午時葵が咲き 木五倍子編 (高島藤次)

蒼乃悠生

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第二章 木五倍子の花

三.気持ちが

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 休憩室に戻った。
 先に戻ったはずの九藤さんの姿を探す。が、どこにも見当たらない。
「あれ、九藤さんがいない」
 ひょこひょこ歩きで隅から隅まで、もう一度念入りに見渡す。
 しかし、どこにもセーラー服姿の九藤さんはいない。
「どこに行ったんだろ」
「どうしたんですか?」
 俺の背後からひょこっと顔を覗かせてきた、瀬田。
「うおっ!……普通に出てくれないか」
「え、普通って面白くない」
「じゃなくて。九藤さん、来てない?」
「来てませんよ。俺も今来たんで分かりませんけど」
「これからについて話をしたいんだけどな」
 瀬田も一緒になって探すが、やはり休憩室にはいないようだ。ならば、他の場所にいるかもしれないのだが、九藤さんが行きそうな場所が思いつかない。
(まさか、また猫のところか?)
 そう思って、窓から外を覗いてみるが、やはりいない。猫はのんびりとした姿を見せてくれている。
 困ったなぁと溜息を吐いていると、誰かに俺の肩を叩かれた。九藤さんかと思って振り返ると、頬に突き刺さる人の指。
「わーい!引っかかったー!」
「伍賀さん……」
 嬉々と笑う伍賀さんと打って変わって、俺は躊躇いなく怒りの表情を浮かべ、声が低くなる。
「……あれ?」
「『あれ?』じゃないですよ」
 しかし、伍賀さんはこれくらいのことではへこたれない。
「気持ちに余裕がないとは何事だ」
 一転して生真面目な表情で説教してくるから情けない。正直言って、こんなのが元上官だったとは信じたくない。
 俺は今も突き刺したままの伍賀さんの腕ごと払い除ける。
「九藤さんを見ませんでしたか?」
「いや?見てないよ?」
「そうですか」
 そう答えて、探しに行こうと伍賀さんに背を向けた時だった。シャツを後ろに強く引っ張られ、そして、気付いた時には地に着いていた両足が宙に浮いているではないか。足を怪我している為か、強く蹴られた衝撃で簡単に体が浮いていた。
 それからは、あっという間の出来事。体が半回転し、目前には床が迫っていた。
「ッ!!」
 両手を伸ばす。が、それよりも落下する速さが上で、顔と同時に両手を着くかたちになる。
「んぐっ!!」
 そして、体が床に叩きつけられないように腕と腹と怪我をしていない足に力を入れて、受け身を取った。
 すぐに顔を上げると、額の血管がはち切れんばかりに青筋を浮かべ、両腕を組む伍賀さんが立っていた。
 これは、まずい。非常にまずい。
もあったから、焦る気持ちは分かるが、周りを見れなくなってどうする。隙だらけで、俺に容易く投げられるとは、無様だな」
 なにも言い返せなかった。
 確かに周りを見る余裕はなかった。頭の中が失踪した九藤さんのことばかりで、恥ずかしくて口に出せない。
「…………」
 俺は、その場で床を見つめた。
 何故いつも伍賀さんに投げ飛ばされるのか。
 伍賀さんは俺よりも背が低いから、懐に入りやすいという面はある。しかし、彼の場合、懐に入らなくても、簡単に俺の体を投げ飛ばす力と瞬発力がある。
 いろんな理由を付けて投げ飛ばされる度に、伍賀さんの素早さについていけない己の未熟さを痛感して、自己嫌悪になる。
 言いがかりっぽく聞こえる伍賀さんの言葉も実は的を得ていて、腹が立ってくる。分かるけど、なんか納得しない。したくない。
「…………」
「高島?」
 反応しない俺が気になった伍賀さんが、顔を覗き込んでくる。
 と同時に、俺は体を半回転させて両足を上げ、伍賀さんの頭を挟んだ。
 この時には既に怪我をしていたことを忘れていた。痛みは、全くない。
(なんだよ、もう)
 驚く伍賀さんを他所に、腰を捻りながら挟んだ頭を床にたたきつけようと足を思いきり下ろす。
 しかし、反応が早い伍賀さんは、寸前のところで足から離れる。
(なんなんだよ、もう。意味分かんねえよ)
 俺はそのまま床に足をつき、その座っている態勢から脚に力を込め、伍賀さんの元へ飛び込んだ。息を上げながら俺を見る伍賀さんの襟を掴もうと腕を伸ばすが、やはり伍賀さんは一瞬の差で首を後ろに下げて掴ませてくれない。
(いつもいつもちせちゃんに振り回されてばかりで)
 左拳を作り、伍賀さんの顔面を目掛けて腕を伸ばすが、やはりひょいひょいといとも簡単に回避する。
(ちせちゃんがなにをしたいのか分からねえし)
 何度躱されようとも、俺はやめない。
(なにを考えてるのかも分かんねえよ)
 しかし、伍賀さんは俺の顔を見て焦っているようだった。
(馬鹿じゃねえの!?)
