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壱 彼岸桜が散る時
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ある場所に、千本ほどの桜が並ぶ道がある。普段は、人の話題にもならないような何もない道だが、桜が満開になる時期には、それはもう別世界と呼ぶにふさわしいほど、桜色の道に変わる。
道を横切る風に舞う花びらは、磨かれた宝石よりも美しい幻想世界。何よりも代え難い皆の宝物だ。
血生臭い戦場。
気まぐれに吹き抜ける風さえ、血の鉄臭さを運んでいる。
砂埃をたたせながら、多くの馬が大地を駆ける足音。いや、馬だけではない。様々な色の鎧を纏った幾多の人間が走り、武器を持って戦う。
腹に響くような人々の声が、しきりに飛び交う。その中には悲鳴も少なからず聞こえるのだが、掛け声がかき消してしまい、遠くまで届いてこない。
それにしても、ここの空気は淀んでいる。血の臭いもあるが、汗の臭い、砂埃の臭い、様々な臭いが混じり合い、吐き気がしてくる。
空気とは目に見えないものなのに、汚い。そんな印象が強かった。
「もう逃げ切れないぞ!!真田源次郎信繁ぇぇ!!!覚悟ッ!!」
黒曜石のような真っ黒な鎧を着た男は吠える。数え切れない兵士を引き連れて、赤の鎧を着た男に向かって走る。改めて打刀をしっかりと握りしめた。刃の矛先は、信繁と呼んだ男の喉元に向けて。
敵に追い詰められて、後退してきた真田側の足軽達は、息をあげながら赤い男の元に控えた。そして、まるで血の様に全身を真っ赤にした男は、怪我をしているかのように腕を抑えながら相手を見据えた。
「ようやく釣れたか……」
鹿の角を象ったものをつけた兜をかぶった信繁は、言葉を続けた。
「俺の首が欲しけりゃあ、もうちーっと早く来いよ。脚が遅ぇーなぁ」
信繁の背後に控えていた一人の家臣が、十文字槍を両手で差し出し、信繁は右手で軽々と受け取った。まるで怪我を一切していないかのように。
くるりと回し、槍を構える。その様は体の一部と言わんばかりの隙のない動き。
その瞬間、信繁と目があった男は目に動揺の色を映した。動かす足にも微かな躊躇いがあった。
だが、今更引き返すわけにはいかない。ここで本陣に戻ることがあれば一生の恥。己だけじゃない。家そのものの醜態を晒すことになる。
早く殺らなければ。
そう思ったのか、打刀を握る手に力が篭もり、駆ける脚にも力強さが現れた。
だが、
「怖いか」
信繁は口の端を釣り上げ、相手に問うた。
男は、死への恐怖を全身で感じ取ったのだろう。信繁に立ち向かう男の目は、ギラギラとした目ではなく、ただ怯えていた。しかし、湧く感情を消すように思いきり空気を吸った。
「わぁぁぁぁああッ‼︎」
掛け声と共に鳴る、刃が混じる音。
「この俺が怖いのか」
力と力のぶつかり合い。
押しの力に耐えられなければ、待つのは死のみ。だが耐えているだけでは変わらない。相手より上回る力が必要だ。
故に、両者とも獲物を支える腕は震えていた。
「顔に書いてあるぞ? この俺が怖くて怖くて仕方がない。今すぐにでも逃げてしまいたい、とな」
挑発的な態度に男は「笑止!」と叫んだ。
「恐るに足りず! あの真田昌幸本人ではなく、噂すら広がぬただの次男坊だからな! だが、昌幸の息子というだけで、その首には多少の価値は付こう。その首を差し出せ! ここで負けるわけにいかんのだッ‼︎」
無名の息子が調子に乗るな! と。
カッと見開く眼は、血の色に染まる。まるで赤に蝕まれていく様だ。
「お前の生きる意味は、出世か。そんな目前の欲は犬にでも食わせてやれ」
信繁は嘲るように鼻で笑った。
その余裕ぶりに、男は不快そうに顔を歪める。
そして、歯を食いしばり、一気に信繁を押し出した。一時的であるとはいえ、仰け反らせたという状況は男に優越感を抱かせるには十分だった。
「何とでも言うがいい。妻と子に飯を食わせるには戦しかない。首一つで暮らしが変わる、飯を食わせてやれる、新しい着物を仕立ててやれる……お前には分かるまい……この虚しい暮らしが‼︎」
振りかざす刃。陽の光に照らされてギラリと光る。その輝きは、その男の魂を映し出しているかのようだった。
