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第二騎士団ヒーラー編
45話 嵐来る2
一晩明けて早朝。
第五は、日の出前に準備を整えて討伐に乗り出したというのに、第三は優雅に大声でダートフロッグが鳴きだしてからのご出勤だ。
鳴き声に起こされた感じすらある。
それでいいのか? 第三騎士団。
昨日は殆どこちらを気にしていなかった第三だが、明るくなった日差しの中で、ようやく第五と開いた差が埋められないほど開いたことに気付いたようだ。
自分たちの立っている位置から下流を見れば、土くれが広がるばかりだったんだから、それは驚くだろう。
だってダートフロッグは下流の第五側に二倍以上の数がいた。
けれど進みは三倍ほど差がついている。
今日はこちらへ追いやろうとしても、泥だまりしかない下流にダートフロッグが流れて来たら、明らかに第三の撃ち漏らしとバレる。
さすがにそれはプライドが許さないだろう。
第三騎士団の方から誰かの叱責が響く。
結構離れてるのにすげー。
内容まではわからないけど、なんかすげー怒ってるのは分かる。
そうして巨大な火柱が上がった。
「おー派手だな」
俺は初めて見る魔法に思わず感嘆の声をあげた。
第五では樹海で戦うこともあって、基本炎魔法は禁止で、使っていいのは完璧にコントロール出来ていると、上官に認められた者だけだ。
だからこんな大きな炎魔法を見るのは初めてだった。
「あれねー、たぶん第三騎士団の魔導士団長の魔法だねー」
火柱を見ながらユリウスが説明してくれる。
「昨日はあんなのしなかったよな」
「さすがに焦ったんじゃない?」
ユリウスはおかしそうに含み笑いをする。
「第三魔導士団長っていうと、団長の実兄か」
レイナントは氷属性なのに、兄は炎なんだ。
何もかもが正反対なんだな。
「ボクあの人きらーい」
昨日に引き続き護衛でついてくれている団員も、無言でものすごく頷いている。
「どれだけ嫌われてんの?」
その嫌われ具合に笑ってしまう。
かなーり性格が悪いみたいだからそんなものか。
「ルイ殿は絶対に接触なさらないようにと、団長から厳しく言いつけられておりますので」
「身辺お気を付けを」
「うん」
レイナントの実兄。
性格の悪さが顔に滲んでいる残念イケメン。
整った顔立ちは、あいつを思い出させるから未だに苦手だ。
レイナントの顔にはもう発作は起きないけれど、それは彼を信頼したから。
同じ系統の顔を見たら、あれがまた出てしまう可能性がある。
レイナントは許してくれたけど、相手によっては不敬と受け取られて攻撃の理由を与えかねない。
色々手段を択ばない人だって聞いてるから、会うつもりはなくても警戒だけはしておこう。
……なんて、フラグだったんだよなー。
お昼過ぎ、レイナントが討伐に戻ったタイミングでテントの外が騒がしくなった。
「どけ、駄馬が!」
聞き慣れない声と、ケイナのいななきが重なる。
騒がしい足音と、暴れるような蹄の音がして、第三側から飛んできた炎がテントのすぐそばで弾けた。
テントそのものは焦がさなかったけれど、入り口の前まで炎が伸びて来たのが見えた。
何が起こっているのか分からないけれど、ユリウス君を危険に晒すわけにはいかない。
「ユリウス君は外に出ないで」
彼のそばに魔導士が寄り添ったのを確認して、俺は騎士を伴って外へ飛び出す。
「ケイナ!」
「ブルル」
駆け寄ってきたケイナが、見慣れないピンクブロンドの男から、俺を隠すように体を寄せてきた。
ケイナに火傷や怪我がないか、そればかりが気になって大きな体をそっとチェックする。
興奮が収まらないケイナを俺に体を摺り寄せて、威嚇するように小さく足踏みを繰り返す。
「どうした?」
宥めるように首を叩いていると、ピンクブロンドの周りについてきた騎士が強引に体をねじ込んで俺とケイナを引き離した。
ケイナを見ていた俺の前に影が落ちる。
無意識に見上げた俺は、自分の迂闊な行動を呪った。
視界に入ったその顔は、俺の記憶の傷を思い切り抉る。
造りだけ見ればレイナントとよく似ているはずなのに、頭に真っ先によみがえったのは――俺の大切な物を奪って壊した、春樹の顔だった。
濃いグレーの瞳は、計算高く狡猾で、……俺を見ると、ぞっとするような欲望の色が滲んだ。
「……っぐ」
視界の端が滲み、足元がぐらりと揺れる。胃の中身が逆流しそうな吐き気が込み上げる。
レイナントを見て起こした発作とは比べ物にならない不快感。
この男自体を俺は受け付けられない。
皮膚の上を、ぬめった何かが這い回るような不快な魔力。
振り払っても纏わりつく粘着質な不快感が離れてくれない。
今すぐ叫んで逃げ出したい。
俺の前へ庇うように護衛騎士が立ってくれる。
「何か御用でしょうか? ここにはヒーラーしかおりません。団長でしたらあちらです」
申し訳なくも思いながらその背中に隠れて口元を押さえた。
それでもここで倒れたり吐いたりしたら不敬になる。
レイナントに迷惑がかかってしまう。
俺は顔を見なくて済むように礼をとって頭を下げた。
「どけ、雑兵」
貴族ではない護衛騎士はギリギリまで抵抗してくれたが、一緒についてきた取り巻きの第三の騎士によって俺の前からどかされてしまう。
しかたなく、俺は顔を伏せたまま偉そうに見下ろす男へ頭を下げた。
「身分の高い方と、お見受けいたします」
「よくわかっているじゃないか」
気配でねちゃりとした笑みを向けられたのが分かる。
それだけで全身が総毛立った。
