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新婚旅行にいこう

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 婚姻の儀までは、殆どの時間をアルと2人きりで過ごす。
本来は、両親から自分達の家や町の歴史を学ぶ為に3日間を費やすんだそうだけど、アルの場合は両親よりも既にその辺りは詳しいらしく、端折る事にしたらしい。
彼自身が、わたしとの時間を優先させたいと言ったのを、お父さんフーガさんが汲んだと言うのもあるのかな?
 その期間中、アルはわたしのドレスに刺繍を刺す合間に、『賢者の石』って言うモノで作られたという今のわたしの身体を調べていた。

「結局、普通の人間っぽい感じの生理現象とかの類って、わたしの思いこみから来てるって事??」
「おそらく。」
「ご飯食べて、トイレに行くのも?」
「うむ。君のその身体に、本来食事は必要ないようだ。」

 彼の出した結論を聞いて、思わずベッドに突っ伏す。
まぁ、確かに食べると美味しいし、精神的な満足感はあるんだけど、お腹がいっぱいになると言う感じはしないんだよね。
例えるなら……お酒?
お酒は美味しいかどうかは、まぁ微妙ではあるけど。
でも、スッパリ必要ないって言われちゃうと、『人間じゃないし』って言外に言われてるみたいで落ち込む。

「必要なのは魔力かぁ……。なんか、味気ないなぁ。」
「その魔力も、美味しくは感じるのだろう?」
「感じるけどぉ……。ご飯を食べての美味しいとはなんか違うんだもん。」
「……見方を変えるなら、美味しい食事を無尽蔵に食べられる。」
「!? ソレだ!!!」

 成程、そう言う方向で考えるならメリットか?
しかも、絶対に太らない!

「ところで、魔力の摂り方だけど……」
「今のところ、キスが一番効率がいい。」
「そこは変わらないのか……。」

 彼の言葉にがっくりとうなだれる。
何度か、言葉を少しづつ変えながら訊ねているんだけれども、一貫してこの返答だ。


慣れないんだよなぁ……。


 アルの言うキスは、唇を重ねるだけの軽いヤツじゃなく、ねっとりとしたいわゆる大人のキス的なヤツなのだ……。
キスなんて、子供の頃に親にしたくらいしか経験のないわたしには未知の体験。
親にしたのなんて、記憶にも無いんだけどね?
彼に初めてされた時には、「ギャー!」ってなった。
その、ギャーってなった直後に雪崩れこんできた大量の魔力に陶然となって、その上でアルにメロメロにされてしまったんだけどね……。
何でそんなにキスが上手いのかと聞いて見たら、10年以上前のわたしの戯言を発端にそう言うお店で色々と技術を仕入れたらしい。
今の私としては、その頃の私に、小一時間ほど説教をしてやりたい。
アホな事を、即座に実行に移しかねないアホな男に吹き込むなと!!!
ああもう、わたしの馬鹿……!

「仮説なのだが……」
「うん?」
「おそらく、『夫婦の営み』のほうがそれよりも効果が高いだろうと思われる。」
「…………。」

 過去の自分をディスっていたら、ボソッとアルが爆弾を落としてくる。
エロいキスよりも、エロい事の方が効果が高そうとか……。
成程納得と言いたくなるような予測だよね……。
でも、キスでも既にヤバいと思っているのに、この上更にエロい事だなどと。


死ぬ。
絶対に恥か死はずかしぬ。
ヤバい、どうしよう?!
滅茶苦茶ピンチだ!!!


 ちなみに、わたしの妄言でエロい事を勉強しに行っちゃったようなアルが、ここ数日の間わたしと2人きりで居てすらも、魔力補給の為のキス以上の事をして来ないのは、やっぱり昔のわたしの発言からなんだそうだ。
曰く、『結婚前に婚前交渉は有り得ない!』。


グッジョブ!
わたし!


 でも、未だ心の準備ができてないのに、明日は初夜というヤツなので、食われる事が確定ですorz
執行日が数日伸びただけというこのやり切れなさ……。
 そもそもさ、結婚なんて、ある程度余裕を持ってするもんだと思うんだよ?
それが、急に3日後に!
とか、心の準備が間に合わないよね?
間に合わないよね???
 今の状況はわたしの感覚だと、『よし! 婚姻届出しに行こう!!』ってノリで出会った当日に区役所に婚姻届を出しに行ってしまった様なイメージなんだよね……。
そう言うカップルもいるかもしれんけど、わたし個人としては有り得ないコトだ。
まぁ、そんなことは目の前で、ドレスの仕上げをしているアルの姿を見ると、そんな事はとてもじゃないけど言えないんだけど。

 ところで、わたしの傍に居る時の彼は、とても幸せそうだ。
今も、せっせと裾に刺繍をしながら寛いだ様子を見せていて、たまにわたしの方に視線を向けると嬉しげに耳を揺らす。
 その一方で、ほんのわずかな時間でも、自分の手の届かない場所にわたしが行きそうになると、ソレが誰かと一緒であっても半狂乱になってしまうのだ。
目の届く範囲か、扉一枚隔てた部屋に数分位までならば、なんとか許容範囲みたいかな。
着替えの最中は、一応なんとか耐えてくれてる。