しかしながら、一方の信繁は汚い鼠でも見るような目で男を眺めた。そして、この戦いをやめるように槍を肩に置いた。そのお陰でがらりと無防備へと一転する。
「分からなくはない。似たような心情を持ったことがある」
信繁の双眸が同情の色へ移り変わる。
だが、それは瞬き一つで終わる。
「お前は威勢が良くて大好きだ。だがな、ここが足りん。ここが」
槍を支えていない左手の人差し指を立てて、頭を突く仕草をする。
信繁は、頭が足りないと伝えていた。
「戦っちゅーもんは、一人で成り立つもんじゃない。みんなで足並み揃えて成り立つもんだ」
信繁が片手を挙げ、振り下ろされた刹那、鼓膜を突き破るような複数の鉄砲を撃つ轟音が響いた。
「ッ⁉︎」
鼻を突く煙の臭い。
男の刃は振り下ろされることなく、打刀が小刻みに震え始めた。まるで寒がっているかのように震えが止まらない。こめかみから汗を流し、想定されていない状況に、ただ恐怖していた。
「相手が負傷しているとはいえ、考え無しに敵陣へ突っ込むとは、余程腕に自信があるのか、それとも大馬鹿者だよなぁ?」
敵を囲むように弓矢を構える真田部隊。そのすぐ後ろに、先程撃ったのだろう足軽達が鉄砲に火薬を詰めている。
そして、信繁の背後には、ピンピンとしている足軽達が槍を構えていた。先程まで追いかけてきた足軽達ではない。
更にその奥にある、木々が並び、背丈ほどの草むらには、六文銭が描かれた赤い旗印が数え切れないほど立っていた。
「伏兵だと⁉︎ 真田昌幸の息子とは言え、無名の癖にこんな人数を従えるのか……‼︎」
「こんなチンケな策に引っかかるなんざ、同情もできんな。『兵は詭道なり』っつー言葉を知らんのか?」
やれやれと言わんばかりに、信繁は頭を左右に振る。「ちなみに俺の腕の怪我は嘘でーす」と告白し、ピンピンな腕を見せる。
そして、改めて前にいるただの人間を見た。
「我が軍は兵の数において、こちらが不利。誰がどう見ても明らかだ。だからこそ頭を使うもんだ」
じりじりと詰め寄る足軽。
距離が縮まるほど、男は顔を白くする。
そして、そこでやっと味方の様子を伺う為に目を巡らせた。だが、気づけば、ここには倒れた者か、大怪我をして動けそうにない者しかいなかった。誰も助けてくれそうな者は、いない。むしろ敵に囲まれている。
何故こんなことになっている?
負傷した真田源次郎信繁を追い詰めたはずだった。その追い詰めた先に、まさかの伏兵が現れた。想像すらしていなかった数多くの伏兵に動揺を隠せなかった。そして、動揺した兵を討つのは容易いもので、更なる背後からの伏兵にも気付かぬまま味方は討たれていたのだ。
初めて、気づく。
本当に独りなのだと。
あとはこの命が狩られるだけなのだと。
「あああぁぁああああぁあぁぁあ‼︎‼︎‼︎‼︎」
突如、男は叫び出す。何も考えずに、打刀を振り回し続ける。その姿は制御できない暴れ馬のように、ひたすら刃を鞭のように振るった。決して一人の武士とは言いがたい様だ。
信繁は頭を傾かせ、口をへの字に曲げた。見下ろす目を細め、これ以上にないほど呆れていた。
「困った駒だ。こりゃあ出世できないわけだな」
暴れ続ける男に、誰も手も足も出ない状態が続く。己自身が傷ついても構わないその暴れぶりに対処できずにいた。
恐らく今の男には、痛覚が感じず、死への恐れもない。狂戦士のような男に構うと、下手すればこちらが痛手を喰らってしまう。弓で打ったところですぐに倒れるとも限らない為、弓矢が勿体無い。
このままでは、終わらせるまでに時間がかかりそうだ。
「『兵は勝つことを貴び、久しきを貴ばず』、か」
戦は時間が勝負。戦が長引けば長引くほど、こちら側の被害と軍資金が増える。早く終わらせることは損害を最小限に抑えることに繋がるわけだ。戦として勝利を掴む為には長期戦を避けよということである。
困ったかのように目を閉じ、信繁は孫子の兵法を呟く。
そして、ある名を呼んだ。
「黒田佐平」
姿が見えないほどの素早い動きで、一人の気配が近づく。音もなく、忍び寄る。まさに、〝忍び〟。
気配を確認すると、信繁はニヤリと口の両端が吊り上げた。
「ここに」
名を呼ばれた佐平は、主の背後に降り立った。片膝を降り、忠義を尽くす姿勢を見せて。
右目から左頬にかけて切られた刀傷。佐平はその傷を持つ顔を弛ませる。信繁の元で働くことを誇りにしているように堂々と立ち上がる。一束にまとめた栗色の髪を靡かせながら。
