51 / 56
戸田忠次
しおりを挟む
一触即発の状況から一変、一対五の決闘、しかも殿の御前での真剣勝負という成り行き。この五人はニヤニヤと笑っている。公明正大に俺を斬れるとか思ってるんだろうな。
「姫様。姫様はそこの男を過大評価しているようですが……勝敗の判定は何卒公正にお願いいたしますぞ?」
なんでこいつら、自分らが勝てるっていう前提で話してるんだろうな?
そこが心底不思議で仕方ねえ。
ほら見ろ、桃の視線が滅茶苦茶冷たくなってて、見てるこっちがしもやけになりそうだぜ?
「あなた方……辞世の句、しっかり残しておきなさい。行きますよ、弥五郎」
何気にお前ら死ぬぞ宣言を残して、桃が桟橋の方へ向かって歩いていく。それを俺とおなつさん、孫左衛門が追いかけていく形だ。
「あの~、桃姫様?」
「桃です!」
「いや、おなつさんとか孫の字もいるんですけど」
「あ……」
おなつさんと孫左衛門の生温かい視線を浴びながら、そんなやり取りをしていた俺達だが、話の内容はかなり真面目だ。
どうもあの五人は、伊豆下田城の家臣の中でも身分が高い家格の者らしいんだな、これが。
「戸田家の重臣をまとめて敵に回すってか! 随分楽しそうな事になってるねえ!」
孫左衛門が心底楽しそうな顔で肩を組んでくる。こいつはホントにこういう騒ぎが好きだな。まあ、おかげ様で空気が変わった。俺としてもこっちの方が楽でいい。
「姫様、奥山様は楽しそうですけど、実際どうなさるので?」
「う~ん……う~ん……弥五郎?」
おいおい桃ちゃんや、おなつさんに痛いところを突かれて困ったのは分かったが、俺に助けを求められてもな。実際、さっきは勢い任せなところもあったんだろうけどさ。『弥五郎?』って、そんなに小首を傾げて見上げられても……
「重臣共も斬りますか?」
俺に言えるのはこれくらいだな。
――スパン!
「そういう事を言わないの! あんたが言うと冗談に聞こえないの!」
おなつさんが俺にハリセンを食らわせながら、さらに説教まで食らわせる。
「いや、冗談だなんて失礼な――」
――スパン!
「もっと悪い!」
ちっくしょ、さっきからスパンスパンと……
「おいおいおなつさん? 弥五郎殿はあんたの主じゃないのかい?」
「今はお仕事中じゃないの! だからいいの!」
「まあ、おなつと弥五郎はまるで本当の姉弟のようですね、フフフ」
……桃にそう言われて、俺とおなつさんは思わず顔を見合わせる。確かに、可能性はあるんだった。生き別れの弟がいるんだったもんな。まあ、この人が本当のねえちゃんだったら、いいなとは思うよ。
それはそれとして、決闘の相手の五人が重臣の倅どもっていうのは俺が思っているより事は重大らしい。いかに桃が殿様の娘でも、重臣が五人纏めて敵に回るとなれば、殿様の領地経営にも支障が出るって話だ。さて、どうするかねえ……
ともあれ、そんな遺恨と懸念、疑問と難題を残して、俺達は直接下田の港へと向かった。
△▼△
伊豆下田城に戻ってから三日後。
俺はいつも訓練している馬場にいる。
この場所っていつも誰かが決闘してる印象なんだよな。桃と富樫とか、俺とへのへのもへじとか。
そして、床机に腰かけている厳めしい顔のおっさんが、この伊豆下田城の主、戸田忠次様だ。あ、床机ってのは折り畳める椅子な。
その、戸田忠次様の前に、俺と今日の相手の五人が頭を垂れて控えている。
「伊東弥五郎と申したか。貴様、元服は済んでおるのか?」
「いえ、俺、いや、私は元々鍛冶職人なれば、そのような儀式めいたものとは無縁でございます」
「ほう?」
俺は頭を下げているから殿の顔は窺い知れないが、その声はいかにも面白いものを見つけた、そんな感じがありありと出ているように思える。
「この勝負を挑んだのはそっちの五人だそうだが、お前の方から真剣勝負の条件を出したそうだな。何故、わざわざ危険な選択をした?」
はて?