舐め回すように見られている強い視線。
なんて気持ち悪いんだ。
「何のご用でしょうか?」
頭を下げたまま問いかけると、俺の頭上から、ぞっとするような声が降ってきた。
「俺は第三騎士団魔導士団長、ゼファー・グランゼ。お前らの団長の実兄だ」
横柄な態度で名乗る。
俺が体を震わせたことを悟ったケイナが手綱を握った取り巻きを振り払い、そばに寄り添ってくれる。
テントの中から駆けてきたユリウスが俺の傍にぴたりとくっついて離れない。
守ってくれようとする優しさに、ほんの少しだけ不快感が薄らいだ気がした。
「ここから妙な魔力を感知したから調べに来た。第五の討伐速度があまりにも不自然だ。不正でもしているんじゃないかと思ってな」
俺から視線が外れてくれない。
「違法な魔道具でも持ち込んでいるんじゃないか? そうでなければ説明がつかない。貴族である我々が後れを取るなど、あってはならない」
完全な言いがかりだ。
違法な魔道具とは、他者を無理やり操ったり、体の限界を超えて力を引き出すような、非人道的な物を指す。
使用していなくても、所持しているだけで捕縛される。
そんな危険な物を使うわけがない。
それに、早く討伐してはいけないなんて決まりはないのだから、言いがかりも甚だしい。
魔力の流れが分かるのなら、かなり実力のある魔導士なんだろう。
それなのに、その力は自分の正しさを押しつけて他者をねじ伏せるために使われている。
レイナントから聞かされていた話と、今の横柄な態度を見れば、それは嫌でも分かった。
体の奥から、また不快感が湧き上がり、震えが止まらない。
気を抜いたら倒れてしまいそうだ。
それに気付いたユリウスから発せられた、柔らかい癒すような金色の光が俺を包む。
いつもならヒールをかけて貰えば治まってくれるのに、全く効果がない。
ああ、支援魔法の更新時間なのに、上手く発動が出来ない。
支援が切れてもみんななら大丈夫だけど、自分の役目が果たせないのが悔しい。
胸がきしむみたいに痛くて、うまく息が入ってこない。
「ハッ、ハッ……」
まるで過呼吸のように息の仕方が分からなくなっていく。
「どうやら不審な魔力はお前のようだな。俺が直々に調べてやる」
強引に腕を掴まれ、顔を上げさせられた。
無理やり視界にねじ込まれたその顔が、歪んだ笑みが、あまりにも『春樹』に似ていた。
「お前には俺が必要だろう?」と俺を見下ろす薄暗い笑顔の記憶が一瞬だけ頭をよぎる。
どうして? ここは異世界で、目の前にいるのはレイナントの実兄で、彼の顔に似ている整った顔。
たったそれだけのはずなのに。
俺の視界に映るピンクブロンドの男は、あまりにも春樹と重なる。
気持ちが悪いのに、視線を外せない。
「……っ!」
「悪くない顔をしているな。……気に入った。俺の物にしてやろう」
にやりと笑う口の端が、歪んだ弧を描く。
なんで、こんなにも似ているんだ。
心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動しているのに、体が冷たくなっていく。
「来い」
腕を掴まれ、最後の抵抗のように体を引いた瞬間、ケイナが甲高くいなないて前足を振り上げ、威嚇するように地面へ叩きつけた。
その勢いに圧され、ピンクブロンドの男がよろめいて後ろへ弾き飛ばされる。
「この……っ!」
振り上げたその手には炎が宿り、ケイナへ向けて今にも放たれそうになった。
「ケイナっ」
俺は咄嗟にケイナへ防御魔法を張り、衝撃に備えた。
その時。
「何をしている!」
周囲の温度が下がり、ピンクブロンドの振り上げた腕が炎ごと凍り付いた。
「ぐあああ!」
「ここは第五騎士団の野営地だ。何をしに来た!」
レイナントが倒れそうな俺の体を支える。
私のルイに、と小さく言いかけてレイナントが飲み込んだ。
彼の大切な物をいつだって壊そうとした男。
それに俺が巻き込まれないように怒りを耐えてくれている。
ブルーグレーの魔力がペンダントを通して直接流れ込んで来て、ようやく呼吸を思い出す。
ペンダント越しに流れ込む魔力と一緒に、レイナントの怒りが伝わってくる。
「うちの大事なヒーラーに何をしようとした!」
レイナントが顔を上げると同時にピンクブロンドの腕が根元まで凍っていく。
「ぎゃぁぁぁ」
第五にヒーラーが少ないのは周知の事実。
貴重な存在を大切にしているのも知られていた。
そんな情報に俺を紛れ込ませる。
俺を抱きしめるレイナントの手に力がこもった。
「もう我慢できない」小さく呟いたのが聞こえた。
「……これ以上好き勝手にはさせない。この件は第三騎士団へ正式に抗議をいれる!」
ブルーグレーの魔力が辺りに吹きあがり、ピンクブロンドの男と、その取り巻きに向かって周囲を凍らせながら流れていく。
へらへらと笑いながらついてきていた騎士たちは、焦り指示を仰ぐように男を見る。
「凍った腕を落とされたくなければ早々に引け」
静かだが、低いレイナントの声に、騎士たちがピンクブロンドの男を抱え、逃げるように去っていった。
だが、連れて行かれる最中も男の視線が絡みついて離れない。
ピンクブロンドが視界から消えて、俺はようやく息を吐いた。
体の力を抜いた俺にレイナントが焦ったように声をあげた。
「ルイ、ルイ……!」
「レイナント……」
よかった、もう大丈夫だ。
俺は支えてくれる腕の温かさに身を委ねた。
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