「佐平、あれをちょっとばかし大人しくしてこい」
十文字槍のな柄で示す先には、疲れなど感じていないかのように打刀を振り回す男。
信繁はその男を人ではなく物のように扱うかのように、その仕草は非常に面倒臭そうだ。
その命令に、佐平は凛とした面持ちで答えた。
「承知」
戦が繰り返され、長びき、人の血が流れれば流れるほど、桜は多くの血を吸い込み、桜の色は濃くなるという話を聞いたことがある。それが嘘か真かは定かではないが。
この縁側から見える桜はいつになく綺麗に咲き乱れている。しかし、その桜色は、どうも年々朱色に近づいている気がする。そう思ったことは、これで何度目だろうか。
縁側で信繁は思い出していた。
まだ己が若かった頃に出陣した数少ない戦を。
ある戦では、信繁の策に引っかかり、後退させた兵に釣られて、陣地までやって来た敵軍を鉄砲で挟み撃ちをして、全滅にまで追い込んだ。
無名な己に鉄砲部隊も兵もあまり用意できず、少ない人数でどうやって敵兵を削るか、非常に悩んだものだ。
敵に大人数の伏兵を配置されていたと勘違いさせる為に、カカシに旗印を持たせ、鉄砲を撃たせた後に立たせていたこと。背の高い草むらを選んだのは、少しでもカカシだと見えにくくしたかったからだ。しかし、よく目を凝らせばすぐに仕組みを気付いてしまうが、鉄砲で狼狽えた敵を欺くのは簡単だった。
胡座をかき、口元に左手を添え、過去の己の策に反省会をしながら桜を眺めていると、近づいてくる足音に気が付いた。
「信繁様。今度は何を企んでるんですか? あと、頼まれた書物を持って参りましたよ」
両手に多くの書物を抱えた、細身の男は、池田玄葉。
玄葉は「どっこいしょ」と声を掛けながら、書物を信繁の隣に置いた。すると、書物が高く積まれていた為、置いた拍子に音を立てながら崩れた。
「企んでないない。それより急に悪かったな」
「突然、他国の話を読みたいだなんて。全巻探すの大変だったんですからね」
玄葉は書物を綺麗に揃えながら重ねていく。
「なぁに、ただの暇潰しさ。気にすんな」
「相変わらず、信繁様は自由気ままなことで……」
二十五歳ほどに見える玄葉は哀愁を漂わせながら呟いた。しかし、その声は信繁にあまり届かなかったようで「何か言った?」と聞き返されていた。
玄葉はわざとらしく咳払いすると、気を取り直し、再び声を掛ける。
「姫様、寂しがってますよ。少しは気を遣ってやって下さい」
そう告げると一礼をし、来た道を戻っていく。
その背中を見届けた信繁は、苦笑するように顔を弛ませた。
先程、玄葉が言った話に思い当たる節がある。
あの戦から長い月日が流れ、九度山に配流された。少し前までは魚釣りに夢中になり、最近は、朝起きてから夜寝るまで、ひたすら書物を読み続けて、妻の相手をしていなかった。ちなみに書物も大好きだが、連歌が気になり始めている。
寂しい、ねぇ。それならそれで面白いんだがなぁ。
そう思いながら、積まれた書物の一冊を手に取った。
表紙をめくり、縦に並ぶ文字を読み始めた刹那、
「……源次郎」
「ん?」
声のする方へ首を向けると、そこには襖を開け、艶やかな着物を羽織った女が立っていた。まだその顔には幼さが残っている。
「今度は何をしてるの?」
「前々から書物を読めと勧めていたのはお前だろ?」
まあ、座れやと信繁が促すと、女は渋々と従った。その顔はとても不服そうに見える。
会話が途切れると、すぐに書物に目を遣る信繁に向けて、女は重たそうに口を開いた。
「……ねぇ」
「んん?」
「釣りの趣味が終わったと思ったら、今度は屋敷で読んでばかりですね」
語尾を強める。
「最近、珍しい書物を見つけてだなぁ、面白くて気になるんだよ」
暫くの間、沈黙が続く。
「源次郎、このままでいいの?」
「ん?」
信繁は首を横に向けると、正座をしている女はひたすら視線を向け続けている。真剣そのものの顔に、涙が浮かんでいる瞳。我慢しているように噛みしめている口。
膝の上に置いている拳が微かに震えていた。
「こんなところに配流されて、戦に出ることもできない……跡継ぎもできたのに……」
「おいおい、急にどうした」
眉を寄せ、首を傾げる。
突然言い出した言葉に理解ができない。
「毎日毎日書物を読んで……」
そう言って、俯く。
真田家の者として、夫に名を馳せることもできないなんて。
