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31.杏子とマーリ。それぞれの告白

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 ハンター協会の訓練場から場所を移し、コンタと杏子、それにマーリとデイジーは、協会の中の一室を借りて話し合いをしていた。
 ガークと護衛の騎士はすごすごと引き返している。

「兄さま! 私、兄さまを嫌いになってしまいそうです!」

 そんなマーリの一言で、まるで死刑を宣告されたような顔で帰っていった。

「なんだってまたハンターになりたいなんて言い出したんだよ?」

 今回の騒動の要因となったマーリの一言。その真意を確かめたいが故のコンタの質問。特にデイジーは、長年マーリの護衛として仕えていたのにもかかわらず、自分の知らぬうちに重大な決断をしたの主人の本音を聞き逃すまいと、真剣な面持ちだ。

「……イーオンバレーに拘束された時の事です」

 マーリは、その決意のきっかけとなった事件を語る。まさか領主が、という油断があったにせよ、護衛の騎士三人共々無力化され、なす術なく拘束された事。

「騎士がハンターと比べて戦闘力で劣っているとは思っていません。それに私自身、剣術も魔法も研鑽を積んできました。しかし……」

 そう言って更にマーリは続けた。
 いかんせん、騎士という人種は頭が固い。騎士となる大多数の人間は貴族や騎士の家系に生まれ、幼い頃から騎士道を叩き込まれる。それはそれで有用な事だとは思うが、弊害もあると。

「想定外の事象と遭遇した時に、臨機応変さに欠けると言いましょうか……正面切って戦うのならまだしも、搦め手からの攻めには咄嗟の判断がハンターに比べて劣るといいましょうか……」

 それはつまり、いつ、何が起こるか分からない遺跡の中で日々冒険をしているハンターとは、鍛えている部分が根本的に違うという事を言いたいのだろう。少なくともコンタはそう理解した。しかし、それだけでは説得力に欠ける。いや、皆無だ。

「いや、でもさ、パーシーもジェームズも捕まってたじゃん。あいつらだって一端のハンターだろ?」

 コンタはその説得力のなさを指摘した。あの場で一緒に捕まっていたハンターの二人。それを見てハンターを志すと言われても、なるほどな、とは1ミリも思えない。

「そうですよ、お嬢様。確かに柔軟な思考力という面で、我々騎士がハンターに劣るのは自覚しました。ですがあの事件を引き合いに出してハンターになりたいとは、些か無理があります」

 デイジーがコンタの言葉に同意する。その様子を見て、さらに杏子が追撃をかける。

「本当の事を言えない人とは仲間になれない」
「う……」

 杏子の短い一言でマーリが言葉に詰まる。

(俺達だって地上から来たって事を内緒にしてるけどな)

 コンタは内心苦笑するが、一緒にハンター稼業をやりたいというのであれば、杏子のいう事も尤もではある。

「ふう……分かりました。キョーコには敵いませんね」

 一つ大きなため息をついたあと、マーリはキッと表情を引き締める。

「自分の身を守る術を手に入れるため、ハンターとしての力を得たいというのは嘘ではありません。しかし……あなた方二人以外のハンターに、この身を任せられると思いますか? この伯爵家令嬢の私が」
「ふむ……」

 いくら腕が立とうとも、どこの馬の骨ともしれないハンターに師事するなど、とても出来る事ではないという事らしい。それに関してはコンタも同意できた。貴族の娘が自らを預けるなど、最大限の信頼を寄せられる相手ではなくてはならないのは理解できる。
 しかし、杏子は今のマーリの言葉にも思うところがあったらしい。

「マーリ、ちょっと」
「え? は? え? ちょっ!?」

 杏子はマーリをずいずいと引きずり、部屋の外へと連れ出して行った。それを見ていたコンタとデイジーは、互いに目を見合わせて、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。

***

「聞かせて」

 いつもの無表情で、抑揚のない話し方だが、有無を言わせぬ迫力で杏子がマーリに迫る。

「は?」

 しかし、如何せん杏子には言葉が不足している。彼女の断片的なセリフからから、言いたい事の全てを導き出せるのは。今のところコンタただ一人である。

「さっき言ったのは嘘ではないけど、所詮は建前」
「う……」

 マーリは部屋から引っ張り出された時点で、杏子にはなにもかも見透かされているだろうとは思っていた。しかし、実際に図星を突かれて言葉に詰まる。

「流石に本人を目の前にして言わせるのは気の毒。だから連れ出した」

 本当に、杏子は全てお見通しだ。マーリはそう思い、観念する。

「もう、キョーコには本当に敵いませんね。そうです。私はコンタの側にいたいのです。もちろん、友人としてではありませんよ? 自らの乙女心を抑えきれない。このような気持ちは初めてなのです」

 やや伏し目がちに、頬を薄っすらと染めながら話すマーリだが、杏子の方は無表情のまま口を開いた。

「コンタはあんな感じだけど、無神経でも鈍感でもない。マーリの気持ちにはきっと気付いてる」
「え?」
「でも、コンタがマーリの気持ちに応える事はない」
「ど、どうしてですか!? なぜそこまで断言できるのです!?」

 杏子の口から発せられた非情な言葉に食い下がるマーリだが、尚も杏子は無表情のまま続けた。

「私がいるから……と言いたいところだけど違う。私とコンタはいつかこの世界からいなくなるかもしれない。だからコンタは、責任を取れないような事はしない」
「……え? それはどういう……?」

 杏子の言葉からは漠然とした印象受ける。
 『この世界からいなくなる』。それは誰しもそうだろう。人はいつか必ず死ぬ。それが、コンタが自分を受け入れない理由にはならない筈だ。マーリはそう思う。

「からかいや冗談でこんな事を言う訳じゃない。ましてや、マーリが恋敵になりそうだから言う訳でもない。大切な、友達だから言う」
「はい……」

 先程までとは打って変わって、杏子の表情が真剣なものに変わった。そんな杏子からどんな言葉が出るのかと、マーリは固唾を飲む。

「私とコンタは地上から来た。だからいつか地上に帰るかもしれない」
「……え?」

 杏子が語る衝撃の告白に、マーリは絶句した。
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