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序章

蘇る悪夢

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 唐突だけど、今俺はエリザさん宅の一室でめちゃくちゃ気まずい感じの中、母様に抱き締められています。
 医者と名乗るエドワルドなる人と、ほんの少し震えながら俺を抱く母様に挟まれて、この状況をどう終息させるべきか悩みまくってますよ、えぇ。

 思えば今日は朝から母様の様子がおかしかった。
 相変わらず寝床で俺を観察しているのは変わらずとも、何処かそわそわとして落ち着きがなかったのは記憶に新しい。

 どうしたのだろう? と疑問に思う中、唐突に聞こえてきたブオォォッという唸り声にも似た何かの音。
 それに意識を向ける暇もないまま、直後、俺は母様に拉致られて寝床を後にした。前にも似たような拐われ方をしたなぁ。

 離れていく俺に対して悲痛の声を上げるレティシアに心を抉られたのは言うまでもない。

 そうして街に到着して分かったことは、寝床で聞いた謎の音は誰かが母様を訪ねてきた事をお知らせする為の大笛の音だったらしい。
 つまり、母様は客人を出迎える為に飛び立った事になる。

 しかし分からないのが、何故拉致ってまで俺を同行させる必要があったのか。

 まぁその疑問は直ぐに解決した。
 客人の正体が医者だと聞いて全てを察したよ。ここ最近の俺を気にかける母様の動向から見るに、十中八九成長しない俺を心配しての事だろうと。

 で、結果的に俺が成長しないのは発達障害が関わっている説が濃厚となり、今こうしてどんより空気の中で抱き締められている。以上。


 …………い、言いてぇ! たぶん違うって言いてぇぇぇ!

 何でドラゴンの診察が出来る人なんて居るのとか、今にも泣きそうな母様を慰めてあげたいとか色々あるけど、とりあえず発達障害云々は関係無いと言いてぇ! 喋れないのもどかし過ぎるだろ!

 抱き締められながら、わたわたと手を動かしてどうにか伝えられないものかと奮闘してみても全て徒労に終わる。

 そんな時だ。

 《条件その6 嘘偽りの無い無償の愛を受けるを達成。最終条件を解放》

 「(おぁっ?)」

 またあの声が唐突に聞こえてきて体をビクリと震わせた。

 いい加減慣れろよと自分でも思う。でも毎回いきなりなんだから慣れるもクソもないだろ。そう思わない?
 って、そんな事はどうでもいい。それよりも気になるのは、今回の声はいつもと違っていた事。
 相変わらず条件自体は一貫性が無く、いったいどういう基準で選ばれているのか甚だ疑問である。

 しかし最後のは何だろう? 最終条件? 言葉をそのまま受け取るなら、最後の条件って事か?
 最後の……えっ、つまり次がスキルポイントを得る最後の機会!? ちょいちょいちょいちょい! 早くない!? 

 今しがた達成した条件を含めれば現在所有しているスキルポイントは4。無事に最終条件を達成したとすれば合計で5になるけど、もし万能言語を習得するのに5ポイントでも足らなかったら……?

 し、洒落になってない! 聞いてないぞ条件に限りがあるなんて! 一方的に喋ってないで、たまには助言の一つや二つあって然るべきだろ謎の声さんよぉ!

 「(最悪だ。呪いによって成長しない体だけでも相当に堪えるのに、極めつけはこんなに早く条件達成の頭打ち。
 ポイントが足りず万能言語を得られなかったら、それこそ本格的に詰む!)」

 マズイ、マズイマズイマズイ……!
 せめて呪いだけでもなんとか出来ないか? ホントに誰だよこんな傍迷惑な呪いかけやがった大馬鹿野郎は!

 い、いや諦めるな! まだ希望は残ってる。万能言語を習得するポイントが足りないと決まったわけじゃないのだから! 案外もう足りているかもしれないしな! きっとそうだ! そうであってくれ頼むから!

 となれば直ぐに確認すべきだろう。
 ちょっと胸を借りるぞ母様! いや別にやらしい目的ではなく、赤子故か胸を枕にして鼓動を聞きながらだと直ぐに眠りにつけるんだよ! 本当だからな!

 更に付け加えるなら主にレティシアのせいで最近寝不足気味でもある。俺が眠い時でもお構いなしにニャンニャンゴロゴロ甘えたい放題。寝れるか。

 だからレティシアの居ない今、眠りこけるには千載一遇の好機也! この時間に寝て謎空間に行けるかは賭け! 寝りゃ分かる!

 「ん、眠たいのか? いいぞ、ご飯の時間になったら起こしてやる」

 「これまで何度かドラゴンの幼竜は診てきましたが、ご子息は一段と可愛らしい。流石はシェラメア様のお子と言うべきでしょうか」

 「他の子達も素晴らしく可愛いさ。ただまぁ、イヴニアは長男だからな。そういう意味でもこの子は特別だ」

 前までの俺なら近くで人が喋っていると眠りになどつけなかった。しかし流石は赤子。
 全体重を預け、集中して母様の鼓動を聞いていれば、あっという間に瞼が重くなり始める。

 やがて母様とエドワルドさんの声も遠くなり、意識は闇の中へと溶けていった。






――……。






 「はい起きたぁ! 確認確認!」

 狙い通り俺の意識は直ぐに覚醒。周りは暗黒空間。目の前には最早見慣れた紋様さん。いつもの謎空間で間違いない。
 やはり夜限定ではなく、未使用のスキルポイントを所有したまま俺が眠りに付く事が此処へ至る条件みたいだな。

 普段なら「今日もパスで。えーっと、振り分け時間セレクトタイム終了」と言って目覚めるけど、今回ばかりは違う。
 というか改めて思うが、此処に来て直ぐに目覚めたとしても、現実では数時間経っているのだからつくづく不思議だよなぁ……。

 って、そんな事はどうでもよくて!

 「確か~下の~方に~? どこだどこだー!」

 紋様に触れてスキル一覧を開き、そのまま下へ下へと動かしていく。この操作もすっかり慣れたものだ。文字の拡大縮小も自在だし、そういう所は便利だ。
 肝心のスキルの効果が見れないし、目的のスキルを直ぐに見つけられないのは致命的だけどさ。

 「あーもう! あり過ぎ!」

 探せども探せども万能言語は見つからない。
 白い文字と赤い文字が入り乱れる中で目を凝らし続けるのはなかなかに辛いってのに! チカチカすんだよ!

 「あ、このスキルも気になるな……じゃなくて!」

 何やら身体創造と銘打たれた気になり過ぎるスキルを見つけたが、余計な考えは後回し! 今俺が見るべきは……!

 「見つけ! ……たぁ、けど……うん、そんな気はしてた」

 ようやくお目当てのスキルを見つけた。意識して探してみればこんなに下の方にあったんだな。

 万能言語。
 俺の記憶通りの名称でそのスキルは刻まれていて、そしてまた同じく記憶通りに万能言語は赤い文字のままだった。

 赤く記されたスキルは即ち、ポイント不足で習得不可の証。

 これでまた絶望へ1歩近付いてしまった訳だ。

 「最悪だ……」

 もう望みは謎の声が言っていた最終条件のみ。もしこれでポイントが足らなかったら、俺はこの先どんな顔をして生きていけばいいのだろう。

 このまま小さいままで、言葉を話す事も出来ず……俺を慕ってくれるレティシア達から迫害されないだろうか? あの優しい母に見捨てられはしないだろうか?






 『あんたなんか、産まれてこなければよかったのに』






 ああ、くそ。捨てられると考えた途端に忘れていた記憶が蘇ってきた。
 母様に愛され、レティシア達と過ごし、満たされた日常にいつしか記憶の奥底へと封じ込めていた光景が鮮明に浮かび上がってくる。

 憎悪に彩られた目で俺を睨みつけるアイツクソ親の顔と言葉が嫌でもチラつく。

 『お酒代、出しなさい』

 うるさい。

 『これだけ!? ふざけんじゃないわよ! このグズ!』

 うるさい。

 『満足に稼げもしないの!?』

 うるさい……。

 『服でも何でも売ってお金に替えてこい! 用意できないなら盗んででも稼げ!』

 うるさい……!

 『誰がアンタみたいな役立たずを産んでやったと思ってるのよ!!!』

 「うるさいっ!!! 黙れよぉっ!!!!!」

 座り込んで目を閉じ耳を塞ぎ、鳴り止まぬ幻聴を必死で振り払おうともがいても、その雑音は鳴り止むどころか激しさを増すばかり。
 
 俺はお前の道具じゃない! 俺は生まれ変わったんだ! もうお前に縛られてたまるか! 引っ込めよ!
 お前が望んだ通りに役立たずは死んだだろ! お前が殺した! ならもういいじゃないか! 頼むから放っておいてくれよ!

 『誰もアンタなんか望んでないのよ』

 「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 この声が聞こえなくなるならそれでいいと、力強く地面に頭を打ち付けた。痛みで少しだけ薄れるアイツの声に、これ幸いと何度も打ち付ける。

 他に何も考えられなかった。ただただ逃れたくて、アイツを追い出したくて、一心不乱に頭を振って――。





 『それ以上はやめてください。貴方の魂が壊れてしまいます』

 「はぁ……! はぁ……! ……っ?」

 幾度となく頭を打ち付けていた時、不意に聞こえてきたのは明らかにアイツとは違う女性の声。
 その声はすぐ後ろから。どこか聞き覚えのある無機質な声の主を確かめるべく、意識が飛びそうになる中で肩越しに後ろを振り向いた。

 『自傷行為は只愚か、と言っておきます』

 そこに居たのは、黒い瞳と長い黒髪を持った女性。
 サヤさんが着ている変わった服装によく似た物を身に纏い、まるで人形態の母様を黒く染め上げたような出で立ちの彼女は、只管に無感情な眼差しを俺に向けていた。

 瞳に光は無く、しかし濁ってもおらず。どこまでも無機質だ。

 あれだけうるさかったアイツの声は、いつの間にか消えていた。

 「……誰?」

 間抜けな問いかけだ。

 本音を言えば何者か以外にも色々と聞きたい事はあるが、真っ先に口をついて出てきたのはそんな疑問。

 女性は特に気にした風も無いまま、淡々と答えた。

 『不本意ながら貴方の魂に刻まれた呪いの正体、とでも言っておきましょう』
 
 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
 いや落ち着いていたとしも理解できたかは怪しい。……今彼女はなんと言った? 呪いの正体だって?

 つまり、それって!

 「なるほど、アンタが俺に呪いをかけた張本人って訳か!」

 『いいえ違います』

 ……あれー?




――――



あとがき。

目指せ書籍化!
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