【完結】イケメンが怖い俺を、氷の騎士団長が優しく溶かしてくる話

中洲める

文字の大きさ
10 / 55

10話 初出勤(1)


 
 あれから二週間。ガイズや神官長と日常を過ごしながら、少しずつ心の準備だけは整えた。
 それでも今朝になってまた緊張がぶり返す。
 ……初出勤って、やっぱ落ち着かない。胃がきゅーってしてくる。
 前世でも職場が変わって新しいところに行くのってこんな感じだったな。

 朝も早い時間だから、通りにはまだ人の気配はない。
 
 騎士団の迎えが来ると聞いていたから、教会の外で待っていると馬が歩く蹄の音が近づいてきた。
 遠くからもわかるガタイのいい馬は、一般的なものより一回り大きい。
 軍馬は馬型の魔獣を掛け合わせて作られたものだって聞いたことがあるけど、これはまたすごい迫力だ。
 世紀末の覇者が乗ってそう。

 近づいてくるとようやく人物まではっきり見えるようになった。
 あの銀で縁取られた黒の騎士服は、騎士団長だ。
 ちゃんと右腕には白い腕章がついていた。

 乗っている黒馬は額に星のような模様がある。
 
 馬。でかいな。

 初めて見る軍馬の迫力に気圧されていると、いつの間にか団長がすぐ隣に立っていた。

「やぁ、迎えに来たよ」
 ……いや、なんで馬なんですか。
 俺乗れませんが??
 ここから南門までそれなりに距離はあるけれど、迎えが来てくれるっていうからてっきり馬車かと思ったのに。

「どうぞ」
 手を差し出されても困るんですが。一緒に乗れと?

 このキラキライケメンと??
 密着する馬に?

 ……いや、無理!

 俺は視線を巡らせ、後ろに控えている副団長を見つめる。

「えと……、副団長様の方に乗せて頂くことは、できませんかね?」
 団長の周辺が一瞬だけ凍ったように見えた。
 次の瞬間、空気が変わる。
「……私では、嫌か?」
 途端に冷気が肌を刺し、息が白く揺れた。あっという間に周囲の温度が下がる。
 比喩じゃない。本当に、寒い。
 息が白く揺れ、副団長の肩に霜が降りはじめている。

 気候は穏やかなのに、副団長の周辺だけ気温が下がり、その余波が俺の足元を襲う。

 団長は魔力過敏症だ。
 感情が揺れただけでこれほど冷気が漏れるなんて――やっぱり、並の魔力量じゃない。

 彼のような人は、他人の魔力に触れれば反発が起き、時に周囲を傷つけてしまう。
 本来なら、魔力を遮断した部屋でしか穏やかに過ごせないのだ。

 感情ひとつで魔力が暴走するなんて、体の中に爆弾を抱えて生きるようなものだ。
 団長様は、その恐怖と共に生きながらも、誰より穏やかな日常を保っている。
 それは、常人では到底測れない精神力の賜物だと思う。

 けれど、その精神力をもってしても、揺らぎは起こる。
 氷の魔力を持つ彼は、感情の波一つで、周囲の空気を変えてしまうんだ。

 ……俺が副団長の馬に乗るの、そんなに気に入らなかったのか。
 それだけ、俺を自分のそばに置きたいと思ってくれたってことなのかもしれない。

 冷静で落ち着いた人だって思ったのに、こんなに強い拒否反応が出るんだ。

「俺は、ただの護衛ですので、どうぞ団長の馬へお乗りください!」
 声を裏返しながら俺を促す副団長。
 団長は一言も発さず、静かに俺を見ている。
 その沈黙の裏で、冷気は確実に副団長を襲っていた。

 早く、早く手を取ってと視線で訴えかけてくる副団長の圧に負けて、俺は団長の手を取った。
 だって、彼のブーツ、現在進行形で凍っていってる。

 うん、なんか。わがまま言ってごめんなさい。

「よろしくお願いします」
 相変わらず正面から顔を見る勇気はなく、顎に視線が固定されている。

 ……俺、そのうち顎で団長様を見分けられる気がしてきた。
 そのうち、ちゃんと目を見て会話ができるようになるといいなぁ。


 手を取ると花が綻ぶように輝く笑顔を向けてきた……気配がする。
 だって、直視したら発作が起きそうなんだもん。

 く、眩しい……っ。
 イケメンオーラを、体が受け付けないっ。

 腰に手を添えられ、軽い荷物のようにポンと優しく大きな馬の背中に俺を乗せて、団長は身軽な仕草で俺の後ろへ乗った。
 前に座らされた俺の腰には、しっかりと腕が回って、背中は広い胸に包まれている。
 あまりも手早い。


「行きましょうか」
 彼の声はすぐ耳元に落ち、振動が背中越しに伝わる。
 耳元の声が、思ったよりも近くて。
 そのたびに、心臓が一拍遅れて跳ねた。
 伝わる鼓動が熱くて、体が強張るのは怖いからじゃなく、緊張だ。
 体に馴染むような体温は、不思議と心地よかった。

「……はい」
 俺はゆっくりと体の力を抜く。
 うん、やっぱり顔を見なければ大丈夫だ。
 話しかけられてもちゃんと答えられるし、腰に回った腕も、背中に触れる胸板も、怖くない。

