【完結】イケメンが怖い俺を、氷の騎士団長が優しく溶かしてくる話

中洲める

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1話 イケメン大っ嫌い!

 右わき腹が火傷したように熱くなる。

 手を添えると包丁が突き立っていて、体から刃物が生えている違和感を脳が拒絶する。
 自分の体に起きている現実を受け止められない。
 足元へ生暖かい液体が流れ落ちていくのを感じる。


 ……なんで、こうなったんだろう。
 ほんの数分前まで、夕飯を作るだけの普通の時間だったのに。

 突然押しかけて来た幼馴染の春樹と、元カノ・今カノが口論しているのを、「何故俺の部屋で修羅場をするのだ」とのんびり見るだけの傍観者だったはずなのに。
 狭い部屋だから座る場所もなくて大人四人がぎゅうぎゅう詰め状態で会話は続いていた。

 少し離れた場所に立って他人事のようにそれを眺めていた。

 いつだって原因は、間違いなく春樹なんだよな。
 そう思った瞬間、春樹に名前を呼ばれた。
 反射的に顔を向けて、後悔した。

 俺に極上の笑顔(俺にとっては身の毛のよだつ恐ろしい顔)を向ける。
 この笑顔の後、俺は碌な目にあったことがない。
 けれど長年の習性で、逃げたいのに体が強張って動かない。

 春樹はそんな俺の腕を掴んで引き寄せた。

「俺が本当に愛しているのは陽だけだから」

 なんて言った。
 いつもだったらここで強引に抱きしめられてしまうのだけれど……。

「お前がいなければぁぁ!」

 それを聞いた元カノが激高して、出しっぱなしだった包丁を掴み、突っ込んできた。
 突然のことで、止める暇も避ける余裕もなかった。
 ぶつかるような衝撃と同時に、腹に火を押し付けられたような熱が広がった。
 反射的に半歩のけぞった勢いで、春樹に掴まれていた腕が外れる。

 その熱の正体を目で確認して、初めて――刺されたのだと理解した。




 わき腹の痛みをこらえながら顔を上げると、元カノが驚いた顔をしていた。

 いや、お前が刺したんだが?

 睨むと、ヒッと小さない悲鳴をあげた。

 右を見れば今カノ(俺のではない。幼馴染のだ!)がやはり目を見開いてこちらを見ている。

 そして左にはクソイケメン。元凶である、幼馴染の春樹。
 顔はいいが性格最悪。
 俺の不幸の原因は全てこいつのせいだ。

 走馬灯のように過去の記憶がよみがえる。

 家が隣で、生まれた時からずっと一緒に育ってきた。
 小さい頃から何故か俺にだけは意地悪で、小学校に入る頃からずっと避け続けていた。
 けれど、なぜか向こうが永久に俺に絡んでくる。

 クラスが分かれても、部活に入っても、あいつは俺を追うかのように現れ、居場所を奪っていった。

 お陰で三十路も近いのにいまだにボッチだというのに。


 幼馴染によって壊されまくった人生は、いつまで続くのか……。

 俺にとって幼馴染、そしてイケメンという存在は呪いのようにまとわりつく恐怖の対象となっていた。

 なんで俺の部屋で修羅場して、刺されるのが俺なんだよ。おかしいだろ!
 アポなしでやってきた春樹。
 会いたくないし、俺には用なんてない。
 居留守でも使って玄関を開けなきゃいい。そんなの俺だって分かってる。
 でも、そうしたら大家さんを抱き込んで、最終的には警察や近隣の方まで巻き込み、部屋の鍵を開けさせられるんだ。
 何度も経験してるからわかってる。

 だから諦めた気分で今回も玄関の鍵を開けてしまった。
 ……本当に、いい加減にしてくれ。
 俺は、春樹とは無関係な人間なのに。

 今回は春樹だけではなく、今カノと元カノまで引き連れて……。
 時々あるんだ。
 性格は最悪だけど顔だけはいいから、彼女を切らせたことがない。
 何ならたまに被ってる時期がある。

 そして修羅場になると、俺の部屋へ連れてくる。

 なぜかって?

 急に無関係な俺を抱きしめて。

「俺は陽しか愛せない」

 とか、意味不明なことを言い出し、ヘイトを俺に向けて来るんだ。

 大抵、ドン引きするか、「それでも私は春樹君が好き!」と猛者が残るか、「最低!」と俺に(俺にだぞ! おかしいだろ!)平手打ちをして怒って帰る。

 けれど、今回はそのどれでもなかった。


 いや、なぁ。悪いの、俺じゃなくね?

 元凶は、そこのクソイケメンじゃねぇ?

 二股したのそいつじゃん。

 そう思うのに声が出ない。
 急に喉に塊がせりあがってきて、咳き込めば口から血が吐き出された。

 碌でもない人生だった。
 こいつさえいなければ、俺はもっとマシに生きられたはずだ。

 抱き上げてくる無駄に逞しい腕が腹立たしい。


「くそ、お前のせいで人生最悪だった」
 そう掠れた声で零せば、泣き出した。

「陽!!」
「呼ぶんじゃねぇよ。触るなクソ野郎」
「陽、陽!」
 頬を撫でられているけれど、感覚がもうない。
 さっきまで熱かった体は冷えて寒気が止まらない。
「イケメンなんて大っ嫌いだ」

 小学校、中学、高校、逃げても逃げても、あいつは当然のように隣にいた。
 大学も追ってきた。就職先も偶然出会った。偶然のはずがない。

 どこへ行くにも、何をするにも付きまとう。
 俺が誰かと居れば不機嫌になり、一人で行動しようとすれば、「陽は俺がいなきゃ何もできないじゃん」と言いながらついてくる。

 逃げれば追われ、拒めば泣いてすがられる。
 そして、折れるたびに「やっぱり陽は優しい」と笑うその顔が、何より怖かった。


 就職先にいなくてホッと一息ついたと思ったのに営業先で再会。

 その時の絶望は筆舌に尽くしがたい。



 こいつは俺の人生で全てを奪って来た。
 両親や弟は俺より春樹を信頼した。俺の友人は、気づけばやつの友人になっていた。
 俺が好きになった人は春樹が好きだと言っているのを聞いた。初めてできた恋人は気付いたらあいつの隣で笑っていた。
 正直恨みしかないが、俺以外には外面がよく、社会的信用も高い。
 同じように仕事をこなして、成果を上げているのに、評価されるのはあいつばかり。
 いつだって気付けば俺が悪者にされて春樹がそれを庇い、最終的に春樹の方がいい奴だななんて褒められて終わる。

 そのくせ、「俺たちは親友」と勝手に隣へ居座り続けた。

 どんなに関わるなと突き放しても、しつこく絡んできた。
 なぜこんなに粘着されているのか、理由はわからない。
 修羅場に巻き込まれるのも、いつの間にか俺が悪者になっているのも、俺の大事にしてるものはいつだって春樹に取られてきた。

 それが、ついに命までこいつに取られちまった……。

「ハハ、まぁいいか。これでおさらばだ」
 視界が閉じていき、音が遠のいていく。


「……やっと、終われる」
 そんな安堵が胸を満たした。

 救急車のサイレンの音が近づいてきているけど、俺はもうこれ以上生きていたくない。

 もし、次の人生があるのなら……。

「イケメンになんて、二度と関わるもんか」

 そう願って目を閉じた。

 

 

 

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