 数日前の事件を考えれば、仕方が無い事かも知れない。
目の前で恋人がスプラッターな死に方をするのを見て、ショックを受けない方のがよっぽどおかしいし。
まぁ、時間制限に間に合わなかったら、アルと心中すると言うのも有りかな……?
無いな。
彼には、幸せに長生きして欲しいもの。
わたしに与えられている半年の間に、何とか彼に『藤咲りりん』が居なくなった後も幸せに生きていける様な何かを探してあげたいと思う。
さもなければ、彼の心から『藤咲りりん』の記憶を消すしかない。



 数日前の事件と言えば、あの件はわたしにも傷跡を残していた。
傷と言っても精神的なモノで、わたしは階段を『降りる』と言う行為が出来なくなっていたのだ。
高いところは、意外と平気だった。
ただ、一歩でも下に降りる為に足を踏み出すという事が出来ない。
ドレスのサイズ合わせが終って、さぁ部屋に戻ろうと言う段階でソレが判明して途方にくれた。
その場は、アルが「役得」と呟きつつお姫様抱っこしてくれて、無事部屋に戻る事はできたけれど。

「君を帰す為の旅に出るのは、早くても来週一杯はかかると思う。」

 不意に、アルがそんな事を言い出して、何を言っているんだろうとベッドから身を起こす。
ぼんやりと彼の顔を見詰めていると、不思議そうにその耳がピコンと跳ねる。

「本来の身体に帰さなくては、君は消えてしまうのだろう?」
「……そうらしいけど……。」
「半年と言うのは、長いようで短い期間だ。出来るだけ早く出発しなくては手遅れになってしまう。」
「アルも、行くの?」
「君が帰るのを見届けて……叶うなら、そばで成長を見守りたい。許して貰えるのなら、だが。」
「そっか……。」

 彼がわたしを帰す事を考えているなんて考えてもいなかったから、その発言にひどく驚かされた。
そんな話をしたら、泣いて縋られるかもしれないとすら思ってたんだよね。
今現在、5分と離れていられない彼からすると、とても許容できるとは思えない。
 それに、正直この世界での両親の元へ行くつもりはなかった。
だって、アルはこのグラムナードと言う町にとって必要不可欠な人なんだって言うんだもの。
ここから離す訳には行かないと思う。
だから……、このまま『わたしが失われる』っていう期限までアルの側に居るつもりになってた。
今生のお父さん(予定)とお母さん(予定)には申し訳ないけど、まだ、あの一瞬しか顔を合わせていないあの2人よりも、アルの方がどうしても私にとっては優先度が高い。

「この町はどうするの?」

 そう聞くと、彼は何でもない事のように肩を竦める。

「リエラに任せる事にしている。」
「それ、本人の了承は?」
「『止めても行くんでしょう?』だそうだ。」
「おおう……。」

 遠まわしに『好きにしろ』って、結構きっついなと思っていたら、続きがあった。

「『代わりに、戻ってくる場所がなくなってても補償はしません。』とも言われた。」
「おおう……。」
「なので、問題ないな、と。」
「問題ないんか!」

 真正面から受け取って、その答えだとちょっと問題があるかと思うんだけど……。
でも、18歳になるまで殆ど他人との交流を絶たれた状態で育ったという、彼の状況を考えると、それも無理無いのかなぁ……。
10年位前に、先代が亡くなってからしか町の人との交流は無いそうだし。
例えるなら、10年前にお引っ越ししてきた場所的なイメージだろうか?
確かに、あんまり思い入れは強くなさそうかもとは思う。

「うむ。この町に、元々思い入れは無いのだ。」
「……リエラちゃんの言葉って、通訳必要?」
「通訳?」
「……遠まわしだけど、『後は任せとけ。でも、早く帰ってこい。』だと思う。」
「それは……」

 へにょへにょと、彼の耳が力無く垂れ下がる。
どうも、本気で帰って来ないつもりだったんだ、と苦笑が浮かぶ。
でも、それでもここがアルの生まれた場所であり、彼はここでしか暮らした事って無いんだよね?
今はこんな事を言っていても、一度この町を離れたら、逆に里心がついちゃうかもしれない。

「善処する……。」

 渋々と、と言わんばかりの口調で呟かれた言葉に、思わず苦笑が漏れる。
それでも戻りたくないと言わないあたり、リエラちゃんへの後ろめたさもあるのかな?

「なら、新婚旅行ってことで一緒に行こうか?」
「うむ。『新婚』か……。」

 アルは、『新婚』の部分だけを繰り返して、そっと目を伏せる。
微かに、その頬が緩んで口の端が上がった様に見えて、その嬉しげな様子にわたしも目を細めた。

 そうして、半年後に『消える』と言う運命をただ受け入れるつもりだったわたしは、アルと一緒に両親を探しに行く決意を固めることになる。
本当は、『消えてなくなる』らしいと言う事に言い知れぬ不安感があったのだと、その事を決めた時に不意に認識されて、思わず涙が零れて、自分で驚いた。
アルは作業の手を止めると、すぐにわたしの側にやって来て温もりを分けてくれながらそっと囁く。

「君は、泣いても良いのだと思う。」

 その言葉を聞いたら、もう止まらなかった。
アルに縋って、沢山泣いて、沢山喚いて、そうして疲れ切って眠りに落ちた。


なんだ。
私も自分が死ぬ時、怖くて、悲しくて、まだ生きたかったのか。
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