真田記

蒼乃悠生

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壱 彼岸桜が散る時

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 ある場所に、千本ほどの桜が並ぶ道がある。普段は、人の話題にもならないような何もない道だが、桜が満開になる時期には、それはもう別世界と呼ぶにふさわしいほど、桜色の道に変わる。
 道を横切る風に舞う花びらは、磨かれた宝石よりも美しい幻想世界。何よりも代え難い皆の宝物だ。




 血生臭い戦場。
 気まぐれに吹き抜ける風さえ、血の鉄臭さを運んでいる。
 砂埃をたたせながら、多くの馬が大地を駆ける足音。いや、馬だけではない。様々な色の鎧を纏った幾多の人間が走り、武器を持って戦う。
 腹に響くような人々の声が、しきりに飛び交う。その中には悲鳴も少なからず聞こえるのだが、掛け声がかき消してしまい、遠くまで届いてこない。
 それにしても、ここの空気は淀んでいる。血の臭いもあるが、汗の臭い、砂埃の臭い、様々な臭いが混じり合い、吐き気がしてくる。
 空気とは目に見えないものなのに、汚い。そんな印象が強かった。

「もう逃げ切れないぞ!!真田源次郎信繁さなだげんじろうのぶしげぇぇ!!!覚悟ッ!!」

 黒曜石のような真っ黒な鎧を着た男は吠える。数え切れない兵士を引き連れて、赤の鎧を着た男に向かって走る。改めて打刀をしっかりと握りしめた。刃の矛先は、信繁と呼んだ男の喉元に向けて。
 、後退してきた真田側の足軽達は、息をあげながら赤い男の元に控えた。そして、まるで血の様に全身を真っ赤にした男は、かのように腕を抑えながら相手を見据えた。

「ようやく釣れたか……」

 鹿の角を象ったものをつけた兜をかぶった信繁は、言葉を続けた。

「俺の首が欲しけりゃあ、もうちーっと早く来いよ。脚が遅ぇーなぁ」

 信繁の背後に控えていた一人の家臣が、十文字槍を両手で差し出し、信繁は右手で軽々と受け取った。まるで怪我を一切していないかのように。
 くるりと回し、槍を構える。その様は体の一部と言わんばかりの隙のない動き。
 その瞬間、信繁と目があった男は目に動揺の色を映した。動かす足にも微かな躊躇いがあった。
 だが、今更引き返すわけにはいかない。ここで本陣に戻ることがあれば一生の恥。己だけじゃない。家そのものの醜態を晒すことになる。
 早く殺らなければ。
 そう思ったのか、打刀を握る手に力が篭もり、駆ける脚にも力強さが現れた。
 だが、

「怖いか」

 信繁は口の端を釣り上げ、相手に問うた。
 男は、死への恐怖を全身で感じ取ったのだろう。信繁に立ち向かう男の目は、ギラギラとした目ではなく、ただ怯えていた。しかし、湧く感情を消すように思いきり空気を吸った。

「わぁぁぁぁああッ‼︎」

 掛け声と共に鳴る、刃が混じる音。

「この俺が怖いのか」

 力と力のぶつかり合い。
 押しの力に耐えられなければ、待つのは死のみ。だが耐えているだけでは変わらない。相手より上回る力が必要だ。
 故に、両者とも獲物を支える腕は震えていた。

「顔に書いてあるぞ? この俺が怖くて怖くて仕方がない。今すぐにでも逃げてしまいたい、とな」

 挑発的な態度に男は「笑止!」と叫んだ。

「恐るに足りず! あの真田昌幸さなだまさゆき本人ではなく、噂すら広がぬただの次男坊だからな! だが、昌幸の息子というだけで、その首には多少の価値は付こう。その首を差し出せ! ここで負けるわけにいかんのだッ‼︎」

