【完結】イケメンが怖い俺を、氷の騎士団長が優しく溶かしてくる話

中洲める

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11話 初出勤(2)

 

 朝の街路は静かで、蹄の音だけが響いた。
 柔らかな風が頬を撫で、まだ少し冷たい空気が肺に落ちていく。
 馬に揺られるのは初めてで、高い視界から見る街並みをのんびり見ながら道を進んでいく。

「ルイ殿」
「はい」
 少しの沈黙ののち、彼は静かに言った。
「……私は、恐ろしいでしょうか?」
 寂しそうな声で囁かれ慌てて後ろを振り返る。
 眩しいほどのイケメンは、とても悲しそうな表情で俺を見ていた。

 ばっちり見てしまったけれど、その顔では、胸の奥がざわつかなかった。
 ――どうしてだろう。

 ブルーグレーの瞳が、かすかに悲しみの色を帯びて俺を見つめている。
 整ったその顔を見ても、あの日の冷たさは胸の中に戻ってこなかった。

 ……やはり、俺のトラウマは『笑顔』なのだと思う。
 俺から何かを奪う時に必ず浮かべていた顔がそれだったから。

 これ以上見つめていたら、あの瞳の奥に自分の過去が映ってしまいそうで、そっと視線を前に戻した。

 その仕草を、団長は怯えと受け取ってしまったのか。
 声のトーンが、わずかに沈んだ。

「私は……自分の力で人を怯えさせてしまうことがある。抑えているつもりでも、時に制御が利かないのです。
 だから、怖がらせてしまったなら――すみません」
 かつて、暴走させた氷の魔力で人を傷つけたことがある。
 それ以来、また同じ過ちを繰り返すのではと、自分でも怖くなる時があるのだと、彼は小さく続けた。

 悔しさと寂しさの入り混じった声が耳元に落ちてくる。

「え!? 違います、そういうのでは全くないです!」
 想定外の謝罪に俺の方が驚いてしまった。

 団長の悲しそうな顔が、感情と一緒に真っ直ぐ胸に届く。
 そんな表情をする彼に胸の奥が痛む。

 こんな顔をさせてしまったのは、俺のせいだ。
 この間、あんなふうに怯えて取り乱したら、そりゃ気づくよな……。

「えと、騎士団長様は、怖くないです」
「では、どうして時々怯えた顔で私を見るのですか?」
 腰に回された腕に少し力がこもる。

 イケメンが苦手なのは俺の事情であって、この人には関係ない。
 失礼なことをしてしまったとは思うけれど、体の反応は俺にはどうすることもできない。
 それでも、知らず知らずのうちに、この人を傷つけてしまったんだ。

「失礼な態度をとってしまって……本当に申し訳ありません」
「怒っているわけではありません。何か理由があれば知りたいと思ったのです」
 柔らかい声色に、歩み寄ろうとしてくれる団長の優しさがにじんでいた。

 そうだよな。
 友好を深めたいと思った相手に、急に顔色を悪くして怯えられたら誰だって焦る。
 けれど、何をどこからどう伝えたらいいのか分からない。
 適当に誤魔化すことだってできるけれど、なぜかこの人には、嘘をつきたくなかった。
「……」
 かといって真実を伝えるにはあまりに荒唐無稽だ。

 黙ってしまった俺に、優しい声が慰めるように囁かれる。

「無理に聞き出そうというわけではありません。でも、もし理由が知れたら私にも何かできることがあるかもと思ったのです」
 その声は穏やかで、でもどこか寂しさが滲んでいた。
 聞いているだけで胸が締め付けられる。

 この間はパニックになってしまったから、団長がどんな気持ちでいるかまで気が回らなかった。
 そしてこれからも、何かあるたびに自分に原因があるのでは、と自身を責めてしまうだろう。
 俺はこの人を傷つけたくない。

 それにこれは俺の問題であって、団長は何も悪くない。それをきちんと伝えなきゃ。

 俺は何度か深呼吸をした後、意を決して口を開こうとした。
 胸の奥で、古傷がうずくように顔が強張る。
 それでも逃げたくなくて、痛みを押さえつけるように声を吐き出した。
「かつて、あなたのように、整った顔の人に……とても辛い思いをさせられたんです」
 ぴくり、と腰に回されている腕が反応する。

「それ以来、見目の良い方が恐ろしくなってしまいました。あなたが悪いのではありません。
……失礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした」
 謝る俺の声は、自分でもわかるほど震えていた。

