3 / 3
ごめんで済んだら神はいらない
しおりを挟む間違えちった、まちがえちった、マチガエチッタ。俺の頭の中で彼女の声がこだまする。目の前には舌を少し出してウインクする美女がいるわけだがこんなにも怒りが湧くとは。
つまりあれだ。俺は本来寿命を迎えるはずではなかったのにこの神のような女性に命を摘まれたわけだ。
しかもそれに飽き足らずどうやら似ても似つかわしくない小太りのおじさんと働き盛りの二十代を見比べて区別がつかず、勘違いしていたと。
そしてそのミスを「まちがえちった」の一言で済ませようとしている。
気は長い方だと思っていたが人生を唐突に終わらされてふざけた謝罪一つでは溜飲を下げるなんて到底無理な話だった。
だから抗議の意味も込めて謝罪には何も反応してやらず終始睨みつけていると、彼女もさすがに気まずさを感じたのかふざけたポーズはやめた。
そして
「間違えちった」
「ポーズの問題じゃねぇよ!」
ない胸を強調するかのような悩殺ポーズで再度謝罪で乗り切ろうとするので思わず突っ込んでしまった。彼女は驚いた様子で目を丸くしている。
あれで本当にいけると思っていたのか。
「えっと、1枚脱ごっか?」
「なんでそうなる! 何考えてんだあんた!?」
「いや、だって二十代の男の子なんて可愛い女の子を前にしたら怒りなんてどこかに行っちゃうでしょ?」
中学生かよ。
確かに魅惑的な美貌ではあるかもしれないが……。
そんな展開えっちなビデオだけで十分だ!
「だめなの? じゃあどうすればいいのかしら」
「どうすればって、……生き返らせて!」
当然の要求だと思った。しかし、妙なポーズを取ったまま固まっている。神は面倒くさそうに顔を歪ませる。やはり人を生き返らせるというのは神であっても禁忌の1つなのかもしれない。
だが、そうだとしても納得いくわけはなかった。社会人になって数年。仕事も面白くようやくこれからという時に死んでしまっていいわけがない。
「無理って言ったら怒るかしら」
怒る。
「ほんっとうにごめんなさい」
絶対怒る。
「反省しているわ。それに最初間違えちゃったことも申し訳ないと思ってます」
許すわけがない。
「あなたが赦してくれるまで謝ります!」
額を白い床に擦り付けている。はたから見れば顧客に土下座させられているコンビニ店員のようだ。
ちょっと可哀想になってきた。
「ちなみにだけど、生き返られない場合俺はどうなるんですか?」
ベタに言えば死後は輪廻転生か? 天国でゆったり過ごすんだろうか?
「えっと、転生か転移になります」
「詳しく教えてください」
「転生はその名の通り生まれ変わります。今回は特に、私に非があるので記憶を持ったまま生まれ変わることもできますよ!」
強くなってニューゲームみたいだな。本当に生き返られないのだとしたら、人生2周目として楽しむのはアリかもしれない。
家族と会えないのはさみしいがいつか顔を見るくらいはできるかもしれないしな。
「……まあ転生先は選べないのでミジンコになるかもですが」
「却下だ!!!」
ちょっとありかもと考えている俺に聞こえるか際どい声で言いやがった。危うく地獄の転生物語が始まるところだった。
となると転移一択になるが。
「転移は今のあなたのまま異世界に移ってもらいます。ちなみに行く先は決まってて剣と魔法が主流の世界です。あなたの世界で流行りの世界観の一つによく似ていますよ」
なるほど。異世界転移は面白そうだな。魔法を使ったり人間じゃない種族との交流、そして異世界飯は面白そうだ。
「……まああなたの世界の人間が身一つで放り込まれたら言語も分からず雑魚の魔物に殺されますが」
「やっぱりなしじゃねーか!」
なんて女だ。本当に神なのか。鬼畜すぎる選択肢ばかりじゃないか。
不服そうな俺に口を尖らせながら彼女は言う。
「文句言わないでよー。転生は記憶。転移は何か強力な能力をつけますからー」
「そんなお得なセットにされても騙されないぞ!……ちなみに能力って?」
口ではそういいつつもお得感には弱いのは人間の性だ。
「例えば超魔力とかどうですか? 強力な魔法を使い放題! 世界を征服し放題ですよー!」
「征服し放題ってあんた神様でしょ! ……でも魔法使いは悪くはないかな。それに生き返るのは難しいんだよね?」
「え?……ええ! 生き返るのはかなり難しいです。ので大人しく転生か転移をおすすめしますよ」
「ちなみに転生だと人間になる確率は?」
「0.00000001%ってとこですね!」
「転移でお願いします!」
結局転移一択だった。けどまあ異世界チートなら悪くはないかもしれない。人生これからってところだったけど異世界キャンプも悪くないしな。
「本当ですか! でしたら特別にキャンプ道具一式を揃えるのと、路銀、そして異世界の人間語を教えて差し上げます!」
「ありがとうございます」
もしかしたら優しい神なのかもしれない。言語も教えてくれるのなら転移したときに路頭に迷わなくて助かるな!
