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現状把握

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明け方に、違和感を感じて目が覚めた。
誰か…アルが、圧し掛かるようにして暗闇の中でその金の瞳を細めてる。

「…りりん……?」

 幻だったのならば消えてなくならないようにとでも言うように、小さな小さな声で口から漏れた問い掛けは、すこし掠れてた。

「うん。」
「りりん?」

 確認するように、もう一度。
震える手が、頬を包む。

「…りりん……?」

 瞬いた瞳から、ポツリと熱いしずくが零れる。
額をあわせるようにして、目を閉じると彼は静かに泣き出した。

「怖くて、悲しい思いをさせてごめんね。」

 震える彼の体をそっと抱きしめ、囁きかける。

「でもねぇ、『藤崎りりん』は、死んじゃった。」

 そう告げたのは、彼の体の震えが収まってから。
彼は、静かに身を起こしてわたしを悲しげに見詰める。
感情表現豊かな耳が、悲しみを示して力無く肩に垂れた。

「悪い夢だったら、どんなに良かった事か。」
「そうだねぇ。」

 おどけて肯定すると、暗闇の中、不満げに鼻を鳴らす音が響く。
灯り採りの窓が小さくて部屋の中は殆ど物が見えない状態だ。
眠る前には点いていた灯りが消えているから、私にはお手上げ状態。
少し離れてしまったら、彼の金の瞳も見えなくなってしまった。

「ね、アルの顔が見たい。」
「今は嫌だ。」
「ケチタール。」

 プーッと膨れてそう言うと、面白がる雰囲気が返ってくる。
それから、わたしから離れて居住まいを正して口を開く。

「確かに、地球世界での姿と、今目の前に居る君の姿はずいぶんと違うものだ。『藤崎りりん』は、確かに死んだのだろう……。だが、今君がここに居ると言うことは…私は、君の魂をいずこかからかどわかして、賢者の石に受肉させたのだね?」

 ややあって、彼から投げかけられたのはずいぶんと正確な現状の確認の言葉だった。
思わず黙り込んだまま、彼の声の方に顔を向けて固まっていると、「意識を失う直前の出来事だったから。」と言う言い訳じみた言葉が続く。

「ばっさり・きっちり、取り繕わずにあったことをそのまんま説明されるのと、やんわり・ふんわり、オブラートに包むように説明されるのとどっちがいい?」
「ばっさり・きっちりで頼む。」

 本人の希望にしたがって、私は説明を始めた。
流石に寝転がったまま、真面目な話をするのはなんなので、ベッドに正座して。
 話した内容は、私が死んだところから暴動が起きそうになってリエラちゃんがそれを治めたところまでだ。
彼女から聞いた私の神力の事については、長くなるし省かせてもらった。
起こった事とは違うしね。
話し終わった頃には、明るい日の光が部屋の中を照らし始めていた。
随分と話したから、ちょっと疲れたなと思いながら、沈痛な表情を浮かべる彼を見る。


アルはとっても美味しそう。


 ぼんやりとそう考え、慌てて頭を振ってその考えを追い払う。


アルは、ご飯じゃありません!!!


「君のその体は、随分と燃費が悪いのだな。」
「にょ?」
「無機物が生物のフリをするためには、随分と魔力を消耗するらしい。」
「おおう……。そういう事か。」

 魔力が減ってくるとソレの補充をするために、魔力を大量に保持している人が美味しそうに見えるらしい。
本当に、サキュバスとかそういう類みたいだな。
アルが美味しそうに見えるとか、なんか凹む。

「魔力の補充は、ハグとキスとどちらがいいかね?」
「え? あ、ハグで!!」

 チョイチョイと、傍に寄るようにと指で示され近づいていくと、抱え込まれて布団に引きずり込まれる。

「え、あの? アスタールさん??」
「うん?」
「なんで、上脱いじゃうの?!」

 何故か、わたしを抱え込みながら服を脱ぎだす彼に、思わず驚きの声を上げる。

「君も脱いだ方がいいな。」
「なぜに?!」
「キスよりも効率が悪いだろうから、接触面を増やす必要がある。」
「聞いてない!!!」
「うむ。言ってない。」
「キス! キスのほうに変更で!!!」

 当然のことだと言わんばかりに、わたしの服にまで手をかける彼の手から逃れようとするものの、やたらと巧みに押さえ込まれてしまい逃げられない。
その挙句、提示していない新情報をここに来て開示とか、確信犯!
この男、確信犯です!!!
誰かボスケテ?!
わたしの助けを求める声は、どこにも届かずスポン!とパジャマの上着を脱がされた。
それとほぼ同時にドアをノックする音が響き、即座にソレが開く。
ノックの意味、今あったのか?

「……嫌がる女性の服を無理矢理剥ぐって言うのは、いかがなものかと思いますよ? 義弟さん。」

 ドアを開けたのは、美味しそうなリエラちゃん……。
じゃなくて、不機嫌そうに口を引き結んで、眉をキリリと引き上げ、怒りの表情を浮かべるリエラちゃんだ。

「いや、これは……。彼女の魔力を補充するのに必要なことで……」
「無理矢理、脱がすのが?」
「接触面を増やす必要が……」
「手を握っても、可能と言うことですね?」
「それだと、効率が……。」
「言い訳は後でお伺いしましょうか? とりあえず、今は隣の部屋に朝食を運びましたので食べてきてください。リリンさんの身支度は私が致しますから。」

 彼女は、アルの言い訳をすっぱり切り捨てるとさっさと部屋から追い出した。
その鮮やかな手並みに、思わず拍手。
左手はないから、肘の先の切断面と打ち合わせてなのでパチパチというより、テチテチという微妙な音がした。
うん。
なんだか間抜けな音だ。
手がないって言うのは、こういう部分にまで支障が……。

「さて、リリンさんのお支度もしちゃいましょうか。」

 さっと気持ちを入れ替えると、彼女はわたしの方を向いて新しく用意してくれた着替えを広げだす。
わたしの彼女に対する評価は、大絶賛うなぎのぼり中だ。
わたしの方が一回り程年上ですけど、『お姉さま』って呼んでもいいかしら?
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