俺にとって何が危険なんだ?
こんな五人程度、得物が木刀から真剣に変わったところで如何ほども変わりはないんだがなぁ。俺なら、こいつらに剣を振らす事なく首を刈り取れる。
「申し訳ありません。俺、いや、私には何が危険なのか分かりかねます」
「ふむ。面を上げよ」
「は」
殿様がいかにも面白そうに俺の顔をじっと見る。いやあ、おっさんに見つめられてもなあ。
ちらりと殿様の左右を見れば、キリリとした武者姿が似合いそうな若い男と、桃がいる。あれが桃の兄とやらかな? なかなかの男前だ。さすがは桃の兄上ってところだ。
「面白いヤツよな。得物が真剣になったとて、一切自分に危険はないと申すか」
そう言って殿様はニタリと笑った。
俺の顔に書いていた訳でもないだろうが、心の内を正確に読み取られてしまった。やるな、このおっさん。
「は。振るう事が出来なければ、何を持っていても同じでしょう」
「ふ、こやつ、傾きよる。剣を振らせる事すら許さぬと申すか。どうだ、こう申しておるが?」
俺の言葉を聞いて、殿様は横に居並ぶ重臣たちに声を掛けた。恐らく、この五人の親父達だろう。どいつもこいつも、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
出来ればこんな決闘は回避したいが、申し込んだのは他ならぬ息子達だ。仮に負けても木刀ならば怪我で済む可能性が高いが。決闘を受ける側の俺が真剣勝負を条件にしたものだから、この決闘は一気に命懸けになってしまった。
「まあよいわ。その方ら、覚悟はよいな? そろそろ始めるぞ」
殿様のその一言で、俺と五人はそれぞれその場を離れ、戦場となる馬場へと散っていった。
「姫様。姫様はそこの男を過大評価しているようですが……勝敗の判定は何卒公正にお願いいたしますぞ?」
なんでこいつら、自分らが勝てるっていう前提で話してるんだろうな?
そこが心底不思議で仕方ねえ。
ほら見ろ、桃の視線が滅茶苦茶冷たくなってて、見てるこっちがしもやけになりそうだぜ?
「あなた方……辞世の句、しっかり残しておきなさい。行きますよ、弥五郎」
何気にお前ら死ぬぞ宣言を残して、桃が桟橋の方へ向かって歩いていく。それを俺とおなつさん、孫左衛門が追いかけていく形だ。
「あの~、桃姫様?」
「桃です!」
「いや、おなつさんとか孫の字もいるんですけど」
「あ……」
おなつさんと孫左衛門の生温かい視線を浴びながら、そんなやり取りをしていた俺達だが、話の内容はかなり真面目だ。
どうもあの五人は、伊豆下田城の家臣の中でも身分が高い家格の者らしいんだな、これが。
「戸田家の重臣をまとめて敵に回すってか! 随分楽しそうな事になってるねえ!」
孫左衛門が心底楽しそうな顔で肩を組んでくる。こいつはホントにこういう騒ぎが好きだな。まあ、おかげ様で空気が変わった。俺としてもこっちの方が楽でいい。
「姫様、奥山様は楽しそうですけど、実際どうなさるので?」
「う~ん……う~ん……弥五郎?」
おいおい桃ちゃんや、おなつさんに痛いところを突かれて困ったのは分かったが、俺に助けを求められてもな。実際、さっきは勢い任せなところもあったんだろうけどさ。『弥五郎?』って、そんなに小首を傾げて見上げられても……
「重臣共も斬りますか?」
俺に言えるのはこれくらいだな。
――スパン!