女は自身の無力さを嘆いた。そして、母から何度も言われてきた言葉が、頭の中に思い浮かぶ。
『貴女は真田家に嫁ぐ身。源次郎様に我が身を捧げ、どんなことがあろうとも尽くし、支えなさい』
どうしたら夫を戦場へ返り咲かせることができるだろうか。
配流されて、命を繋ぐことができたとはいえ、このままでは真田家に申し訳ない。妻として、夫を次の可能性に繋げなければ。
信繁は、ただ静かに聞いていた。
「どうすればここから……」
普段の彼女ならば、こんなことを言うような女ではない。
彼女はいつも元気が良くて、家のこと、信繁のこと、その子供たちのことを一番に考え、支えていてくれた。
九度山へ一緒に付いて来てくれてから、食べ物、着るもの、様々な生活の苦しさを共に分かち合っている。そう思っていたが、やはり辛かったのだろうか。嫌になってきたのだろうか。
「ここの暮らしが嫌になったか?」
そう返すと、女は眉間に深く皺を刻み、感情が高ぶる。
「私はいい暮らしがしたいとか、望んでるんじゃない! 私はただ……ただ……」
徐々に語尾が弱くなる。最後には全く聞こえなくなってしまった。
しかし、しっかりと耳に届いた「貴方を助けたい」の言葉。
その時の顔は、今すぐにでも泣き出しそうなほどに歪ませていた。張りつめたような面持ちで、しきりに信繁の顔を見つめる。
表情がころころと変わる奴だ、信繁は心の中で呟く。だが、嫌な意味ではない。よく笑い、よく怒り、よく悲しむことは人として持つことは当たり前。
誰よりも人間臭い人間。
悪いことじゃない。
むしろ、彼女の良いところだ。
型にはめたような出来の良い女はつまらない。
「お前が言いたいことはよく分かった」
その答えに、女は何も言わずに、ただ首を傾げた。
信繁はのんびりと山のように積まれた書物を移動させ、己と相手の間にしきりを無くす。もちろん、読んでいる途中の書物を閉じて邪魔にならない場所に置いて。
そして、徐に横になった。
「ちょっと! 急にな、にをしてるんですか……」
「膝枕くらい、いいだろ?」
思ってもみなかった信繁の行動に、女は動揺し、言葉が詰まる。
徐々に赤面していく顔を楽しみながら、信繁は微笑んだ。
「桜を見ながら酒があれば最高だな」
信繁は風に吹かれ、花びらを散らす桜を瞳に映して、その瞳を少しずつ閉じていく。余韻を確かめるように、ゆっくりと。
瞼の裏にはその情景を思い浮かべているのか。口元は優しそうに弛んでいた。
「なんとかなるさ」
「?」
「安岐、俺に付いてこい。どこまでも」
「……地獄の果てまで?」
「ああ。地獄だろうが、天国だろうがな」
淀んだ空気を入れ換えるように、強い風が吹いた。全てを新しく変える空気へ。
その風に髪は靡き、安岐は横髪をとっさに押さえ、目を閉じる。
風が弱まり、再び開けた時には、桜の花びらが舞う別世界が広がっていた。冬の雪よりも美しく、儚い、産まれてから一度も見たことがない幻想世界。
思わず、見入っていた。
だが残酷にも、すぐにその桜色の世界は終わる。目に焼き付けることができたのか心配になるほど早く。
その代わり、
「見てみろ、安岐。雪のように桜が積もってるぞ?」
指を指す矛先に視線を落とすと、大地がすっかり落ちてきた桜の花びらで自らの色を隠されていた。桜色でいっぱい。それは花畑よりも綺麗だと思うくらいに。
「すごい……」
感嘆の声を漏らす安芸に、信繁は続けて言った。
「人を支える大地が俺だとしよう。安岐はあんな風に俺を飾ってくれる桜だ。俺の人生を動かし、華やかにする者は、お前しかおらんのよ」
恥ずかしがる素振りを見せずに堂々と告げる信繁を見て、何度か瞬きを繰り返した後、安岐は袖で口元を隠しながら、くすりと笑った。少しばかり照れているように、しかし嬉しそうに。
「そんな慣れないこと言って、恥ずかしくないの?」
この反応に納得いかないのか、信繁はすねるようにそっぽを向く。
「失礼な。俺は男だぞ? 可愛い女に贈る言葉の一つや二つくらいは持ち合わせているさ」
「なら、今までだって言ってくれたらよかったのに」
「俺をどっかの色男と一緒にするなッ」
クワッと不愉快そうに顔を歪めるが、すぐに力を抜き、安岐を見やる。
「伝家の宝刀じゃあないが、意味ある言葉には言いどころがあるものよ」
「でも、沢山言ってくれた方が嬉しい……」
しかも色男って誰のこと? 私、会ったことがある?
そう付け足して、安岐は口を尖らせる。しかしながら、悪い気はしない。不思議に笑みがこぼれてくる。
自覚がないなら、それはそれでよし! と信繁は言ってから、
「お前を想ってるのは本気だ」
「……ありがとう……」
二人の会話に寄り添うように桜は舞い落ちる。
邪魔にならないように。
いつまでも、仲睦まじく。
桜はなんと可憐なことか。
しかし、蝉が鳴く頃には全て散り、青々とした葉桜になっている。
桜も他の花と同様に一時の夢でしかない。
永久の夢にはならない。一時の夢だからこそ咲き誇れるというもの。なによりも代え難い価値を持つ。
道を横切る風に舞う花びらは、磨かれた宝石よりも美しい幻想世界。何よりも代え難い皆の宝物だ。
血生臭い戦場。
気まぐれに吹き抜ける風さえ、血の鉄臭さを運んでいる。
砂埃をたたせながら、多くの馬が大地を駆ける足音。いや、馬だけではない。様々な色の鎧を纏った幾多の人間が走り、武器を持って戦う。
腹に響くような人々の声が、しきりに飛び交う。その中には悲鳴も少なからず聞こえるのだが、掛け声がかき消してしまい、遠くまで届いてこない。
それにしても、ここの空気は淀んでいる。血の臭いもあるが、汗の臭い、砂埃の臭い、様々な臭いが混じり合い、吐き気がしてくる。
空気とは目に見えないものなのに、汚い。そんな印象が強かった。
「もう逃げ切れないぞ!!真田源次郎信繁ぇぇ!!!覚悟ッ!!」
黒曜石のような真っ黒な鎧を着た男は吠える。数え切れない兵士を引き連れて、赤の鎧を着た男に向かって走る。改めて打刀をしっかりと握りしめた。刃の矛先は、信繁と呼んだ男の喉元に向けて。
敵に追い詰められて、後退してきた真田側の足軽達は、息をあげながら赤い男の元に控えた。そして、まるで血の様に全身を真っ赤にした男は、怪我をしているかのように腕を抑えながら相手を見据えた。
「ようやく釣れたか……」
鹿の角を象ったものをつけた兜をかぶった信繁は、言葉を続けた。
「俺の首が欲しけりゃあ、もうちーっと早く来いよ。脚が遅ぇーなぁ」
信繁の背後に控えていた一人の家臣が、十文字槍を両手で差し出し、信繁は右手で軽々と受け取った。まるで怪我を一切していないかのように。
くるりと回し、槍を構える。その様は体の一部と言わんばかりの隙のない動き。
その瞬間、信繁と目があった男は目に動揺の色を映した。動かす足にも微かな躊躇いがあった。
だが、今更引き返すわけにはいかない。ここで本陣に戻ることがあれば一生の恥。己だけじゃない。家そのものの醜態を晒すことになる。
早く殺らなければ。
そう思ったのか、打刀を握る手に力が篭もり、駆ける脚にも力強さが現れた。
だが、
「怖いか」
信繁は口の端を釣り上げ、相手に問うた。
男は、死への恐怖を全身で感じ取ったのだろう。信繁に立ち向かう男の目は、ギラギラとした目ではなく、ただ怯えていた。しかし、湧く感情を消すように思いきり空気を吸った。
「わぁぁぁぁああッ‼︎」
掛け声と共に鳴る、刃が混じる音。
「この俺が怖いのか」
力と力のぶつかり合い。
押しの力に耐えられなければ、待つのは死のみ。だが耐えているだけでは変わらない。相手より上回る力が必要だ。
故に、両者とも獲物を支える腕は震えていた。
「顔に書いてあるぞ? この俺が怖くて怖くて仕方がない。今すぐにでも逃げてしまいたい、とな」
挑発的な態度に男は「笑止!」と叫んだ。
「恐るに足りず! あの真田昌幸本人ではなく、噂すら広がぬただの次男坊だからな! だが、昌幸の息子というだけで、その首には多少の価値は付こう。その首を差し出せ! ここで負けるわけにいかんのだッ‼︎」
無名の息子が調子に乗るな! と。
カッと見開く眼は、血の色に染まる。まるで赤に蝕まれていく様だ。
「お前の生きる意味は、出世か。そんな目前の欲は犬にでも食わせてやれ」
信繁は嘲るように鼻で笑った。
その余裕ぶりに、男は不快そうに顔を歪める。
そして、歯を食いしばり、一気に信繁を押し出した。一時的であるとはいえ、仰け反らせたという状況は男に優越感を抱かせるには十分だった。
「何とでも言うがいい。妻と子に飯を食わせるには戦しかない。首一つで暮らしが変わる、飯を食わせてやれる、新しい着物を仕立ててやれる……お前には分かるまい……この虚しい暮らしが‼︎」
振りかざす刃。陽の光に照らされてギラリと光る。その輝きは、その男の魂を映し出しているかのようだった。
しかしながら、一方の信繁は汚い鼠でも見るような目で男を眺めた。そして、この戦いをやめるように槍を肩に置いた。そのお陰でがらりと無防備へと一転する。
「分からなくはない。似たような心情を持ったことがある」
信繁の双眸が同情の色へ移り変わる。
だが、それは瞬き一つで終わる。
「お前は威勢が良くて大好きだ。だがな、ここが足りん。ここが」
槍を支えていない左手の人差し指を立てて、頭を突く仕草をする。
信繁は、頭が足りないと伝えていた。
「戦っちゅーもんは、一人で成り立つもんじゃない。みんなで足並み揃えて成り立つもんだ」
信繁が片手を挙げ、振り下ろされた刹那、鼓膜を突き破るような複数の鉄砲を撃つ轟音が響いた。
「ッ⁉︎」
鼻を突く煙の臭い。
男の刃は振り下ろされることなく、打刀が小刻みに震え始めた。まるで寒がっているかのように震えが止まらない。こめかみから汗を流し、想定されていない状況に、ただ恐怖していた。
「相手が負傷しているとはいえ、考え無しに敵陣へ突っ込むとは、余程腕に自信があるのか、それとも大馬鹿者だよなぁ?」
敵を囲むように弓矢を構える真田部隊。そのすぐ後ろに、先程撃ったのだろう足軽達が鉄砲に火薬を詰めている。
そして、信繁の背後には、ピンピンとしている足軽達が槍を構えていた。先程まで追いかけてきた足軽達ではない。
更にその奥にある、木々が並び、背丈ほどの草むらには、六文銭が描かれた赤い旗印が数え切れないほど立っていた。
「伏兵だと⁉︎ 真田昌幸の息子とは言え、無名の癖にこんな人数を従えるのか……‼︎」
「こんなチンケな策に引っかかるなんざ、同情もできんな。『兵は詭道なり』っつー言葉を知らんのか?」
やれやれと言わんばかりに、信繁は頭を左右に振る。「ちなみに俺の腕の怪我は嘘でーす」と告白し、ピンピンな腕を見せる。
そして、改めて前にいるただの人間を見た。
「我が軍は兵の数において、こちらが不利。誰がどう見ても明らかだ。だからこそ頭を使うもんだ」
じりじりと詰め寄る足軽。
距離が縮まるほど、男は顔を白くする。
そして、そこでやっと味方の様子を伺う為に目を巡らせた。だが、気づけば、ここには倒れた者か、大怪我をして動けそうにない者しかいなかった。誰も助けてくれそうな者は、いない。むしろ敵に囲まれている。
何故こんなことになっている?
負傷した真田源次郎信繁を追い詰めたはずだった。その追い詰めた先に、まさかの伏兵が現れた。想像すらしていなかった数多くの伏兵に動揺を隠せなかった。そして、動揺した兵を討つのは容易いもので、更なる背後からの伏兵にも気付かぬまま味方は討たれていたのだ。
初めて、気づく。
本当に独りなのだと。
あとはこの命が狩られるだけなのだと。
「あああぁぁああああぁあぁぁあ‼︎‼︎‼︎‼︎」
突如、男は叫び出す。何も考えずに、打刀を振り回し続ける。その姿は制御できない暴れ馬のように、ひたすら刃を鞭のように振るった。決して一人の武士とは言いがたい様だ。
信繁は頭を傾かせ、口をへの字に曲げた。見下ろす目を細め、これ以上にないほど呆れていた。
「困った駒だ。こりゃあ出世できないわけだな」
暴れ続ける男に、誰も手も足も出ない状態が続く。己自身が傷ついても構わないその暴れぶりに対処できずにいた。
恐らく今の男には、痛覚が感じず、死への恐れもない。狂戦士のような男に構うと、下手すればこちらが痛手を喰らってしまう。弓で打ったところですぐに倒れるとも限らない為、弓矢が勿体無い。
このままでは、終わらせるまでに時間がかかりそうだ。
「『兵は勝つことを貴び、久しきを貴ばず』、か」
戦は時間が勝負。戦が長引けば長引くほど、こちら側の被害と軍資金が増える。早く終わらせることは損害を最小限に抑えることに繋がるわけだ。戦として勝利を掴む為には長期戦を避けよということである。
困ったかのように目を閉じ、信繁は孫子の兵法を呟く。
そして、ある名を呼んだ。
「黒田佐平」
姿が見えないほどの素早い動きで、一人の気配が近づく。音もなく、忍び寄る。まさに、〝忍び〟。
気配を確認すると、信繁はニヤリと口の両端が吊り上げた。
「ここに」
名を呼ばれた佐平は、主の背後に降り立った。片膝を降り、忠義を尽くす姿勢を見せて。
右目から左頬にかけて切られた刀傷。佐平はその傷を持つ顔を弛ませる。信繁の元で働くことを誇りにしているように堂々と立ち上がる。一束にまとめた栗色の髪を靡かせながら。