 俺は大振りに足を振り上げた。支えとしている左足の怪我から血が滲む。
 その瞬間、伍賀さんは腰を低くした。
(馬鹿じゃねえの!?ちせちゃんも)
 振り上げた足を横に蹴ることなく、伍賀さんの足元に向けて蹴り下ろした。
(俺も!!!!)
 腰を低くして、重心が下にあると、すぐに動くことができない。伍賀さんは、そのまま俺の渾身の蹴りを受けて身を崩し、倒れ込んだ。
 俺はすかさず伍賀さんの襟元を掴み上げる。
「高島!」
 伍賀さんの声が耳に入らない。
 彼の腕を掴み、足を蹴り上げ、完全に体を浮かせる。体重を感じる前に、背中から叩きつけるように体を投げ飛ばした。
 大きな音が聞こえ、そのまま静まり返る。
 ふと、ここが休憩室だったことを思い出すが、今の俺はどうでもよかった。もう遅い。
 俺は肩で息をする。
 投げられた伍賀さんはゆっくりと体を起こし、俺を見つめていた。
「高島」
「はい」
「貴様が俺を投げ飛ばす日が来るなんざ、思ってなかった」
「俺も伍賀を投げる日が来るとは夢にも思っていませんでした」
 息を整える。
「頭のモヤモヤは晴れたか?」
 ニヤァと笑う。
 全て見透かしている態度が腹立つ。
「分かりません。モヤモヤしているのかさえも、悩んでいるのかさえも、全部分かりません!」
 叫ぶように答えた。
「なんだよそりゃあ」
「今、一つ言えることはあります」
「なんだそれは」
「九藤はすぐにいなくなるなー!!!」
 腹の底から叫んだ。
 全ての感情を込めて。
「はは」
 少し笑ったかと思えば、伍賀さんは腹を抱えながら笑い始めた。
「あはははははははは!!」
「笑い事じゃないですよ!」
「ははははははは!いや。すまんすまん」
「泣くほど面白いことです?!」
 目尻には涙が溜まっている。
 伍賀さんは笑い続けていた。ずっと。それはもうこちらが見ていて引くほど。
「ははははは!ははっ、はははっ、は~~~」
 大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせようとしているのだろう。伍賀さんは何度も繰り返していた。
 そして、改めてこちらを見る。
「高島。やっと貴様の本質を見た気がしたよ」
「本質?」
 首を傾げていると、伍賀さんが座禅でもするかのように足を組む。
「いつも優等生っぽい仮面を付けてるから、どうにも腑に落ちなかったんだよな~」
「はい?」
「言葉を変えるとだな、猫をかぶってるように見えて剥ぎ取ってしまいたかった」
「いや、かぶってませんって」
「でも、モヤモヤして、気持ちが爆発する貴様を見て、やっと人間なんだなって思えて安心したよ」
「なんですか、それ」
 伍賀さんがなにを言いたいのか、よく分からない。俺は最初から人間な筈だが。
「はあ~」
 つい、溜息が漏れた。
 顔を片手で覆う。
 地味に顔が床に当たった痛みが残っていた。そして、心が落ち着いてくると襲ってくる足の激痛。
(要はは勝たされたわけなんだろな)
 そう安安と伍賀さんが負ける訳がない。
 気持ちがすっきりしないが、伍賀さんの様子を見ているとそう思う。だが、自分の中の鬱憤が少しばかりはマシになった気もしないこともない。
「高島」
「はい」
 急に名前を呼ばれ、顔から手を離す。
「いつも他人と一定の距離があった貴様が悩む姿を見ると俺は面白いな~」
「面白がらないでくださいよ」
 他人と一定の距離とはなんだろう。
「だけどな~、ちせと……うん、ちせと……なんでちせなんだ」
 頭を項垂れる伍賀さん。
 こちらからしたら意味が分からない。伍賀さんが何故気分が落ち込んでいるのか。
「あ」
 なにかを思い出したのか、伍賀さんは突然俺を見た。
「ちせは今便所だよ」
「え」
「だからトイレ」
「いや、言い直さなくても分かりますから……て、早く言ってくださいよ!!」
 つい叫んでしまった。
 九藤さんが消えた行方を知っているじゃないか!
