いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

SHO

文字の大きさ
5 / 56

立て札と姫

しおりを挟む
「この辺りを治める戸田様のお城へ行き、この書状を見せるがよい。幾何いくばくかの金子を頂けるかもしれん。それで装いを改めるのがよかろう」

 村を出る時に、食料の他に織部の爺さんがくれた一通の書状。俺は今、それを持ってお城の門の前に立っている。
 島を出て無事上陸したはいいが、正直何処に漂着したか分からなかった。俺が身を寄せていたのは三島神社というらしく、中々に由緒ある神社だって話だ。あの爺さん、見かけによらず大物だったみたいだな。
 で、その爺さんに言われて来たのがここ、伊豆下田城。小田原の北条氏が滅亡したあと、新しく徳川様が関八州を治める事になったんだが、戸田様もそれに伴ってこの伊豆下田に転封されたって事だ。

「……」

 門番が二人立っている。だが俺は、その門番に話しかける事をせず、門の横に立てられた立て札に目を奪われている。

【姫の婿に相応しい者を探している。自薦他薦問わず。来たれ、我こそはと思わん者】

「は?」

 俺は思わず声を出しちまった。いや、だってさ、『は?』だろ、これ。姫様の婿ってこんな感じで募集するもんなの? お侍や公家なんかに嫁ぐんじゃないの?

「あのう……」
「ん? ああ、その立て札か? お前も希望者か?」

 立て札の内容が胡散臭いので、その事には触れずにこっちの用向きを伝えようとしたんだが、門番の方が勝手に誤解して説明を始めてしまった。

「姫様は剣術の達者でな。自分が嫁ぐなら自分より強いお方ではないと認められないと仰るのだ」
「へえ、それで、その姫様から一本取れば合格! ってな感じっすか?」
「まあ、そういう事になるだろうな」

 ほうほう、なるほどなぁ。男勝りなお姫様か。ま、俺には関係ねえや。

「俺は遠慮しておきますよ。いや、そうじゃなくて、三島神社の織部って爺さんからこの書状を預かってきたんすよ」
「何? 織部殿から? ちょっと拝見する」

 俺は門番に書状を渡した。爺さんの名前を出した時から門番の顔つきが変わったんだけど、やっぱり偉いのか? あの爺さん。

「ふむ。ちょっと付いて来てくれ」

 俺はそう言う門番の後に付いて行った。それにしても、立派な庭と建物だなあ。眼下には下田の漁村。そして海を臨んだ向こうには、島が小さく霞んで見える。師匠おっさん、元気にしてやがるかな?

「それでは、ここで待っているように」

 大きな庭の片隅にある東屋まで来ると、門番はそう言ってお屋敷の方へ歩いていった。
 残された俺は、東屋の椅子に腰かけ、ぼーっと庭を眺めていた。池、そして敷き詰められた砂利の中に並ぶ飛び石。緑が眩しい松の木。その庭の向こうを見れば、柵に囲われた馬場が見える。
 ここは五千石の武将の居城な訳で、海から攻め来る敵を抑える要衝だ。そういう施設もあるだろうな。

「お待たせ致しました」

 ぼんやりと風景を眺めていた俺の背後から、いつぞや聞いたような、鈴を鳴らしたような声がする。
 俺は慌てて立ち上がり、すぐさま片膝をつき頭を下げた。腰の太刀も外して地面に置く。城の門番が呼んでくるようなお方だもんな。多分偉い人だ。

「うふふふ。お顔を上げて下さい。弥五郎殿?」
「はっ――っは?」

 顔上げて声の主を見る。そこにいたのはあの海岸で握り飯を恵んでくれた、あの美少女だった。思いがけない再会に、俺は上手く言葉を紡げずにいた。なんか後ろに一人、爺さんがいるがそっちは目に入らん。

「いつかの砂浜以来ですね。どうやらあの時貴方を助けたのは間違いではなかったようです」

 俺の事を覚えててくれた! それだけで俺の心は舞い上がった。

「俺は島の刀鍛冶、弥五郎と申します! いつぞやは助けて頂いたのに碌にお礼も言えずに――」
「いいえ、礼を申さねばならぬのはこちらの方ですよ? 我が領民を救い、賊を討伐していただいた事、感謝申し上げます」

 そう言って美少女はペコリと頭を下げた。
 えっと……
 今『我が領民』って言ったよね? やべえ、変な汗が出てきた。どこかのいいとこのお姫様かとは思ってたけど、いや、まさかまさか……

「あら、私としたことが申し遅れました。戸田 桃と申します。不在の父と兄に成り代わり、改めて御礼申し上げます」

 ポカンと口を開けてる俺を見て、まだ名乗っていない事に気付いたびしょう――いや、桃姫様が名乗ったんだけど、もう確定だ。本気で姫様だった!
 砂浜で姫様から食い物を恵んでもらうなんて、無礼なヤツだと思われてるだろうなぁ……
 で、それはそれとして、俺は気付いてしまった事があるんだ。お姫様ってさ、こう、華やかさがあると思ってたんだけど、桃姫様は砂浜で会った時と同じような、地味で動きやすい装束を身に纏っているんだ。それに今日は、桃色の鉢巻き、籠手に胸当て、脛当てまで装備して、まるでこれから戦いでも行くんじゃないかって感じなんだよな。そして腰にはあの時の桃色の小太刀が。
 
「ああ、コレですか? フフ。これから少々催し物があるのですよ。良かったらご覧になっては? じい、例の品を弥五郎殿に」

 俺の視線に気付いた桃姫様が、ニコリと笑いながら催し物だと答える。そして、後ろの爺さんが桃姫様に言われて巾着袋を持ってきた。じゃらじゃらと音がするところを見ると、中身は恐らく銭だろう。

「では、失礼しますね、弥五郎殿」

 桃姫様はそう言って、馬場の方へと向かって行った。

「門の外の立て札は見られたかな?」

 桃姫様を見送る俺に、爺さんが話しかけてくる。

「ああ、はい。姫様の婿候補がなんたらかんたら」
「然り。これから行われるのは、姫様を欲する相手が姫様に決闘を挑むというものじゃ。滅多に見られるものではない故、見ていかれるのがよいだろう」

 なるほど。あの立て札の内容はこういう事か。

「……心配ではないのですか?」

 女の細腕で、腕自慢の男相手にするんだろ? 普通は心配になるだろうが?

「まあ、見ていれば分かる」

 やけに自信たっぷりな爺さんに興味を引かれ、俺はその『決闘』を見学していく事にした。まあ、男の方も嫁にしたい女を傷つけるような事はしないだろ。
しおりを挟む
感想 130

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...