 そんな俺の様子に手を伸ばしかけて、団長は動きを止めた。
 慰めたい気持ちをそっと押し留めたその仕草が、彼の優しさをまっすぐ伝えてくる。

 知れば知るほど、あいつとは違う部分ばかりが見えてくる。
 そのたびに、少しずつ苦手意識が薄らいでいくような気がした。

 この人なら、もっと話してもいいかもしれない。そう思えた。
 けれど誰かに過去を話すのは初めてで、言葉を紡ごうとするだけであの時の傷が疼きだす気がした。

 その痛みに耐えるように、言葉を一度飲み込み、少し間を置いてから続ける。
「あの時の俺には、騎士団長様のお顔が……その人に重なって見えてしまったのです」
 それきり沈黙が流れ、しばらくは蹄の音だけが静かに響いた。

「今も、もし見て同じ症状が出てしまったらと思うと、怖くて目が合わせられません。ごめんなさい」
「謝らなくていい」
 その言葉と同時に、腰に回る腕がそっと力を増した。
 背中を包む団長の魔力が、優しく俺を守るように広がっていく。
 その温もりが、じわじわと指先にまで染みてくる。
 気づけば、強張っていた体の力が抜けていった。

 俺は呼吸を整えるように深く息を吐きだした。
 肺に入ってきた空気に団長の優しい魔力が混ざり、静かに体へ馴染んでいく。

 俺はそうしてやっと、奥底に閉じ込めていた過去を団長に話し始めることができた。

「その相手は、今はもう遠く離れて会うことはありませんが……」
 そんな風に前置きをして、居場所を奪われ、大切な物を取られ、俺の尊厳を踏みにじり続けた相手がいることを話した。
 普段は見えない水底に沈んでいた記憶が、探ろうとした途端、俺の心を引き裂くように浮かび上がる。

『俺がいなきゃ、生きていけないだろ?』
 そう言われるたびに、『違う』と叫んでいた。
 お前なんていなくても、俺は一人で生きていける。

 飽きるほど繰り返したあのやり取りを思い出すだけで、全身が無力感に沈んでいく。

「そんなことが……」
 団長の声がかすれる。怒りか、悲しみか。
 この人は本気で俺を心配してくれている。

「ルイ殿。私がこうして触れているのは嫌ではありませんか?」
「はい、お顔を見ない限りは大丈夫です。お話するのも問題ないです」
「直視がダメですか?」
 俺は小さく頷いた。
 正確にはたぶん笑顔がダメなんだけど、それを伝えたら笑うなと言ってしまうみたいで、言いたくない。
「そうですか、私が嫌なわけではない、ということでよろしいですか?」
「そうです」
「よかった」
 安堵の息を零し、少しだけ俺を抱き寄せた。

 背中が団長の胸に密着するけど全然嫌じゃないし、怖くもない。
 あいつにこんなことをされたら全身総毛立って、早く逃げようと藻掻いたはずだ。

 今は顔が見えない分、感情が魔力を通して伝わってくる。

 俺も魔力量は多い方だから人の魔力を感じやすい。
 この人の魔力はとても心地がいい。
 さっきの冷気も、冷たかったけれど俺は恐ろしいとは思わなかった。

 温かくて、体に馴染んで、すごく安心できる。
 傍にいると心地よくて、ずっと一緒にいたくなるんだ。
 今少しだけ感じているだけで、ほんのりそんな気分になるのに、これを思い切り体に流し込まれた団長はどんな気持ちだったんだろう?

 そしてそんな相手に嫌われているなんて、思われたくないって気持ちが理解できた。

 少し沈黙を挟んで、俺はようやく打ち明けた。
「お顔を見て、またあの日のような状態になってしまったら俺は職務を全うできないかもと、不安なんです」
 トラウマのスイッチはどんな状況で入るかわからない。
 出来ればまたあんな風になるのだけは避けたい。

「だからあれほどためらったのですね」
「はい」
 頷いた俺に、団長が小さな息を漏らした。

 そこに混じるのは安堵と、もう届かない相手への怒り、そして悔しさだった。

 その吐息が背中をかすめ、無言のままでも彼の想いが伝わってくる。

 それでも、こうして話せただけで、少しだけ前に進めた気がした。
 馬の揺れに身を委ねながら、その温もりを胸の奥で何度も確かめた。


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