 無名の息子が調子に乗るな! と。
 カッと見開く眼は、血の色に染まる。まるで赤に蝕まれていく様だ。

「お前の生きる意味は、出世か。そんな目前の欲は犬にでも食わせてやれ」

 信繁は嘲るように鼻で笑った。
 その余裕ぶりに、男は不快そうに顔を歪める。
 そして、歯を食いしばり、一気に信繁を押し出した。一時的であるとはいえ、仰け反らせたという状況は男に優越感を抱かせるには十分だった。

「何とでも言うがいい。妻と子に飯を食わせるにはこれしかない。首一つで暮らしが変わる、飯を食わせてやれる、新しい着物を仕立ててやれる……お前には分かるまい……この虚しい暮らしが‼︎」

 振りかざす刃。陽の光に照らされてギラリと光る。その輝きは、その男の魂を映し出しているかのようだった。
 しかしながら、一方の信繁は汚い鼠でも見るような目で男を眺めた。そして、この戦いをやめるように槍を肩に置いた。そのお陰でがらりと無防備へと一転する。

「分からなくはない。似たような心情を持ったことがある」

 信繁の双眸が同情の色へ移り変わる。
 だが、それは瞬き一つで終わる。

「お前は威勢が良くて大好きだ。だがな、ここが足りん。ここが」

 槍を支えていない左手の人差し指を立てて、頭を突く仕草をする。
 信繁は、頭が足りないと伝えていた。

「戦っちゅーもんは、一人で成り立つもんじゃない。みんなで足並み揃えて成り立つもんだ」

 信繁が片手を挙げ、振り下ろされた刹那、鼓膜を突き破るような複数の鉄砲を撃つ轟音が響いた。

「ッ⁉︎」

 鼻を突く煙の臭い。
 男の刃は振り下ろされることなく、打刀が小刻みに震え始めた。まるで寒がっているかのように震えが止まらない。こめかみから汗を流し、想定されていない状況に、ただ恐怖していた。

「相手がとはいえ、考え無しに敵陣へ突っ込むとは、余程腕に自信があるのか、それとも大馬鹿者だよなぁ?」

 敵を囲むように弓矢を構える真田部隊。そのすぐ後ろに、先程撃ったのだろう足軽達が鉄砲に火薬を詰めている。
 そして、信繁の背後には、ピンピンとしている足軽達が槍を構えていた。先程まで追いかけてきた足軽達ではない。
 更にその奥にある、木々が並び、背丈ほどの草むらには、六文銭が描かれた赤い旗印が数え切れないほど立っていた。

「伏兵だと⁉︎ 真田昌幸の息子とは言え、無名の癖にこんな人数を従えるのか……‼︎」
「こんなチンケな策に引っかかるなんざ、同情もできんな。『兵は詭道なり』っつー言葉を知らんのか?」

 やれやれと言わんばかりに、信繁は頭を左右に振る。「ちなみに俺の腕の怪我は嘘でーす」と告白し、ピンピンな腕を見せる。
 そして、改めて前にいるただの人間を見た。

「我が軍は兵の数において、こちらが不利。誰がどう見ても明らかだ。だからこそ頭を使うもんだ」

 じりじりと詰め寄る足軽。
 距離が縮まるほど、男は顔を白くする。
 そして、そこでやっと味方の様子を伺う為に目を巡らせた。だが、気づけば、ここには倒れた者か、大怪我をして動けそうにない者しかいなかった。誰も助けてくれそうな者は、いない。むしろ敵に囲まれている。
 何故こんなことになっている?
 負傷した真田源次郎信繁を追い詰めたはずだった。その追い詰めた先に、まさかの伏兵が現れた。想像すらしていなかった数多くの伏兵に動揺を隠せなかった。そして、動揺した兵を討つのは容易いもので、更なる背後からの伏兵にも気付かぬまま味方は討たれていたのだ。
 初めて、気づく。
 本当に独りなのだと。
 あとはこの命が狩られるだけなのだと。

「あああぁぁああああぁあぁぁあ‼︎‼︎‼︎‼︎」

 突如、男は叫び出す。何も考えずに、打刀を振り回し続ける。その姿は制御できない暴れ馬のように、ひたすら刃を鞭のように振るった。決して一人の武士とは言いがたい様だ。
 信繁は頭を傾かせ、口をへの字に曲げた。見下ろす目を細め、これ以上にないほど呆れていた。

