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異世界の穴

651日目 協力します

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「君が義姉上になるのがこんなに早いとは思わなかった。」

 疲れきった様子で、彼は額を抑える。
昨日の夕食の時に、離れた席に居るのを見た時も思ったけど、やっぱり顔色が良くない。
いくら異世界とやらに行きたいと言っても、流石に根を詰め過ぎなんじゃないだろうか?
異世界への道をひらく事が出来ても、体を壊していては意味がないと思う。

「煮詰まってますね……。」
「正直なところ、もうどうしたらいいか分からない。」

 アスタールさんは暗い声でそう呟きながら天井を仰ぐと、ソファに背を預けて目を閉じる。
私に話を持ち掛けてきた3年位前の時には、後もう少しだと言っていたのに。
彼の計画が、思う通りにいっていないというのは薄々気付いてはいたけれど、正直こんなに追い詰まっているとは思わなかった。

「このまま、私だけ幸せになるのはなんだか申し訳ないですね。」
「……リア充爆発しろ。」

 最近、コンカッセが言わなくなった言葉がアスタールさんの口から飛び出す。
そういえば、この言葉がどういう意味なのかずっと聞きたかったんだよね。

「それ、良くコンカッセが言ってましたけど……どういう意味なんですか?」
「コンカッセ……?」
「銀髪ツインテールの……。」
「ああ……。」

 薄目を開けて、問う様にチラリとこちらに視線を向けたアスタールさんは、それを聞いて納得した声をだした。この人、私の後に入ってきた弟子の名前は殆どまともに覚えてないんだよね……。
認識はしているから、分かりやすい特徴……三つ目族だよ、とか、ネコ耳族だよとかを付け加えるとどの人かは分かるらしいんだけど……。同じ弟子仲間としては、彼等の事もちゃんと覚えて欲しいところだ。
でも、本人が必要性を感じない限りは、覚えはしないんだろうなぁ……。

「『こんちゃ』、か。彼女には『イチャイチャしている2人が羨ましい』と言う意味だと説明した。」
「……もっと、怨嗟がこもった言葉に聞こえますが……?」

 想定よりはすんなりと通じたけど、その言葉は絶対、そんな可愛らしい言葉じゃないと思う。
彼の返してきた言葉の疑わしさ加減に思わずジト目になると、ため息混じりに本来の意味だと思われる言葉を口にした。

「多分……『お前ら妬ましい。死に腐れ!』が近いのではないかと思う。」
「ひどい呪いの言葉じゃないですか。全く、可愛い一番弟子に掛ける言葉だとは思えないですね。」

 呆れてそう返すと、気まずげに視線を逸らす。
口にしてからの耳の動きを見る限り、意味を説明するまでもなく口にしたのを悔んでる雰囲気だったから、自分でもあんまりな言葉だと思ってたんだろう。
後悔する様な言葉なら言わなければいいのに。
漂う気まずい空気を吹き飛ばす様に、大きくため息を吐くと、彼の耳が肩につく程にだらんと垂れる。
お説教が始まると思ったみたいだけど、ちょっと違います。

「本当にどうしようもないお師匠様ですね? 仕方がないので、大事な大事なお師匠様の為に、不肖の弟子も協力しますよ。どうすればいいか、一緒に考えましょ?」

 呆れ交じりの声で協力を申し出ると、彼の目が驚きの為いつもよりも見開かれる。 

「……本気、かね?」
「ええ、勿論。『共犯者』としては、1人で幸せになる訳にもいきませんから。」
「正直、助かる……。」

 そう言いながら閉じた目から涙が一筋流れた。

「ああもう。いい年して泣くもんじゃありませんよ?」

 ハンカチを出して拭ってやると、スンと鼻をすする音が聞こえた。

「それじゃ、研究対象を見せて貰いましょうか。」
「うむ……。そういえば、君はいつまでいるのかね?」
「式の準備があるので今回は明日になったら帰りますけど、ちょこちょこ来るようにします。」

 私の要請に頷くと彼は先に立って、異世界に行く為に育てているという賢者の石の置かれた部屋に向かう。最初は、ただ単純に賢者の石を育て続けたらどこまで大きくなるのかと、面白半分に育て続けてたらしいんだけど、彼が12歳の頃に異世界の情報が覗けるようになったのが発端だったらしい。
そこで、その情報を読み解くついでに文通相手と恋愛関係になったというのがなんともぶっ飛んだ話だけど……アスタールさんだからという事にしておこう。
弟子を急に採り始めたのも、異世界に行くための準備の一つだったって言われた時は開いた口が塞がらなかったけどね……。危うく、グラムナードだけを押しつけられるとこだったらしいと知った時には思わずアスタールさんの頭を叩いたなぁ。
私だって、アスラーダさんの事が無かったら、アスタールさんの後継者になんてなりたくもないし。
その話をしに来た時にラエルさんが居なかったら、肝心の理由はぼかすつもりだったみたいだし。……そう考えると、アスタールさん酷いな……。

「君の生活に支障のない範囲で、助言だけ貰えればいい。」
「それだけでいいんですか?」
「うむ……。別の視点からの意見が貰えるだけでも大きい。」
「ラエル先生は……。」
「さっさと諦めろと。」
「ですよねぇ……。」

 そうか。ラエルさんはとどめを刺す方を選んだのか……。
アスタールさんの話を聞いて、滅茶苦茶怒ってたし、仕方ないのかもしれない。
そう考えながら、アスタールさんに連れられて部屋に入った私は息を呑んだ。


まさか、ここまでだとは。


 結構な広さを誇る、グラムナード錬金術工房の1フロア分の敷地を半分は使っているだろうと思われる大きな部屋をその賢者の石は覆いつくしていた。
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