「佐平、あれをちょっとばかし大人しくしてこい」
十文字槍のな柄で示す先には、疲れなど感じていないかのように打刀を振り回す男。
信繁はその男を人ではなく物のように扱うかのように、その仕草は非常に面倒臭そうだ。
その命令に、佐平は凛とした面持ちで答えた。
「承知」
戦が繰り返され、長びき、人の血が流れれば流れるほど、桜は多くの血を吸い込み、桜の色は濃くなるという話を聞いたことがある。それが嘘か真かは定かではないが。
この縁側から見える桜はいつになく綺麗に咲き乱れている。しかし、その桜色は、どうも年々朱色に近づいている気がする。そう思ったことは、これで何度目だろうか。
縁側で信繁は思い出していた。
まだ己が若かった頃に出陣した数少ない戦を。
ある戦では、信繁の策に引っかかり、後退させた兵に釣られて、陣地までやって来た敵軍を鉄砲で挟み撃ちをして、全滅にまで追い込んだ。
無名な己に鉄砲部隊も兵もあまり用意できず、少ない人数でどうやって敵兵を削るか、非常に悩んだものだ。
敵に大人数の伏兵を配置されていたと勘違いさせる為に、カカシに旗印を持たせ、鉄砲を撃たせた後に立たせていたこと。背の高い草むらを選んだのは、少しでもカカシだと見えにくくしたかったからだ。しかし、よく目を凝らせばすぐに仕組みを気付いてしまうが、鉄砲で狼狽えた敵を欺くのは簡単だった。
胡座をかき、口元に左手を添え、過去の己の策に反省会をしながら桜を眺めていると、近づいてくる足音に気が付いた。
「信繁様。今度は何を企んでるんですか? あと、頼まれた書物を持って参りましたよ」
両手に多くの書物を抱えた、細身の男は、池田玄葉。
玄葉は「どっこいしょ」と声を掛けながら、書物を信繁の隣に置いた。すると、書物が高く積まれていた為、置いた拍子に音を立てながら崩れた。
「企んでないない。それより急に悪かったな」
「突然、他国の話を読みたいだなんて。全巻探すの大変だったんですからね」
玄葉は書物を綺麗に揃えながら重ねていく。
「なぁに、ただの暇潰しさ。気にすんな」
「相変わらず、信繁様は自由気ままなことで……」
二十五歳ほどに見える玄葉は哀愁を漂わせながら呟いた。しかし、その声は信繁にあまり届かなかったようで「何か言った?」と聞き返されていた。
玄葉はわざとらしく咳払いすると、気を取り直し、再び声を掛ける。
「姫様、寂しがってますよ。少しは気を遣ってやって下さい」
そう告げると一礼をし、来た道を戻っていく。
その背中を見届けた信繁は、苦笑するように顔を弛ませた。
先程、玄葉が言った話に思い当たる節がある。
あの戦から長い月日が流れ、九度山に配流された。少し前までは魚釣りに夢中になり、最近は、朝起きてから夜寝るまで、ひたすら書物を読み続けて、妻の相手をしていなかった。ちなみに書物も大好きだが、連歌が気になり始めている。
寂しい、ねぇ。それならそれで面白いんだがなぁ。
そう思いながら、積まれた書物の一冊を手に取った。
表紙をめくり、縦に並ぶ文字を読み始めた刹那、
「……源次郎」
「ん?」
声のする方へ首を向けると、そこには襖を開け、艶やかな着物を羽織った女が立っていた。まだその顔には幼さが残っている。
「今度は何をしてるの?」
「前々から書物を読めと勧めていたのはお前だろ?」
まあ、座れやと信繁が促すと、女は渋々と従った。その顔はとても不服そうに見える。
会話が途切れると、すぐに書物に目を遣る信繁に向けて、女は重たそうに口を開いた。
「……ねぇ」
「んん?」
「釣りの趣味が終わったと思ったら、今度は屋敷で読んでばかりですね」
語尾を強める。
「最近、珍しい書物を見つけてだなぁ、面白くて気になるんだよ」
暫くの間、沈黙が続く。
「源次郎、このままでいいの?」
「ん?」
信繁は首を横に向けると、正座をしている女はひたすら視線を向け続けている。真剣そのものの顔に、涙が浮かんでいる瞳。我慢しているように噛みしめている口。
膝の上に置いている拳が微かに震えていた。
「こんなところに配流されて、戦に出ることもできない……跡継ぎもできたのに……」
「おいおい、急にどうした」
眉を寄せ、首を傾げる。
突然言い出した言葉に理解ができない。
「毎日毎日書物を読んで……」
そう言って、俯く。
真田家の者として、夫に名を馳せることもできないなんて。
女は自身の無力さを嘆いた。そして、母から何度も言われてきた言葉が、頭の中に思い浮かぶ。