「え~。だってさぁ、隊長、俺に『九藤さんを見てませんか?』て聞いてきたじゃん。だから見てないよ、て答えたんだよ。どこに行ったか知りませんか、て聞けばよかったのにね!」
 意地が糞悪い。
「それは意地悪し過ぎではありませんか」
 なんだか腹が立ってきた。
「余裕がなかった貴様が悪い」
 もう!
 余裕がなかったことは間違っちゃいないが、だからといってそんな風に言わなくてもいいだろう。
 俺が悪いのか!そんなに聞き方が悪かったのか!
 またモヤモヤしてきた。
「あのぉ」
 背後から遠慮気味に話しかけられる。
「なに!」
 伍賀さんへの苛々を隠しきれずに振り返ると、そこには九藤さんが立っていた。
「あ!ごめん!」
 ビクビクする彼女に、つい声を荒げてしまったことを謝罪する。
「ごめんなさい。すぐに
 血の気が引く。
 待ってくれ。いつから九藤さんがいたんだ。もしかして俺が「九藤はすぐにいなくなるなー!」と叫んだ時には、もうこの部屋にはいたということか。一番聞かれたくない言葉を聞かれてしまった。
「ち、違うんだ。どこに行ったか分からなかったから心配で」
 動揺が隠せない。
「トイレぐらいは自由に行かせてほしい……んだけど」
 彼女は困った顔をしていた。
 そりゃそうだ。トイレに行ったぐらいで、あんなことを言われるのだ。そりゃ不満に感じても仕方がない。
 必死に謝っていると、背後からは伍賀さんが押し殺すような笑い声が聞こえる。必死に聞こえないようにしているようだが、声が漏れ出ていた。
「伍賀さん!知っていたでしょ!」
 振り返ると、やはり腹を抱え、笑って立っている伍賀さんの姿。
「ぇえ?なにが?」
「九藤さんがいたこと!」
「ああ、知ってたけど?」
「なんで教えてくれないんですか!」
「聞かなかったじゃん」
「知らないことは聞けないでしょうが!」
「俺、優しくないもーん」
「そうじゃなくて!」
 ぎゃーぎゃー騒いでいると、彼女の口からボソッと聞こえた。
「仲良くて羨ましいな」
「ん?」
 しかし、上手く言葉が聞き取れなかった。
 彼女はふるふると首を横に降る。
「なんでもない。て言うか、何故ここまで騒いでいてもみんなスルーしてるの?」
 するーとは何ぞ。
 そう聞こうとした時、背中に重みを感じ、体を崩しそうになった。犯人は分かっている。伍賀さんが背中に乗ってきた以外にあり得ない。
「それはね、俺らの喧嘩が日常茶飯事過ぎて、『またやってるな』程度にしか思ってないからだよ」
「日常茶飯事って……」
 むしろ俺は喧嘩も言い合いもしなくていいならしたくないのだが。
 それより重たいから降りてほしいと目で訴えるが、伍賀さんはみて見ぬフリをして降りようとしない。
「むしろあれだよ。俺達風の挨拶みたいな!」
「いやいや、あれが挨拶だったら異常でしょう」
 すると、九藤さんはクスッと笑った。
「ほんとだね。喧嘩が挨拶とか、考えられないよ」
「でしょう?この人、頭がおかしいから無視していいよ」
「コラ!高島クン、そんなこと言わないの」
 バシバシと頭を叩いてくる、妖怪子泣き爺。
「つか、子泣き爺の伍賀さん。そろそろ降りていただきたい。腰を痛める気か」
「爺いとは何事か」
 そう言って、首を絞めてくるから堪ったもんじゃない。
「苦しい……」
「え?ちょっと待って!本当に苦しそうだから!やめてあげて!」
 九藤さんが止めに入る。
 それはもう必死になってくれるものだから、とても嬉しかった。やっと心を開いてくれた気がしたから。
 一方で伍賀さんは、可愛い孫に言われると弱いらしく、あんなにべったりと背中に引っ付いていたのに、簡単に離れてくれた。
 孫の力とは恐ろしい。
 俺は身軽になった体になったところで一息をつく。
「九藤さん、改めて謝るよ。ごめんね。トイレには自由に行っていいから」
 すると、九藤さんはこちらを見上げた。
(あ)
 やっと、ちゃんと目を合わせてくれた。
 まだ恥ずかしそうに視線をずらしたりするが、すぐに目が合うので見ようとしてくれているのが分かる。
「わたしも誰かに伝えておけばよかったかも……ごめんなさい」
 申し訳なさそうに、頭を下げてくれる。
 彼女と目を合わせ、言葉を交わす。たったそんな些細なことが、心が軽くなるほど嬉しかかった。
 その時、誰かの腹の虫が鳴いた。
 顔を見合わせる。
 そして、
「わ、わたしです……」
 顔を真っ赤に染め上げて、九藤さんは腹を抑えていた。音が聞こえないように手で押さえているのだろうが、腹の虫は元気が良い。
 俺は九藤さんの頭に手を乗せて、優しく撫でた。
「まだ夕御飯には早いけど、なにか作ってもらえないか話してみるよ」
 九藤さんは首を縦に振る。
(足、痛いな)
 頭の中でぼんやりと考える。
 血が滲んだ左足を見遣る。
 また琴村に包帯の巻き直しを頼んだら怒るだろうな。


 賄いで良いので、簡単なご飯を作ってもらえないかと主計科にお願いしてみたら、案外すんなりと了承してくれた。規律が緩くて助かる。生前だったらこうはいかないだろう。
 すると、伍賀さんと瀬田がいつの間にか加わり、それならばと自分のご飯も合わせて、四人前の賄いを頼んだ。
 ほかほかのご飯の上には、昼ごはんの残りであろう卵焼き、南瓜のコロッケ、昆布の佃煮、牛肉の大和煮、梅干しが乗っていた。
「この乱雑さが堪らんっスね~!」
 瀬田が口に次々と詰め込んでいく。小皿に入っていたたくわんも箸で摘んで、口に運ぶ。
 飲み込む前に入れて大丈夫なのだろうか。
 心配していると、喉に食べ物をつっかえ……ないのが、瀬田である。
「めちゃめちゃ美味いっスね~!」
「そうか……」
「伍賀少尉!カボチャ、残ってますよ!いただきますね!」
 伍賀さんの同意もなしに、瀬田は南瓜コロッケを取っていく。
 一瞬でなくなったコロッケをぼけーっと眺めた後、
「ま、かまわんよ」
 と、言って、なにもなかったかのようにご飯を食べ始める。
「ちょっと。伍賀さん、いいんですか?」
「なにが?」
 伍賀さんは口をもぐもぐとさせながら首を傾げる。
「瀬田が勝手にコロッケを取っちゃって」
「あー、いいよ。俺、南瓜は好きじゃないし」
 食べられないわけじゃないけど。
 そう付け足して、伍賀さんは九藤さんの昆布に手を出す。これまた彼女の同意なしに奪うもんだから、俺は目を見開いた。
「え!?伍賀さん?」
「ちせは昆布嫌いだもんな~。爺ちゃんが食ったろ」
「……」
 九藤さんはぽかーんとした様子で、伍賀さんの行動を見ていた。瞬きを繰り返し、昆布が綺麗に無くなったご飯を眺める。
「もう!勝手に食べちゃ駄目でしょ!」
 俺は慌てて伍賀さんを注意する。
 瀬田と言い、伍賀さんと言い、何故そこまで自分勝手なんだ。
 腹が立ってきた時、九藤さんはクスッと顔を綻ぶ。
「昆布、本当に食べられないから良いよ」
「ほーら味噌~」
 自慢気な表情を浮かべて、伍賀さんは俺を見た。
 九藤さんにそう言われると、もう伍賀さんにはなにも言えない。しかし、してやったり!と言いたそうな表情を見ていると、やはり無性に腹が立つ。たぶん伍賀さんだから腹が立つんだと思う。伍賀さんだから。うん。
「むむむむむむぅ」
 言いたい事を我慢し、口を尖らす。
 一人で黙々と食べ始めた。
 すると、伍賀さんがこちらを見ながらニヤニヤしてくる。これは完全にわざとだ。
「いや~すまないね。俺、ちせの爺ちゃんだから、高島隊長よりちせのことをよく知ってるんだな~。良いだろ~良いだろ~」
(て言っても!子供の頃までだろ!糞爺い!)