「困った駒だ。こりゃあ出世できないわけだな」

 暴れ続ける男に、誰も手も足も出ない状態が続く。己自身が傷ついても構わないその暴れぶりに対処できずにいた。
 恐らく今の男には、痛覚が感じず、死への恐れもない。狂戦士のような男に構うと、下手すればこちらが痛手を喰らってしまう。弓で打ったところですぐに倒れるとも限らない為、弓矢が勿体無い。
 このままでは、終わらせるまでに時間がかかりそうだ。

「『兵は勝つことをたっとび、久しきを貴ばず』、か」

 戦は時間が勝負。戦が長引けば長引くほど、こちら側の被害と軍資金が増える。早く終わらせることは損害を最小限に抑えることに繋がるわけだ。戦として勝利を掴む為には長期戦を避けよということである。
 困ったかのように目を閉じ、信繁は孫子の兵法を呟く。
 そして、ある名を呼んだ。

黒田佐平くろださへい

 姿が見えないほどの素早い動きで、一人の気配が近づく。音もなく、忍び寄る。まさに、〝忍び〟。
 気配を確認すると、信繁はニヤリと口の両端が吊り上げた。

「ここに」

 名を呼ばれた佐平は、主の背後に降り立った。片膝を降り、忠義を尽くす姿勢を見せて。
 右目から左頬にかけて切られた刀傷。佐平はその傷を持つ顔を弛ませる。信繁の元で働くことを誇りにしているように堂々と立ち上がる。一束にまとめた栗色の髪を靡かせながら。

「佐平、をちょっとばかし大人しくしてこい」

 十文字槍のな柄で示す先には、疲れなど感じていないかのように打刀を振り回す男。
 信繁はその男を人ではなく物のように扱うかのように、その仕草は非常に面倒臭そうだ。
 その命令に、佐平は凛とした面持ちで答えた。

「承知」





 戦が繰り返され、長びき、人の血が流れれば流れるほど、桜は多くの血を吸い込み、桜の色は濃くなるという話を聞いたことがある。それが嘘か真かは定かではないが。
 この縁側から見える桜はいつになく綺麗に咲き乱れている。しかし、その桜色は、どうも年々朱色に近づいている気がする。そう思ったことは、これで何度目だろうか。
 縁側で信繁は思い出していた。
 まだ己が若かった頃に出陣した数少ない戦を。
 ある戦では、信繁の策に引っかかり、後退させた兵に釣られて、陣地までやって来た敵軍を鉄砲で挟み撃ちをして、全滅にまで追い込んだ。
 無名な己に鉄砲部隊も兵もあまり用意できず、少ない人数でどうやって敵兵を削るか、非常に悩んだものだ。
 敵に大人数の伏兵を配置されていたと勘違いさせる為に、カカシに旗印を持たせ、鉄砲を撃たせた後に立たせていたこと。背の高い草むらを選んだのは、少しでもカカシだと見えにくくしたかったからだ。しかし、よく目を凝らせばすぐに仕組みを気付いてしまうが、鉄砲で狼狽えた敵を欺くのは簡単だった。
 胡座をかき、口元に左手を添え、過去の己の策に反省会をしながら桜を眺めていると、近づいてくる足音に気が付いた。

「信繁様。今度は何を企んでるんですか? あと、頼まれた書物を持って参りましたよ」

 両手に多くの書物を抱えた、細身の男は、池田玄葉いけだげんば
 玄葉は「どっこいしょ」と声を掛けながら、書物を信繁の隣に置いた。すると、書物が高く積まれていた為、置いた拍子に音を立てながら崩れた。

「企んでないない。それより急に悪かったな」
「突然、他国の話を読みたいだなんて。全巻探すの大変だったんですからね」

 玄葉は書物を綺麗に揃えながら重ねていく。

「なぁに、ただの暇潰しさ。気にすんな」
「相変わらず、信繁様は自由気ままなことで……」

 二十五歳ほどに見える玄葉は哀愁を漂わせながら呟いた。しかし、その声は信繁にあまり届かなかったようで「何か言った?」と聞き返されていた。
 玄葉はわざとらしく咳払いすると、気を取り直し、再び声を掛ける。