 それにしても、魔力過敏症の団長が、ここまで体を寄せていられるなんて。
 彼にとって俺の魔力が本当に馴染んでいるんだと、改めて実感する。
 本来なら、他人と手を繋ぐことさえ難しいとされているのに。

 ……顔に触って平気だった時点で気付くべきだったんだよな。
 俺って鈍い。
 
「団長様、その後お体はどうですか?」
「問題ありません。前より調子がいいくらいです」
 上機嫌な声色は本当に嬉しそうだ。

 まぁ、俺の存在は彼の藁だしなぁ。
 ヒーラーというのがまた都合がいい。
 暴走しそうになったりしたら、ヒールをかければ精神が安定するから、俺が止めてあげられるし。

 人の体に留めて置ける限界ぎりぎりの魔力を抱えて生きるのは、体内に爆弾を抱えて生活しているようなものだ。
 魔力過敏症の人がこうして普通の生活をしながら、正気を保っていられるだけでもすごいことなんだ。
 その生涯を魔力が遮断された部屋で終える人が多いと聞いている。

 さっきまで零れ出ていた冷気は消えて、俺を抱える団長様から漏れるのは柔らかい優しい魔力。

 この方はきっと優しい人なのだろうと思わせる、包み込むような温かいもの。
 心地よくて、身を委ねたくなってしまう。

 その温もりに包まれていると、心の奥で長く凍っていたものが、静かに音を立てて溶けていく気がした。

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されるなり5秒で王子にプロポーズされて溺愛されてます!?

野良猫のらん
BL
侯爵家次男のヴァン・ミストラルは貴族界で出来損ない扱いされている。 なぜならば精霊の国エスプリヒ王国では、貴族は多くの精霊からの加護を得ているのが普通だからだ。 ところが、ヴァンは風の精霊の加護しか持っていない。 とうとうそれを理由にヴァンは婚約破棄されてしまった。 だがその場で王太子ギュスターヴが現れ、なんとヴァンに婚約を申し出たのだった。 なんで!? 初対面なんですけど!?!?

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

過労死研究員が転生したら、無自覚チートな薬草師になって騎士様に溺愛される件

水凪しおん
BL
「君といる未来こそ、僕のたった一つの夢だ」 製薬会社の研究員だった月宮陽(つきみや はる)は、過労の末に命を落とし、魔法が存在する異世界で15歳の少年「ハル」として生まれ変わった。前世の知識を活かし、王立セレスティア魔法学院の薬草学科で特待生として穏やかな日々を送るはずだった。 しかし、彼には転生時に授かった、薬草の効果を飛躍的に高めるチートスキル「生命のささやき」があった――本人だけがその事実に気づかずに。 ある日、学院を襲った魔物によって負傷した騎士たちを、ハルが作った薬が救う。その奇跡的な効果を目の当たりにしたのは、名門貴族出身で騎士団副団長を務める青年、リオネス・フォン・ヴァインベルク。 「君の知識を学びたい。どうか、俺を弟子にしてくれないだろうか」 真面目で堅物、しかし誰より真っ直ぐな彼からの突然の申し出。身分の違いに戸惑いながらも、ハルは彼の指導を引き受ける。 師弟として始まった二人の関係は、共に過ごす時間の中で、やがて甘く切ない恋心へと姿を変えていく。 「君の作る薬だけでなく、君自身が、俺の心を癒やしてくれるんだ」 これは、無自覚チートな平民薬草師と、彼を一途に愛する堅物騎士が、身分の壁を乗り越えて幸せを掴む、優しさに満ちた異世界スローライフ&ラブストーリー。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

弟のために悪役になる!~ヒロインに会うまで可愛がった結果~

荷居人(にいと)
BL
BL大賞20位。読者様ありがとうございました。 弟が生まれた日、足を滑らせ、階段から落ち、頭を打った俺は、前世の記憶を思い出す。 そして知る。今の自分は乙女ゲーム『王座の証』で平凡な顔、平凡な頭、平凡な運動能力、全てに置いて普通、全てに置いて完璧で優秀な弟はどんなに後に生まれようと次期王の継承権がいく、王にふさわしい赤の瞳と黒髪を持ち、親の愛さえ奪った弟に恨みを覚える悪役の兄であると。 でも今の俺はそんな弟の苦労を知っているし、生まれたばかりの弟は可愛い。 そんな可愛い弟が幸せになるためにはヒロインと結婚して王になることだろう。悪役になれば死ぬ。わかってはいるが、前世の後悔を繰り返さないため、将来処刑されるとわかっていたとしても、弟の幸せを願います! ・・・でもヒロインに会うまでは可愛がってもいいよね? 本編は完結。番外編が本編越えたのでタイトルも変えた。ある意味間違ってはいない。可愛がらなければ番外編もないのだから。 そしてまさかのモブの恋愛まで始まったようだ。 お気に入り1000突破は私の作品の中で初作品でございます!ありがとうございます! 2018/10/10より章の整理を致しました。ご迷惑おかけします。 2018/10/7.23時25分確認。BLランキング1位だと・・・? 2018/10/24.話がワンパターン化してきた気がするのでまた意欲が湧き、書きたいネタができるまでとりあえず完結といたします。 2018/11/3.久々の更新。BL小説大賞応募したので思い付きを更新してみました。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!