「そういう事を言わないの! あんたが言うと冗談に聞こえないの!」
おなつさんが俺にハリセンを食らわせながら、さらに説教まで食らわせる。
「いや、冗談だなんて失礼な――」
――スパン!
「もっと悪い!」
ちっくしょ、さっきからスパンスパンと……
「おいおいおなつさん? 弥五郎殿はあんたの主じゃないのかい?」
「今はお仕事中じゃないの! だからいいの!」
「まあ、おなつと弥五郎はまるで本当の姉弟のようですね、フフフ」
……桃にそう言われて、俺とおなつさんは思わず顔を見合わせる。確かに、可能性はあるんだった。生き別れの弟がいるんだったもんな。まあ、この人が本当のねえちゃんだったら、いいなとは思うよ。
それはそれとして、決闘の相手の五人が重臣の倅どもっていうのは俺が思っているより事は重大らしい。いかに桃が殿様の娘でも、重臣が五人纏めて敵に回るとなれば、殿様の領地経営にも支障が出るって話だ。さて、どうするかねえ……
ともあれ、そんな遺恨と懸念、疑問と難題を残して、俺達は直接下田の港へと向かった。
△▼△
伊豆下田城に戻ってから三日後。
俺はいつも訓練している馬場にいる。
この場所っていつも誰かが決闘してる印象なんだよな。桃と富樫とか、俺とへのへのもへじとか。
そして、床机に腰かけている厳めしい顔のおっさんが、この伊豆下田城の主、戸田忠次様だ。あ、床机ってのは折り畳める椅子な。
その、戸田忠次様の前に、俺と今日の相手の五人が頭を垂れて控えている。
「伊東弥五郎と申したか。貴様、元服は済んでおるのか?」
「いえ、俺、いや、私は元々鍛冶職人なれば、そのような儀式めいたものとは無縁でございます」
「ほう?」
俺は頭を下げているから殿の顔は窺い知れないが、その声はいかにも面白いものを見つけた、そんな感じがありありと出ているように思える。
「この勝負を挑んだのはそっちの五人だそうだが、お前の方から真剣勝負の条件を出したそうだな。何故、わざわざ危険な選択をした?」
はて?
俺にとって何が危険なんだ?
こんな五人程度、得物が木刀から真剣に変わったところで如何ほども変わりはないんだがなぁ。俺なら、こいつらに剣を振らす事なく首を刈り取れる。
「申し訳ありません。俺、いや、私には何が危険なのか分かりかねます」
「ふむ。面を上げよ」
「は」
殿様がいかにも面白そうに俺の顔をじっと見る。いやあ、おっさんに見つめられてもなあ。
ちらりと殿様の左右を見れば、キリリとした武者姿が似合いそうな若い男と、桃がいる。あれが桃の兄とやらかな? なかなかの男前だ。さすがは桃の兄上ってところだ。
「面白いヤツよな。得物が真剣になったとて、一切自分に危険はないと申すか」
そう言って殿様はニタリと笑った。
俺の顔に書いていた訳でもないだろうが、心の内を正確に読み取られてしまった。やるな、このおっさん。
「は。振るう事が出来なければ、何を持っていても同じでしょう」
「ふ、こやつ、傾きよる。剣を振らせる事すら許さぬと申すか。どうだ、こう申しておるが?」
俺の言葉を聞いて、殿様は横に居並ぶ重臣たちに声を掛けた。恐らく、この五人の親父達だろう。どいつもこいつも、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
出来ればこんな決闘は回避したいが、申し込んだのは他ならぬ息子達だ。仮に負けても木刀ならば怪我で済む可能性が高いが。決闘を受ける側の俺が真剣勝負を条件にしたものだから、この決闘は一気に命懸けになってしまった。
「まあよいわ。その方ら、覚悟はよいな? そろそろ始めるぞ」
殿様のその一言で、俺と五人はそれぞれその場を離れ、戦場となる馬場へと散っていった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる