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12話 色々、本当に色々あるよね。
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うどんでお腹が満たされたら、寂しい気持ちも、悔しい気持ちもずいぶん薄らいだ。
俺って単純だなぁ。
そんなことを思いながらナイアさんが淹れてくれたお茶を飲む。
「緑茶! これもアッシュ様が?」
「はい、今ではグラフィカの特産品なんですよ。正確には薬草茶ですが」
「すげー……」
勇者の俺なんかよりよっぽどチートじゃん。
「落ち着いたならもう休みますか?」
「なんで? ナイアさん、話してくれるんじゃないの?」
「……本当に聞くんですか?」
「聞く」
「……はぁ、本当にあなた方は、こうと決めたら引きませんね」
呆れたようで、それでもその声色には敬意を感じる。
「何から話しましょうか。そうですね。まずは私の故郷だった場所のことからにしましょうか」
「うん」
ナイアさんは少し考えた後、穏やかな口調で話し始める。
「故郷のバーゼル子爵領は、魔の森に接するグラフィカの隣領でした。小さな国でしたが、多くの騎士を抱え、グラフィカと肩を並べて魔獣の侵入を防いでいたんです」
ナイアさんはそのバーゼル子爵領の領主の三男として生まれた。
長男が家を継ぎ、次男が騎士団を率いることが決まっていて、ナイアさんはグラフィカの次期領主の側近となることが生まれた時から決まっていた。
ナイアさんの声がどこか遠くを見ているようで、その面影を追ううちに、つい言葉がこぼれた。
「小さい頃のナイアさん可愛かっただろうな」
「今よりひねくれていなかったのでかなり可愛かったと思いますよ」
「自分で言う?」
笑い合って、軽く突っ込もうと伸ばした手を取られた。
体温が伝わる。
嬉しいとも照れくさいとも言えなくて、ただ指先が重なったまま動けなかった。
やがて、重なった手をどちらともなくそっと握って、話は続いた。
十歳で親元を離れ、グラフィカで一歳年下のオリバー様と共に学び始めた。
その一年後、魔の森がひときわ深く唸り、一体の小山ほどある超大型魔獣がバーゼル子爵領に姿を現した。
「魔獣は強く、領地の騎士や魔法使いをもってしても領土内へ留めるのが精一杯でした」
「グラフィカからの救援は?」
「もちろん来ました。けれど魔獣はあまりに強く、騎士、領民の多くが犠牲となりました」
生き残った領民をグラフィカへ逃がした。
そして何とか仕留めたその魔獣は、命の終わりを悟った途端、体内の魔力を暴走させ、自ら散る道を選んだ。
「自爆……」
「プライドでもあったのでしょうかね。今となっては分かりませんが」
その威力はバーゼル領全てと、グラフィカの半分が吹き飛ぶと推算された。
「私の家族とバーゼル領の騎士たちは、それを防ぐため領地に残り結界を張りました」
「……え」
「彼らが命を懸けたその結界は魔獣の最後の抵抗を封じました」
けれど、それと引き換えにバーゼル子爵領は地図から消え、今では巨大な湖が広がっているのだと。
バーゼル領の生き残りのほとんどは、自分も含め当時子供だった者ばかり。
家族も故郷も失って、彼らと共に己の無力さを噛みしめた。
真っ赤に染まった、何も残っていない故郷の光景は、今でも目に焼き付いて忘れることはできないと、ナイアさんは静かに吐き出す。
結界が消えた後に訪れた故郷には血と焼けた石の匂いが立ち込めていたと、淡々と語った。
その表情は凪いでいて、熱も痛みもなく、ただ事実を並べているように見えた。
俺は何も言えず、握った手に力を込めた。
「厳密に言えば私とあなたでは違うと分かっているんですが……」
突然日常を壊される恐ろしさはわかるつもりです、と優しい目を向けてくれる。
そんな顔をしている場合じゃないでしょう?
