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セリス

喜び一つ

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 アスタール様が帰還されたのは、出発から1カ月を少し過ぎた頃だった。
もう、春の三日月の半ばを過ぎた頃だから、予定よりも少し早い帰宅だ。
疲れた様子のアスタール様の部屋に、疲労回復の効果のあるハーブティーを淹れて持って行くと、そのまま部屋に通されたので話を聞かせて貰う事にした。

「今回の首尾はいかがでしたか?」

 私が問うと、少し満足げな笑みが帰ってきた。

「まずまず、と言ったところだろう。」

 そう言いながら慎重にお茶を口にする。

「…帰ってきたという実感がわくな。」

 そう言いながら、目を閉じてお茶の香りを暫く楽しんだ。

「二人、有望な子供を見つけた。」

 暫くそうした後、ぽつりぽつりと今回の旅の話を始める。

「エルドランの町で一人。王都クレスタで一人。どちらも女児だ。」
「女の子…ですか。」

 それを聞いて、少し期待に胸が高鳴る。

-12歳だと、妹とそんなに年が変わらないけれど私が作った服を着てくれるかしら?

「ただ、王都で見つけた娘の方はこちらに来るのには時間がかかるかもしれない。そもそも、来れるかどうかも判らないな。」

 アスタール様はソファにもたれかかってため息を漏らした。
大分お疲れの様だし、ここが潮時ですね。

「そうですか。大分お疲れのようですし、続きはまた明日にでもお聞かせ下さい。」

 私がそう言うと、重そうに瞼を押し上げて頷いた。
重い腰を持ち上げるのを確認すると、ティーセットを片づけてアスタール様の部屋を退散する。
そうそう、最後に一言言っておかなくては。

「きちんと寝台でおやすみくださいね?アスタール様。」

 そう言って戸を閉めるとき、微かに笑う声が聞こえた。


 エルドランから、その子が着いたのは春の三日月も終わりに差しかかった、24日の紅月の日の夕方でした。アスラーダ様が丁度旅から戻られて、帰りの道中で請けた護衛任務でそれらしい娘さんが居たと聞いていたところで砦から、紹介状を持った商人の男性と少女が来たとの知らせが来て、アスタール様が迎えに行かれました。
その日の夕飯はその子も一緒に食べるのかと思って用意をしていたものの、思っていたよりも時間が経ってからアスタール様が連れてきたその子を見て驚きました。
隊商に同行しての長旅にすっかり疲れきっていて、濃いめの青いその瞳は今にも落ちてきそうな瞼で半分閉じかかっています。
必死にその、重そうな瞼を持ち上げながら丁寧に挨拶を返してくるその様子に、胸がキュンとしました。
 大急ぎで彼女の為に整えた部屋に連れていき世話をして、私が部屋を出ようとする頃には彼女はもう、夢の世界に旅立ってしまっていました。
閉めたばかりの戸に寄り掛かって、彼女の暗めの赤毛に映えそうな色は何色かと思いながら似合いそうな服があったか記憶を手繰ってみました。
着て来ていた服は、グラムナードではあまり適当ではなさそうだったので総取り替えが出来そうです。
後で倉庫を覗いてみて、足りなそうな物は今夜のうちに作ってしまおうと決めると、報告の為にアスタール様の元に向かいました。
取り敢えず、明日は好きなだけ寝かせてあげないと。

 翌日、ちょこちょこ彼女の様子を見に行ったものの、よっぽど疲れてしまっていたのかみんながお昼ごはんを食べ終わっても目を覚ます様子がありませんでした。
昨晩は軽くしか食べていないので、目が覚めたら流石にお腹が空いてるでしょうし、もし起きていたら一緒に食べれるようにと二人分の食事を持って部屋を訪ねました。
念の為ノックをしてみると、中から返事が返ってきてリエラちゃんが戸を開けてくれます。

「おはようございます。良く眠れたみたいで良かった。」

 そう言って微笑むと、昨日も食事を食べるのに使った作業台に食事を並べました。
恐縮しまくるリエラちゃんを食事の前に座らせると、私も隣に座ってパンを手に取って一緒に食べる意思を伝えました。

「お昼は一緒に食べようと思って、私の分も持ってきたの。一人で食べるのは味気ないものね。」

 そう言って笑いかけると、少し嬉しそうなはにかんだ笑みが返ってきました。
流石にまだ緊張してるみたいだけど、図々しい子よりもずっと好感が持てます。
アスタール様と話し合った結果、今日から3日間は休養日だと伝えると戸惑っていたものの、素直に頷いていました。
 お昼ごはんを食べ終わってから、リエラちゃんの持ってきた荷物を検めると、色々足りなかったり交換した方が良かったりする物がでてきたので二人で倉庫に向かいました。
持って来ていた服は1着だけで、きちんと洗濯はされていたものの継ぎが当たっていたので、すぐには捨てなくても良いものの、そのうち処分する事になりそうでした。それがなくても、ここの気候に適したものとは言い難かったので全部倉庫に仕込んだ物と交換する必要がありますね。
昨日の晩、せっせと作った外套やらなんやらが無事日の目を見る事になって嬉しい限りです。
必要な物を探したり、リエラちゃんに試着をさせたりしている間にあっという間に夕飯の準備を始めなくていは行けない時間になってしまったのは残念でしたが、夕飯の時に早速ワンピースに着替えて来てくれたので喜んでもらえたのが良く分かりました。
モスグリーンを基調に作ったワンピースが良く似合っているし、その上、彼女の嬉しげでいながら照れくさそうな笑顔に思わず頬が緩んでしまいます。
ああ、昨日の夜頑張った甲斐がありました。
願わくば、この子がこの町に馴染んでくれますように。
リエラちゃんの遠慮がちな様子を見ながらそう願わずには居られませんでした。
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