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ホラー君襲来

590日目 欲しい言葉

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 気付かなければ良かった。
心の底からそう思う。
でも、気付いてしまった事はどうしようもなくて、わたしは重いため息を吐く。
そのため息で、トーラスさんは今が深夜だと言う事を思い出したみたいだった。

「今日はもう遅いからな。」
「そうね、もう休まないといけない時間ね。」
「そうだ! 今日は、怖い思いもしただろうし、お父さん達と一緒に……」
「今日は、お許しが貰えるならアスラーダさんと一緒に居られたら嬉しいんですが……。」
「え? あ、ああ……そうだな。今日位は良いんじゃないか?」

 ひどくあっさりと許可が出て、逆に驚いて聞き返してしまう。

「え、本当に良いんですか?」
「どうせなら、俺達にも甘えて欲しいとは思うが……付き合いの長さもあるしなぁ……。」

 私の問いに答えながら、段々としょんぼりとしてくる姿を見ていたらついついこんな言葉が口を吐いて出てしまった。

「あの、じゃあ、明日って事で……。」

 ソレを聞いたトーラスさんとミーシャさんの顔を見ていたら、私までなんだか嬉しくなってしまって、ちょっとだけどうしたらいいか困る。
そんなに、喜ぶなんて思ってもみなかったんだよ?


……本当のお父さんとお母さんだったら良かったのに。


 だから、つい、そんな事を考えてしまった。
そして、そんな事を考えたせいで自分が『両親』と言う物に対して、ひどく強い憧れがあったと言う事にも気付いてしまった。
……今日は、気付きたくなかった事にばっかり気付く日だ。
もしかしたら、厄日と言うヤツかもしれない。
本日、何度目になるのか分からないため息を吐くと、部屋へと向かいながらアスラーダさんの横顔を見上げる。
彼が、何を、どこまで知った上でここに居てくれるのだろうかと、そう思った。




「……それで?」
「え……?」

 灯りを消した部屋のベッドの上で、彼の腕に囲われながら魔力灯をポワポワと浮かべていたら、急に問いかけられて戸惑う。
アスラーダさんは、少し眉を寄せながら私を見詰めていた。

「それで、ですか?」

 首を傾げると、両手で頬を包み込まれる。
暖かい手に包まれると、ちょっと気持ちが良い。
私が目を細めると、アスラーダさんは私のおでこに自分のソレをコツンと押し当てた。
少し伏せ気味の瞳が、不安げに揺れる。

「何があった? 道中はいつも通りだったのに、ここに戻ってから、様子が変だ。」

 小さな声で為された問いに、心臓が跳ねた。
同時に、やっぱり敵わないな、とも思う。
アスラーダさんは、すぐに私の隠し事を嗅ぎ分けてしまう。

「トーラスさん達が、本当の両親だったら良かったのにって、そう思ってました。」

 無言で、「それじゃない。」と訴えてくるのに、自分の喉から変な音が漏れた。
笑おうとして、失敗した音だ。
それまで、必死に止めていたものが堰を切ったかのように溢れだす。
私は、泣きながらアスラーダさんに自分の不安な気持ちをぶちまけた。
それは、嗚咽交じりできちんと言葉にする事が出来なかった部分もあったけれど、彼は私の事を胸に抱き寄せて背中を撫でながら全部聞いてくれて、その優しい手が私を安堵させてくれる。

「……お前が、たとえ誰だって、関係ない。」

 涙が止まってきて少し落ち着いた頃合いで、アスラーダさんがそっと囁いた。

「俺は、ただのお前自身が欲しい。」

 そう口にしながら、羽の様に軽い口付けを瞼に落とす。
何度も何度も。
繰り返されるその行為が、アスラーダさんの気持ちを教えてくれる。
その内、そのキスがくすぐったくなってきて、私は笑いだしてしまった。

「アスラーダさんは、やっぱり凄いな……。」

 笑った事によって再び出てきた涙を拭いながら、ポロリと本音が口をついて出る。

「いつも、私がちゃんと立てる様にしてくれる。」
「……お前は、俺が居なくてもいつも1人で立つだろう。」
「買い被りすぎです。」
「そうか?」
「そうですよ。」


アスラーダさんは、私がその時々に一番欲しい言葉をくれる。
今だって、そう。
だから、前を向き直す事ができる。


 でも、ちゃんと周りを見るなら、アスラーダさんに限らず私の周りには、『リエラ』を大事にして助けてくれる人達が沢山いる。
たまには厄介事も起こったりするけれど、私の周りには優しい人が沢山いてくれて、笑顔に溢れてて。
だからかな?
無意識の内に、『害意』のある人も世の中には居るんだって言う事を時々忘れそうになってしまう。
何せ、あの王都代表とも今では文通している位だし。
グラムナードに行ってから明確な敵意を向けられたのって、考えてみたらあの人達が初めての事だったような気がする。
手紙を返しながら、何であの時は、あんなに攻撃的だったんだろうと呟いたら、路頭に迷いかけてたからだろうとコンカッセに指摘されたのはちょっと恥ずかしかった。
そういや、そういう感じの事言ってたよね、あの時。

 それにしても、今回のは完全に犯罪案件だったなぁ……。
後を任せて来てしまったけど、アッシェ達は大丈夫なんだろうか?

「ああ、報告係が来たな。」

 さり気なく頬にキスを落としてから、ベッドを抜け出してバルコニーに通じる窓を開ける。
細めに開いたそこから、小柄な体が入り込むとすぐに締め直す。
すぐに、ベッドに身を起こした私の側に戻って来ると、ベッドの端に腰掛けて入ってきた炎麗ちゃんをその隣に座らせた。

「アッシェ、怖すぎ。」

 炎麗ちゃんは、そう言うと体を震わせた。

「取り敢えず、リエラはもう安全だと思う。速報終了! 俺、もう寝るわ。」

 彼は言うだけ言うとベッドに潜り込んで丸くなってしまった。
戸惑いながらアスラーダさんを見ると、彼の方からも同じ様な視線が返ってきた。

「……明日、詳しい話が聞けるだろうから寝るか。」
「そうですね。」

 仕方が無いので、その日はアスラーダさんを真ん中に3人で川の時になって眠りに就いた。
アッシェってば、炎麗ちゃんがあんなに怯える様な何をしたんだろう?
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