あなただって辛かったのに。
「もう十五年も前の話です。自分の中で折り合いもつけていますし、今は居場所もあります。だから……」
「泣かないでください」と、目元を拭われ、俺は自分が泣いていることに気付いた。
「優しい子ですね。今辛いのはあなたでしょう?」
「だって……、俺の家族は、生きてる……」
「ええ、ですから帰還の方法を探しましょうね。……あなたには、帰る場所があるのですから」
その声は不思議なくらい優しくて、心の奥の痛みまで包み込んでくれる気がした。
俺はこんなにもこの人の存在に救われているのに、ナイアさんはずっと一人でその痛みを抱えてきたのだろう。
帰りたい。
家族に会いたい。
それは本当。
だけど――
帰ってしまったら、この優しい人の心の痛みは、誰が癒やしてくれるのだろう。
「タクマ、あなたは温かいですね」
「ナイアさんの方が温かいよ」
この人の傷が少しでも癒えるようにと願って、強く抱きしめると、同じ力で抱きしめ返してくれる。
俺がナイアさんの体温で癒されるように、この人にも安らげる温もりを返したい。
その一心で、強くナイアさんを抱きしめた。
せめて、俺がいる間はたくさん抱きしめてあげたい。
笑っていてほしい。
この人の優しさに、いつの日か誰かが気づいてくれるだろうか。
強さの陰にある寂しさまで、誰かが見つけてくれたらいい。
帰るまでに、そんな人が現れて欲しい。
心の底からそう祈った。
俺って単純だなぁ。
そんなことを思いながらナイアさんが淹れてくれたお茶を飲む。
「緑茶! これもアッシュ様が?」
「はい、今ではグラフィカの特産品なんですよ。正確には薬草茶ですが」
「すげー……」
勇者の俺なんかよりよっぽどチートじゃん。
「落ち着いたならもう休みますか?」
「なんで? ナイアさん、話してくれるんじゃないの?」
「……本当に聞くんですか?」
「聞く」
「……はぁ、本当にあなた方は、こうと決めたら引きませんね」
呆れたようで、それでもその声色には敬意を感じる。
「何から話しましょうか。そうですね。まずは私の故郷だった場所のことからにしましょうか」
「うん」
ナイアさんは少し考えた後、穏やかな口調で話し始める。
「故郷のバーゼル子爵領は、魔の森に接するグラフィカの隣領でした。小さな国でしたが、多くの騎士を抱え、グラフィカと肩を並べて魔獣の侵入を防いでいたんです」
ナイアさんはそのバーゼル子爵領の領主の三男として生まれた。
長男が家を継ぎ、次男が騎士団を率いることが決まっていて、ナイアさんはグラフィカの次期領主の側近となることが生まれた時から決まっていた。
ナイアさんの声がどこか遠くを見ているようで、その面影を追ううちに、つい言葉がこぼれた。
「小さい頃のナイアさん可愛かっただろうな」
「今よりひねくれていなかったのでかなり可愛かったと思いますよ」
「自分で言う?」
笑い合って、軽く突っ込もうと伸ばした手を取られた。
体温が伝わる。
嬉しいとも照れくさいとも言えなくて、ただ指先が重なったまま動けなかった。
やがて、重なった手をどちらともなくそっと握って、話は続いた。
十歳で親元を離れ、グラフィカで一歳年下のオリバー様と共に学び始めた。
その一年後、魔の森がひときわ深く唸り、一体の小山ほどある超大型魔獣がバーゼル子爵領に姿を現した。
「魔獣は強く、領地の騎士や魔法使いをもってしても領土内へ留めるのが精一杯でした」
「グラフィカからの救援は?」
「もちろん来ました。けれど魔獣はあまりに強く、騎士、領民の多くが犠牲となりました」
生き残った領民をグラフィカへ逃がした。
そして何とか仕留めたその魔獣は、命の終わりを悟った途端、体内の魔力を暴走させ、自ら散る道を選んだ。
「自爆……」
「プライドでもあったのでしょうかね。今となっては分かりませんが」
その威力はバーゼル領全てと、グラフィカの半分が吹き飛ぶと推算された。
「私の家族とバーゼル領の騎士たちは、それを防ぐため領地に残り結界を張りました」
「……え」
「彼らが命を懸けたその結界は魔獣の最後の抵抗を封じました」
けれど、それと引き換えにバーゼル子爵領は地図から消え、今では巨大な湖が広がっているのだと。
バーゼル領の生き残りのほとんどは、自分も含め当時子供だった者ばかり。
家族も故郷も失って、彼らと共に己の無力さを噛みしめた。
真っ赤に染まった、何も残っていない故郷の光景は、今でも目に焼き付いて忘れることはできないと、ナイアさんは静かに吐き出す。
結界が消えた後に訪れた故郷には血と焼けた石の匂いが立ち込めていたと、淡々と語った。
その表情は凪いでいて、熱も痛みもなく、ただ事実を並べているように見えた。
俺は何も言えず、握った手に力を込めた。
「厳密に言えば私とあなたでは違うと分かっているんですが……」
突然日常を壊される恐ろしさはわかるつもりです、と優しい目を向けてくれる。
そんな顔をしている場合じゃないでしょう?
あなただって辛かったのに。
「もう十五年も前の話です。自分の中で折り合いもつけていますし、今は居場所もあります。だから……」
「泣かないでください」と、目元を拭われ、俺は自分が泣いていることに気付いた。
「優しい子ですね。今辛いのはあなたでしょう?」
「だって……、俺の家族は、生きてる……」
「ええ、ですから帰還の方法を探しましょうね。……あなたには、帰る場所があるのですから」
その声は不思議なくらい優しくて、心の奥の痛みまで包み込んでくれる気がした。
俺はこんなにもこの人の存在に救われているのに、ナイアさんはずっと一人でその痛みを抱えてきたのだろう。
帰りたい。
家族に会いたい。
それは本当。
だけど――
帰ってしまったら、この優しい人の心の痛みは、誰が癒やしてくれるのだろう。
「タクマ、あなたは温かいですね」
「ナイアさんの方が温かいよ」
この人の傷が少しでも癒えるようにと願って、強く抱きしめると、同じ力で抱きしめ返してくれる。
俺がナイアさんの体温で癒されるように、この人にも安らげる温もりを返したい。
その一心で、強くナイアさんを抱きしめた。
せめて、俺がいる間はたくさん抱きしめてあげたい。
笑っていてほしい。
この人の優しさに、いつの日か誰かが気づいてくれるだろうか。
強さの陰にある寂しさまで、誰かが見つけてくれたらいい。
帰るまでに、そんな人が現れて欲しい。
心の底からそう祈った。
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