なんて親切な神様なんだろう。そんな思いすら抱きながら俺は神様から言語について教わった。
まさかの教科書とノートというアナログな方法での学びとなったが、この空間が特殊なのか腹が減ることもなければ排泄の心配もいらず、さらには疲労感がないので集中が途切れることなく取り組めた。
そんな状況下だからか100日ほど(神様曰く)で言語習得に至った。
そして旅立ちの日。
ムスビ様と相談のもと手頃な森に転移してもらうことになった。いきなり街の真ん中に転移させられたら無駄な騒ぎになるだけだし、勘違いで勇者やその一行にされては敵わない。俺は世界を救いたいわけじゃないからな。
だからといって転移した瞬間死んでしまうような過酷な環境では転移した意味がなくなってしまう。
なので森となった。
ムスビ様曰くただの森らしい。名前もない程度の森だから街に抜けるのも容易いに違いない。
数日キャンプ生活で体を慣らしてから街に向かって働き口を探そう。
俺は神様に頭を下げる。
服は神様がくれたキャンプ道具一式の中にあった深いカーキ色のシェルジャケットを羽織っている。防風・防水・防寒の三拍子がそろったハイエンドモデルで、胸元にはいくつもの止水ジッパーがあり、ギアを濡らさずに収納できるようになっている。その下には、ウール混の中間着フリース、さらに吸湿速乾性に優れたベースレイヤーがしっかりと重ねられていた。
パンツは、膝部分が立体裁断されたアウトドア用のカーゴパンツ。耐摩耗性に優れ、動きやすく、焚き火の火の粉にも強い難燃素材。足元には泥にも雪にも負けないハイカットのトレッキングブーツががっしりと足を支え、靴紐には反射素材が編み込まれている。
グローブは難燃性のレザーグローブ。手先の器用さを残しつつ、火を扱う際にも安全性を確保。左手の小指には、ほとんどの人が見逃すような極小のホイッスルが巻かれていた。いざという時のSOS用だ。
もちろん背負っている大容量のバッグはキャンプで必要なギアがぎっちり入れ込まれている。旅立つこの瞬間に渡されたため詳しい中身は確認していないがこれだけ優しい神様なのだから信頼していいだろう。
そして俺は頭を上げると歪められた空間に向かう。宙に浮かびそのねじれは飛び込むことで異世界へといざなうらしい。
「ムスビ様、死んでしまったときは正直不安でしたが、新しい異世界ライフを楽しめそうです。それじゃあ行ってきます!」
そして異世界への入り口に踏み込んだ。
「よかったわ! 生き返らせるのって手間だし上神にミスを報告しなきゃだから面倒なのよね。それじゃあ異世界ライフを楽しんでちょうだいね!」
転移に意識が薄れる最中、そんな声が聞こえた。異世界という不安と期待に満ちた世界に飛ばされる俺は
生き返れるんじゃねえか!
と声にならない大声を上げながら意識を手放した。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる