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序章

母の愛とは

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 今の私は満たされている。これ以上ない程、こんなにも幸せに満ちた生活は今までに無かった。
 ただ我が子がいるだけの生活。それだけで私の日常は華やかに彩られた。

 イヴニア、レティシア、ディーヴァ、ヒューリィ、ダリウス。

 私の可愛い子供達。

 ヒューリィとダリウスは本当にヤンチャで、聖皇竜である私を振り回してばかりだ。底なしの元気に疲れる事もしばしばあるが、それ以上に微笑ましい。

 ディーヴァはよく甘えてくれる。赤子であるのにイヴニアに次いで私を気遣ってくれる優しく賢い子だ。
 最近では泣く頻度も減ってきており、成長を感じさせてくれる姿は嬉しくもあり寂しくもある。

 レティシアは相変わらずお兄ちゃんが大好きで、四六時中イヴニアにベッタリな甘えん坊。我が子の中では唯一の女の子だから、私にももっと甘えてほしいんだがな。
 たまに兄を慕う以上の感情を感じる事もあるが……それは流石に気のせいだろう。

 最後に、長男であるイヴニア。
 この子は本当に賢い。いや天才と言っていいだろう。私が何かを教えずとも、自ら率先して驚くべき行動に出る事が多い子だ。他の子とは間違いなく何か違う物を持っている。
 その行動で私を驚かせたのは一度や二度ではない。どこか数十年を生きてきたかのような風格すら感じる事もあるくらいだ。


 ……さて、そんな自慢の子供達の中で、ここ最近私が頭を悩ませているのが、他ならぬイヴニアである。
 別にイヴニアが何か悪い事をした等は一切無く、変わらずいい子でレティシア達の面倒を見てくれる素晴らしいお兄ちゃんで叶うなら1日中ペロペロしたいくらいかわい――……こほん、まぁなんだ。とにかくいつも通りだ。

 そう、そこだ。いつも通り過ぎる。
 レティシア達は順調に成長している反面、肝心のイヴニアは一番早く産まれてきたにも関わらず、身体がまるで成長していない。

 親として心配するのは当たり前であり、最近は毎日イヴニアの様子を観察している程だ。
 しかし成果は上がらず、原因は分からないまま。

 状態異常や発動スキルを見抜く私のを以てしても、イヴニアに異常は見られなかった。

 いや、そんな訳がない。事実、イヴニアの身体は成長していないのだから、何かしらの障害が成長をせき止めているのは間違いないんだ。
 しかしそれが何なのかすら分からない。我が子の異常の原因すら突き止められない。何と無力な母親なのだろうか。

 私は少し、子育てというものを甘く見過ぎていたのかもしれない。

 「ふぅむ……ふむふむ」

 「ど、どうだ?  やはり何かの病気ではないか?」

 度々邪魔しているエリザの家の一室を借りて、私は向かいに座る1人の初老男性に問い掛けた。
 男の前にはイヴニアがちょこんと座っており、先程から様々な検査を受けている。今回ばかりはレティシアにも我慢してもらって、イヴニア以外はお留守番だ。

 私1人に出来る事にも限界はある。
 調べ、考えても分からぬならば他を頼ろう。

 その結論に至った私は、竜王国内でも特にドラゴンの生態に詳しい旧知の医者を街に呼び出した。
 長旅で疲れているだろうエドワルド医者を労う暇もなく、私はイヴニアを抱え直ぐに診察を頼み込んだ。

 どんな結果が出ようと後で精一杯の感謝はするつもりだ。だから今は、イヴニアを優先してほしい。

 竜王国の王としてではなく、ただ1人の母として。藁にも縋る思いで私は今か今かとエドワルドの答えを待っていた。

 ……そして。

 「いやはや、これは驚きですシェラメア様」

 「っ! 分かったのか!? 原因は!?」

 「いえいえ、ご子息は驚くほど健康体そのものですよ。鱗の艶も良く、目や口の中といった粘膜の血行も正常。脈拍も問題なし。意識もしっかりとして、体温等も幼竜の基準値内。
 医療用魔導具・・・を使って隅々までチェックしましたが、頭のてっぺんから尻尾の先まで健康体。魔力量も微々たるものですので、魔力暴走が原因でもないでしょう」

 「回りくどい! つまりどういう事だ!」

 「一言で言えば原因不明、としか」

 「っ……! そう……か……」

 正直そんな事ではないだろうかと思っていた。
 そもそも、さっきも言ったように私の眼を用いても分からなかったのだ。人よりドラゴンに詳しい程度のエドワルドに分かる道理もない、か。

 いや、そんな言い方は良くないな。エドワルドは精一杯やってくれたのだ。感謝こそすれ落胆するのは間違っている。

 ……だが、分かっていた事とはいえ、言葉にされるとなかなかに堪えるな。

 「お力になれず申し訳ありません」

 「いや、いいんだ。お前はよくやってくれたよエドワルド……本当に」

 ああ、ダメだ。自分でも驚くほど声に張りが無い。

 エドワルドとイヴニアの視線を感じる。
 今の自分をあまり見られたくはないと、私は無意識に視線を逸らしてしまった。

 結局、振り出しか。

 「……一つ、可能性の話にはなるのですが」

 ふと、エドワルドがイヴニアを抱き抱えて言葉を漏らした。期待はできないと思いつつも、意識だけはそちらへと向け、次の言葉を待つ。

 「発達障害という言葉に聞き覚えはありますかな?」

 「発達障害?」

 「はい。主に人間に時折見られる症状です。生まれながらにして他よりも成長が遅い者、或いは精神の発達が遅れている者を総称して発達障害者と私達は呼んでいます。
 ドラゴンが発症する等という前例はありませんので参考には成り得ないでしょうが、この世に絶対は無い。ごく薄い部分をご子息が引いてしまった、とは考えられませんか?」

 「! そうか、生まれ持った性質だからこそ私の眼に引っ掛かる事もなかった……? 確かに可能性は大いにある。
 盲点だったな。それで、治療方法は?」

 「仮にご子息が発達障害であるならば、残念ながら治療方法はありません。向き合って生きていく他ないでしょう」

 希望を見い出した直後に頭を思い切り殴られたような気分だった。
 原因が分かったかと思えた矢先に突き付けられた非情な現実。無意識に涙が零れ落ちそうになるも、私はそれを必死に我慢した。

 違う。まだ決まった訳じゃない。これはあくまでも可能性の話だ。今から悲観してどうするシェラメア!

 エドワルドの言う通りだとしても関係無い!
 イヴニアが何を背負っていようと、子が生きていくのを助け導くのは母の務め! この子に何が起ころうとも、私がそばで支えてやればいい。

 イヴニアは可愛い我が子なのだから。

 「おいでイヴニア」

 エドワルドからイヴニアを受け取り、優しく抱き締める。
 きっとイヴニアは何の事だか理解できていないだろう。

 それでも、何も怖くない、心配はいらないと小さく囁きながら、私はしばらくイヴニアの背を撫で続けた。






《条件その6 嘘偽りの無い無償の愛を受けるを達成。最終条件を解放》




――――



あとがき。

目指せ書籍化!
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