私は貴方から逃げたかっただけ

jun

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聞こえない

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お父さんが運転する車で、実家に着くまで誰も口を聞かなかった。

家に着き、リビングに落ち着いて、初めて、

「麻美、何があったの?話せる?」

車の中で母に背中をずっと撫でられていたら、涙が止まらず、家に着く頃には涙は枯れていた。

今日菜緒さんから聞いた話しを家族に話すと、

「麻美、後の事はお父さんとお母さんがきっちり終わらすから、お前は何も心配いらない。だから、今日はもう休みなさい。」
と父が言った。

「お父さん、何をするの?」

「先ず、結婚は取りやめだ。式場には連絡する。あの男には二度とこの家の敷地には一歩たりとも入れん!
相手の女にもこの責任は取らせる。
お前が何を言おうとそこは譲れん。
向こうの家には俺と母さんが行く。」

「待って、向こうの家には私も行くよ。」

「あかん!お前はもうあの男に関係する事には関わらせない!
お父さんは…お父…さんは…娘に…こんな・・・」

「親父が泣いたら、姉ちゃんが気にするだろ!」

「だって、陸、こんな姿で…お姉、ちゃん…帰っ・・て、きて、・・」

「お父・・さ、ん…ごめん・・・ごめん…なさ、い…」

「姉ちゃんは何にも悪くないやん!雅彦くんとその女が悪いだけやん!姉ちゃんは悪ないやん!俺は、絶対、許さない!」

その時、実家の電話がなった。

この時間に携帯電話ではなく、家電にかけてくるのは、一人しかいない。

弟が即座に留守電にした。

“夜分遅くにすみません。雅彦です。もし麻美がおりましたら、話しがしたいとお伝え下さい、お願いします、お願いします、どうか、お願いします…麻美、麻美…”

陸が電話に出て、

「二度と電話してくるな!」

と言って切った。

雅彦からここにあんな電話がかかってきたという事は、二人は今日会ったのだろう。

吐き気が込み上げ、トイレに駆け込んだ。


吐くものなどないが、吐き続けた。

母が背中を摩りながら、

「麻美、帰ってきてくれて良かった…あんた一人で東京にいたら今頃どうなってたか…。もう大丈夫だからね、心配ないからね、お父さんも陸もお母さんも付いてるからね…」

そう言ってずっと背中を摩ってくれた。


私は、眠ってしまったらしく気付けば自分の部屋のベッドに寝ていた。

とっくに朝になっており、あ、仕事と!と飛び起きた。
急いで連絡しないと、と思い、スマホを持つが、電源を入れられない。

私が起きたのに気付いた母が、

「麻美、起きた?仕事はしばらく休むって伝えたから大丈夫だよ、朝ごはん食べれる?」

「お母さん…ありがとう…」

「心配してたよ、昨日から具合が悪そうだったからゆっくり休んでって。」

「そっか…悪い事しちゃったな…」

「とにかく今はゆっくりしなさい。ご飯どうする?」

「軽くだけ食べようかな…あんま、食べたないな…」

「そっか、食べれるもんだけ食べなさい。」

一階に降りると、平日なのに父がいた。

「お父さん、仕事は?」

「有給取ったった!たまには休まなな。」

「ごめん、お父さん。」

「そんなん、ええから。」

テーブルに卵焼きやお味噌汁、焼き鮭、お漬物、が並んでいた。

やっぱり食欲はなく、何も口に入れられなかった。

ヨーグルトだけ食べて、部屋に戻った。


やるべき事はしないとと、スマホの電源を入れた。

電話もメールもメッセージアプリも、見たことがないほど、雅彦からのものでいっぱいだった。

震えながら、見ないようにして、職場に電話をした。

出たのは里江さんで、凄く心配してくれていた。
「大丈夫だからね、ゆっくり休んで。先生も大丈夫って言ってたからね。」

と何度も言ってくれた。

その後、結婚式場に電話して、式をキャンセルしたい旨を伝えた。
電話では手続きが出来ないので、一度来て欲しいと言われた。
とりあえず保留にしてもらい電話を切った。

その途端、電話が鳴った。

雅彦からだった。

鳴り止まない着信音に身体が震える、

でも、何を言うのか気になった。

「もしもし…」

「麻美?麻美、麻美、お願い、話しを聞いて、お願い、切らないで!お願いだから話しを聞いて!お願い、麻美、麻美、お願い、何か言って…声、聞かせて・・あさみ…」

「ご、め…ん、し、ばらく・・一人…に、して・・・お、ね…がい・・・・」

「ごめん…ごめん、泣かせて、ごめん・・・お願いだから…一回だけでいいから、麻美…麻美に…会いたい・・・」

「ご…めん…」

もう耐えられず電話を切った。


ベッドに突っ伏し大声で泣いた。

なんで雅彦が泣くんだろう…
泣くなら、なんで浮気したんだろう…
妊娠したって事は…

私とはちゃんと避妊してたのに…

あんなに結婚式も新婚旅行も楽しみにしてたのに、隠れて二人で会ってたなんて…

もう嫌だ。

もう会いたくない。

何処か遠くに行きたい…

誰も知らない所に行きたい…

また、泣き疲れて寝てしまい、喉がカラカラで目が覚めた。

ボォーっとしたまま、台所に行って冷蔵庫の麦茶を飲んだ。

お母さんが何か言っていたが、何も聞こえなかった。

お父さんも話しかけていたけど、何も聞こえないから返事もしなかった。

テレビの音も、窓の外の騒音も、何も聞こえなかった。

「今日、凄く静かやね…昼間やのに…」

お母さんが私に泣きそうな顔で、何か言っていた。

でも、何を言ってるのか分からない。

「お母さん、何ゆうてるん?」

お父さんも私の肩を掴んで揺すっている。

「お父さん、やめてや…」





そこで、プツっと意識が切れた。






















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