『貴女は真田家に嫁ぐ身。源次郎様に我が身を捧げ、どんなことがあろうとも尽くし、支えなさい』
どうしたら夫を戦場へ返り咲かせることができるだろうか。
配流されて、命を繋ぐことができたとはいえ、このままでは真田家に申し訳ない。妻として、夫を次の可能性に繋げなければ。
信繁は、ただ静かに聞いていた。
「どうすればここから……」
普段の彼女ならば、こんなことを言うような女ではない。
彼女はいつも元気が良くて、家のこと、信繁のこと、その子供たちのことを一番に考え、支えていてくれた。
九度山へ一緒に付いて来てくれてから、食べ物、着るもの、様々な生活の苦しさを共に分かち合っている。そう思っていたが、やはり辛かったのだろうか。嫌になってきたのだろうか。
「ここの暮らしが嫌になったか?」
そう返すと、女は眉間に深く皺を刻み、感情が高ぶる。
「私はいい暮らしがしたいとか、望んでるんじゃない! 私はただ……ただ……」
徐々に語尾が弱くなる。最後には全く聞こえなくなってしまった。
しかし、しっかりと耳に届いた「貴方を助けたい」の言葉。
その時の顔は、今すぐにでも泣き出しそうなほどに歪ませていた。張りつめたような面持ちで、しきりに信繁の顔を見つめる。
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悪いことじゃない。
むしろ、彼女の良いところだ。
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その答えに、女は何も言わずに、ただ首を傾げた。
信繁はのんびりと山のように積まれた書物を移動させ、己と相手の間にしきりを無くす。もちろん、読んでいる途中の書物を閉じて邪魔にならない場所に置いて。
そして、徐に横になった。
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信繁は風に吹かれ、花びらを散らす桜を瞳に映して、その瞳を少しずつ閉じていく。余韻を確かめるように、ゆっくりと。
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「なんとかなるさ」
「?」
「安岐、俺に付いてこい。どこまでも」
「……地獄の果てまで?」
「ああ。地獄だろうが、天国だろうがな」
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風が弱まり、再び開けた時には、桜の花びらが舞う別世界が広がっていた。冬の雪よりも美しく、儚い、産まれてから一度も見たことがない幻想世界。
思わず、見入っていた。
だが残酷にも、すぐにその桜色の世界は終わる。目に焼き付けることができたのか心配になるほど早く。
その代わり、
「見てみろ、安岐。雪のように桜が積もってるぞ?」
指を指す矛先に視線を落とすと、大地がすっかり落ちてきた桜の花びらで自らの色を隠されていた。桜色でいっぱい。それは花畑よりも綺麗だと思うくらいに。
「すごい……」
感嘆の声を漏らす安芸に、信繁は続けて言った。
「人を支える大地が俺だとしよう。安岐はあんな風に俺を飾ってくれる桜だ。俺の人生を動かし、華やかにする者は、お前しかおらんのよ」
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「そんな慣れないこと言って、恥ずかしくないの?」
この反応に納得いかないのか、信繁はすねるようにそっぽを向く。
「失礼な。俺は男だぞ? 可愛い女に贈る言葉の一つや二つくらいは持ち合わせているさ」
「なら、今までだって言ってくれたらよかったのに」
「俺をどっかの色男と一緒にするなッ」
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「でも、沢山言ってくれた方が嬉しい……」
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自覚がないなら、それはそれでよし! と信繁は言ってから、
「お前を想ってるのは本気だ」
「……ありがとう……」
二人の会話に寄り添うように桜は舞い落ちる。
邪魔にならないように。
いつまでも、仲睦まじく。
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