い桃色の花を満開に咲き誇らせていた。
そんな美しい景色を一望できる原っぱで、赤い長髪を一本にまとめた男が握り飯を頬張っていた。
「もっと桜の近くにいって見ないのですか?」
一人の若い女が近寄ってきて声を掛ける。
それに振り返る事もせず、男は風景を眺めながら答えた。
「分かってねえなぁ。ああいうのは、離れて見るからこそ綺麗なんだぜ?」
そして何食わぬ顔で茶を喫する。
「女鹿 天殿とお見受けしますが?」
しかし女はそれに反応する事をせずに、本題に入ってきた。
「『テン』でいい。仕事の依頼か?」
「ええ。『掃除屋のテン』に仕事の依頼を持って参りました」
掃除屋のテン。裏社会でのこの男の異名である。
「俺の仕事は高えぞ?」
「そのあたりの交渉は、我が主人とお願いしたく」
「その主人とやらのところまで出向けってか?」
「申し訳ありません」
自分を掃除屋のテンと分かって接触してきた時点で、この女の主人とやらもカタギではないのだろう。だが、そんな事は今更である。
裏稼業で生きてきた自分にとって、依頼人が上客かどうか。それだけが問題なのだ。
「案内してくれ」
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女が向かう先は、自分もよく知る街。そして馴染みの人達が暮らす街だった。
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