「姫様、寂しがってますよ。少しは気を遣ってやって下さい」

 そう告げると一礼をし、来た道を戻っていく。
 その背中を見届けた信繁は、苦笑するように顔を弛ませた。
 先程、玄葉が言った話に思い当たる節がある。
 あの戦から長い月日が流れ、九度山に配流された。少し前までは魚釣りに夢中になり、最近は、朝起きてから夜寝るまで、ひたすら書物を読み続けて、妻の相手をしていなかった。ちなみに書物も大好きだが、連歌が気になり始めている。
 寂しい、ねぇ。それならそれで面白いんだがなぁ。
 そう思いながら、積まれた書物の一冊を手に取った。
 表紙をめくり、縦に並ぶ文字を読み始めた刹那、

「……源次郎」
「ん?」

 声のする方へ首を向けると、そこには襖を開け、艶やかな着物を羽織った女が立っていた。まだその顔には幼さが残っている。

「今度は何をしてるの?」
「前々から書物を読めと勧めていたのはお前だろ?」

 まあ、座れやと信繁が促すと、女は渋々と従った。その顔はとても不服そうに見える。
 会話が途切れると、すぐに書物に目を遣る信繁に向けて、女は重たそうに口を開いた。

「……ねぇ」
「んん?」
「釣りの趣味が終わったと思ったら、今度は屋敷で読んでばかりですね」

 語尾を強める。

「最近、珍しい書物を見つけてだなぁ、面白くて気になるんだよ」

 暫くの間、沈黙が続く。

「源次郎、このままでいいの?」
「ん?」

 信繁は首を横に向けると、正座をしている女はひたすら視線を向け続けている。真剣そのものの顔に、涙が浮かんでいる瞳。我慢しているように噛みしめている口。
 膝の上に置いている拳が微かに震えていた。

「こんなところに配流されて、戦に出ることもできない……跡継ぎもできたのに……」
「おいおい、急にどうした」

 眉を寄せ、首を傾げる。
 突然言い出した言葉に理解ができない。

「毎日毎日書物を読んで……」

 そう言って、俯く。

 真田家の者として、夫に名を馳せることもできないなんて。
 女は自身の無力さを嘆いた。そして、母から何度も言われてきた言葉が、頭の中に思い浮かぶ。


『貴女は真田家に嫁ぐ身。源次郎様に我が身を捧げ、どんなことがあろうとも尽くし、支えなさい』


 どうしたら夫を戦場へ返り咲かせることができるだろうか。
 配流されて、命を繋ぐことができたとはいえ、このままでは真田家に申し訳ない。妻として、夫を次の可能性に繋げなければ。
 信繁は、ただ静かに聞いていた。

「どうすればここから……」

 普段の彼女ならば、こんなことを言うような女ではない。
 彼女はいつも元気が良くて、家のこと、信繁のこと、その子供たちのことを一番に考え、支えていてくれた。
 九度山へ一緒に付いて来てくれてから、食べ物、着るもの、様々な生活の苦しさを共に分かち合っている。そう思っていたが、やはり辛かったのだろうか。嫌になってきたのだろうか。

「ここの暮らしが嫌になったか?」

 そう返すと、女は眉間に深く皺を刻み、感情が高ぶる。

「私はいい暮らしがしたいとか、望んでるんじゃない! 私はただ……ただ……」

 徐々に語尾が弱くなる。最後には全く聞こえなくなってしまった。
 しかし、しっかりと耳に届いた「貴方を助けたい」の言葉。
 その時の顔は、今すぐにでも泣き出しそうなほどに歪ませていた。張りつめたような面持ちで、しきりに信繁の顔を見つめる。
 表情がころころと変わる奴だ、信繁は心の中で呟く。だが、嫌な意味ではない。よく笑い、よく怒り、よく悲しむことは人として持つことは当たり前。
 誰よりも人間臭い人間。
 悪いことじゃない。
 むしろ、彼女の良いところだ。
 型にはめたような出来の良い女はつまらない。