 一方的に自慢されてる。
 余計に憎たらしい、この笑顔。
 なんとかぶっ壊せないかと、箸でゴハンをかき集めながら頭の中で策を考える。
「こんな楽しいご飯は初めてかも」
 九藤さんの声が聞こえた。
 その表情は力が抜けていて、やっと彼女らしい柔和な笑顔を見ることができた。 
 しかし、特別に周りが何かをした訳ではない。それでも俺達にとっては極普通の時間が、彼女にとっては特別な時間になっている。
(やっぱり彼女はちせちゃんだ)
 その瞬間、罪悪感に似た感情がじわじわと湧き出てくるのを感じた。あの時の、約束を守れなかったという罪の意識が。
「お家じゃあ、家族とご飯を食べたりするの?」
 これが自分を更に責めようとする質問だと、分かっている。
「いや。お母さん、仕事で帰ってくるの遅いから……」
 やっぱり。
「それが普通だから、あまり気にしなかったけど」
 そう言って、九藤さんはご飯を一口含んだ。
「こんなにワイワイと会話がある中で食べるのは、学校でもないから……少しホッとしてるかも」
「『ホッと』?」
 伍賀さんが九藤さんの言葉に反応する。
 いつの間にか、伍賀さんの丼が空になっていた。
「人がいるってだけで、安心する」
 笑う。寂しそうに。
 俺はその笑顔を見て、彼女が歩んできた道を、状況を頭の中で想像してしまう。寂しい道だったと容易に頭の中に浮かぶことに、確信と共に罪の重みを更に抱かせた。
「そっか!じゃあ、これからは安心した生活が送れるね!」
 ニカッと笑う伍賀さんが眩しい。
 こんな時の彼は前向きで、羨ましく思う。
「え?」
「ここにいる限り、君を寂しい思いなんてさせないし、何よりも俺が側にいるから!」
 ん?
 ちゃっかり伍賀さんは九藤さんの左手を握り締めている。
 愛の告白に聞こえたのは俺だけだろうか。
「伍賀さん!なんか告ってるみたい!」
「ふふ。瀬田くん、男とは時に強引に行くものだよ。基本的にはジェントルマンでなければならないがな!」
「え、ちょ」
 なんだこの空気。
 伍賀さんが九藤さんと?んなまさか。
「でも」
 瀬田は普段と変わらぬ口調で言った。
「九藤さんと伍賀さんって血縁関係なんでしょ?男女としては無理じゃん」
「…………」
 伍賀さんは氷のように固まっている。
 時を見計らって、九藤さんはサッと手を引っ込めて、残ったご飯を食べていた。頬を染めることなく、彼女は何事もなかったような様子だった。
 なんだこれ。
「めちゃくちゃ面白いですね」
 みんなが。
 俺は腹を抱えて笑った。
 自分が悩んでいたことが馬鹿みたいだ。
「なっ!面白いとは何事か!!高島ぁ、表に出ろぃ!」
 わざとらしく音を立てて立ち上がった伍賀さんの口元にはご飯粒が。
 俺はテーブルに肘を立て、顔を乗せながら、伍賀さんのご飯粒を眺める。
「口にご飯を付けてる人と一緒に出たくないんですよね~」
 そう言うと、瀬田が盛大に吹いた。お陰でご飯粒が吹っ飛んでいった。なんと汚いことか。あの白い粒を見つけてしまったようだ。
「え?え?どこ?こっち?」
 伍賀さんは恥ずかしそうに顔を赤く染めて、ご飯粒を手探りで探す。しかし、ご飯粒がある反対側を探すものだから見つからない。
「高島隊長~!どこ~?!」
「左ほほの下側」
「あ!あった!」
 指で摘んだご飯粒をパクリ。
「ご苦労様です」
 労いの言葉をかけて、最後の一口を食す。
「あとで覚えてろよ」
「え」
 教えてあげたのに、この言葉。
 もう嫌になっちゃう。この人。
(いつもの事か)
 視線の先にいる九藤さんの控えめに笑う姿を見て、ご飯を飲み込んだ。

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