秘密の異世界交流

霧ちゃん→霧聖羅

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第二夜

★萌え

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 ちょっと調子に乗ってやり過ぎてしまったらしい。
基礎クエストを10回やると、初級クエストがやれるようになるからと言う話をしながらギルドに向かう道中も、リリンは視線を合わせようともしてくれず、手も繋いでくれなかった。
ただ、ちょこちょことこちらを窺う時に目が合うと、頬を赤くして視線を逸らす姿が可愛らしい物の、最低限の必要事項しか話してくれないのがめちゃくちゃ寂しい。
私は彼女の声も好きなのだ。高過ぎず低すぎもしない彼女の声は、私の耳に心地よく響く。
彼女の声が聞きたいなと思いながら、しょんぼりと彼女の後に着いて歩く。
今はちょうど10回目のクエを請けに行くところだ。

「リリン……?」

 先に歩いていた彼女が不意に立ち止り、反応が遅れた私の胸に彼女の肩が当たる。
やっと機嫌を直してくれたのだろうか?
少しの期待を込めて彼女の名を呼ぶ。
やっと私の方を見てくれた彼女は、困った様な顔をしてネコミミを伏せていた。
困った顔も可愛い。

「リリン?」

 困り顔をしながら、唇をむにむにと何か言いたげに動かすのを覗き込むと、ちょっと彼女に後ずさられる。どうすればいいのかと、伸ばしかけた手を戻して首を傾げると、やっとリリンの口から言葉が紡ぎだされた。

「あのね、その……。」
「うむ……?」
「痛くしちゃったのはゴメンネ?」
「……うむ……。」
「でもね、ああいうのは、ああ言うところでしちゃダメ……。」


『ああいうの』……。
「ああ言うの」と言うのは、彼女の耳を甘噛みした件だろうか?
それを人が多いところでしたのがいけなかったのか。


 成程と納得しながら、その時の事を思い出したらしく、うっすらと頬を染める彼女をうっとりと見つめる。チラリと周囲に視線を向け、プレイヤーらしい姿があまりないのを確認してから、身をかがめて耳元で囁く。

「では、ここでなら?」
「にゃ?!」

 耳と尻尾をピンと立てて、周りをきょろきょろ見回す。

「い・今……?」
「ダメかね?」
「だ……めじゃ……ないけど……。」
「では、少し軽めに?」
「……軽め?」

 私の言葉に不審そうな声を彼女が上げると、そのネコミミが落ちつか無げにパタパタと動く。
本来の彼女にある器官で無いのは分かっていても、こうやって動かれると触りたくなってしまう。
コレは、どういう原理でかは分からない物の、彼女の気分に反応して動いているのだ。
表面上は気の無いフリをしていても、気になる事があると耳はピクピクしているし、尻尾はゆらゆらとそちらに向かって揺れている。

「!!」

 私の視線を追ったリリンが、頭と尻尾をパッと押えて真っ赤になってわめき声を上げた。

「アルの野獣!!! 耳も尻尾も、お触り厳禁!!!」
「なんと……。それは生殺しと言う物ではないかね?」

 シャー!と、威嚇の声を上げる彼女は毛が逆立っていて思わず目を丸くする。
私の世界のヒト族は、怒った時に毛が逆立ったりはしない筈だ。
……ネコ耳族はどうなのかは知らない。
私の工房にも1人いるのだが、今度聞いてみよう。

「地球世界では、怒ると『シャー!』と言う声が上がって、毛が逆立つモノなのかね?」
「ほえ?」

 手近なところで彼女に聞いてみると、逆立っていた毛が元に戻った。

「今、そんなことになってたん?」

 キョトンとした顔で逆に訊ねてきた彼女に頷くと、面白そうに目を輝かせて自分の尻尾や耳を検め出した。既にその頭の中から、先程の『野獣』発言につながったアレコレは無くなっているように見える。

「猫って怒ったり、威嚇したりする時に毛を逆立てて、『フー!』とか『シャー!』とかっていったりするんだけど……。そういうの??」
「ほう。」
「アルのところって、猫居ないの?」
「君のところの様に、愛玩動物と言うのは居ないな。それに、にゃんこ様は猫神様からの御使いだから普通に生活していると出会う事はまずない。」


次に機嫌を損ねたら、彼女の気を惹けそうな話題を探す事にしよう。


 あっという間に、昨晩と変わらぬ状態になった彼女を見ながらこっそりとそう決めた。
対策が立てやすくてとても助かる。

「ほみょほみょ。そうなんだ。」
「猫人やネコ耳族という種族は存在するのだが、身近にはネコ耳族が1人居る位だな。」
「猫人とネコ耳族ってどうしがうん??」
「猫人は、にゃんこ様をほぼそのままに2足歩行にした姿らしい。」
「ほむほむ。」
「ネコ耳族は、今の君の姿だな。」
「にゃんと!」

 彼女はそれから、ギルドに向かう道中でずっとネコ耳ネコ尻尾の『萌え』について語り続けてくれた。
手を繋いてくれたのは嬉しかったものの、ちょっとだけその『萌え』話には困ってしまう。
私にとっての『萌え』は彼女だけなのだ。

「いいよね~! ネコ耳ネコ尻尾……!」

 求められた同意に、私は曖昧な返事を返した。
彼女に、私の世界に来るアテが無くて良かったと心から思う。
ネコ耳族の男に彼女を取られでもしたら、絶対に立ち直れないだろうから。
私は秘かに、なんとしてでも地球世界へと行く決意を固め直した。
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