「お前が言いたいことはよく分かった」

 その答えに、女は何も言わずに、ただ首を傾げた。
 信繁はのんびりと山のように積まれた書物を移動させ、己と相手の間にしきりを無くす。もちろん、読んでいる途中の書物を閉じて邪魔にならない場所に置いて。
 そして、徐に横になった。

「ちょっと! 急にな、にをしてるんですか……」
「膝枕くらい、いいだろ?」

 思ってもみなかった信繁の行動に、女は動揺し、言葉が詰まる。
 徐々に赤面していく顔を楽しみながら、信繁は微笑んだ。

「桜を見ながら酒があれば最高だな」

 信繁は風に吹かれ、花びらを散らす桜を瞳に映して、その瞳を少しずつ閉じていく。余韻を確かめるように、ゆっくりと。
 瞼の裏にはその情景を思い浮かべているのか。口元は優しそうに弛んでいた。

「なんとかなるさ」
「?」
安岐あき、俺に付いてこい。どこまでも」
「……地獄の果てまで?」
「ああ。地獄だろうが、天国だろうがな」

 淀んだ空気を入れ換えるように、強い風が吹いた。全てを新しく変える空気へ。
 その風に髪は靡き、安岐は横髪をとっさに押さえ、目を閉じる。
 風が弱まり、再び開けた時には、桜の花びらが舞う別世界が広がっていた。冬の雪よりも美しく、儚い、産まれてから一度も見たことがない幻想世界。
 思わず、見入っていた。
 だが残酷にも、すぐにその桜色の世界は終わる。目に焼き付けることができたのか心配になるほど早く。
 その代わり、

「見てみろ、安岐。雪のように桜が積もってるぞ?」

 指を指す矛先に視線を落とすと、大地がすっかり落ちてきた桜の花びらで自らの色を隠されていた。桜色でいっぱい。それは花畑よりも綺麗だと思うくらいに。

「すごい……」

 感嘆の声を漏らす安芸に、信繁は続けて言った。

「人を支える大地が俺だとしよう。安岐はあんな風に俺を飾ってくれる桜だ。俺の人生を動かし、華やかにする者は、お前しかおらんのよ」

 恥ずかしがる素振りを見せずに堂々と告げる信繁を見て、何度か瞬きを繰り返した後、安岐は袖で口元を隠しながら、くすりと笑った。少しばかり照れているように、しかし嬉しそうに。

「そんな慣れないこと言って、恥ずかしくないの?」

 この反応に納得いかないのか、信繁はすねるようにそっぽを向く。

「失礼な。俺は男だぞ? 可愛い女に贈る言葉の一つや二つくらいは持ち合わせているさ」
「なら、今までだって言ってくれたらよかったのに」
「俺をどっかの色男と一緒にするなッ」

 クワッと不愉快そうに顔を歪めるが、すぐに力を抜き、安岐を見やる。

「伝家の宝刀じゃあないが、意味ある言葉には言いどころがあるものよ」
「でも、沢山言ってくれた方が嬉しい……」

 しかも色男って誰のこと? 私、会ったことがある?
 そう付け足して、安岐は口を尖らせる。しかしながら、悪い気はしない。不思議に笑みがこぼれてくる。
 自覚がないなら、それはそれでよし! と信繁は言ってから、

「お前を想ってるのは本気だ」
「……ありがとう……」

 二人の会話に寄り添うように桜は舞い落ちる。
 邪魔にならないように。
 いつまでも、仲睦まじく。




 桜はなんと可憐なことか。
 しかし、蝉が鳴く頃には全て散り、青々とした葉桜になっている。
 桜も他の花と同様に一時の夢でしかない。
 永久の夢にはならない。一時の夢だからこそ咲き誇れるというもの。なによりも代え難い価値を持つ。
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