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微妙な二人
しおりを挟む父が起きてきたので、一旦騒ぎは落ち着いたが、雅彦はまだ鼻をグズグズしている。
父はうどんを食べながら、
「で、二人はこれからどうするつもり?」
「俺は、麻美と結婚して子供と三人で暮らしていきたいと思っています!」
目と鼻を真っ赤にした雅彦が大きな声で宣言した。
「まあ、そうなるよね、ならなきゃクズだ。でも、こうなった状況で麻美が君とまたとはならないんじゃないかと思うんだけど、麻美はどうする?」
気付けばうどんを食べ終わっていた父にそう聞かれても咄嗟に返事は出てこない。
「それは・・・・まだ分からない。」
「そりゃそうだ。だって麻美がされた事を思うと、誤解だったと分かってもすんなり信じるなんて出来ないわな。
俺も母さんも陸も同じだと思う。
何か隙があったんじゃないか、ほんの少しあの女性にぐらついた時があったんじゃないか、今後また飲みに行って、コナをかけてくる女性を突っぱねる事なんて出来ないんじゃないか、ずっと君は麻美に疑われる事になる。
それに君は耐えられる?
心が休まる?8割信じてもらえても2割は信じてもらえない。
信じてもらえていない妻とずっと生活できる?」
「俺はあの人とどうにかなりたいなんて、ただの一度も、ほんの少しも思った事はないです。でも俺が気付かない心の隙があったからこうなってしまったのかなと思っています。
麻美が疑うなら、何度でも説明するし、安心するまで話します。
何度も麻美だけだと言います。」
「あ、あの、そういうことは…」
「「麻美は黙ってなさい」」
父と母に注意され、黙るしかなく、雅彦の語りは続き、
「麻美に会えなくなって、連絡取れなくなって、両親に怒鳴られても、谷川家の皆さんに怒鳴られても、麻美を諦める事も忘れる事も出来ませんでした。
俺はもう二度と麻美を悲しめる事も、傷付ける事もしません!
なんなら貞操帯でもなんでもつけます!
だから、どうか麻美さん、俺と結婚して下さい!」
正座したまま私に手を差し出す雅彦をジッと見つめてから、
「・・・・・考えさせて下さい…」
と言うのが精一杯だった。
ガクッと肩を落とした雅彦に、
「雅彦くん、急ぎ過ぎやわ~この騒動が始まってから会いたくなくて、ここまで逃げた麻美が、久しぶりに会って誤解だったからって、二度目のプロポーズに“うん”とは直ぐには言わんやろ。」
と父。
「そうですけど…勢いでつい…。
でも、俺は諦めません、何度でもプロポーズするつもりです!」
「あーー分かったから落ち着いて。
お腹の赤ちゃんもビックリしちゃうから。」
「あ・・・赤ちゃん…俺と麻美の…」
「あかんわ…今日の雅彦くんは話にならんわ。少し自由にさせよ。
さて、とりあえずこれからの事を話そうか。」
先ず、私と雅彦には弁護士を立て、あの人を訴える手続きをする為、ここに今日の夕方、弁護士の先生が来てくれるとの事。
これは母も陸も知らなかったらしく、驚いていた。
弁護士の方は父の友人らしく、今回の話しを聞いて、ブチギレて是非やらせろと向こうから頼んできてくれたらしい。
父に弁護士の知り合いがいるなんて知らなかった。
「そういう事なんで、夕方まで解散!」
となった。
陸は適当に空いてる部屋を使うと言っていなくなり、父と母は買い物行ってくるといなくなり、私と雅彦だけになった。
「あの…雅彦は、部屋どうする?どこでもいい?」
「麻美と一緒ではダメか…?絶対手は出さない!だから、同じ部屋ではダメか?」
「別に…良いよ。じゃあ部屋にでも行こうか。」
二人で私が使っている部屋に行き、何故か正座して、向かい合っている。
「あ、足崩して。それかソファに座って。」
「麻美は床に正座なんてダメだよ、冷えちゃうから。」
「じゃあ、二人でソファに座ろう…」
「うん…。」
二人掛けのソファは意識していなければ肌が触れてしまう。
なんとなく拳一つ分あけて座った。
「雅彦は・・・一人であの店に行ってたの?」
「ほとんど一人では行った事はなかったけど、あの日・・・俺が…酔っ払って寝てしまった日に初めて一人で行った。
昼間、話しがあるから一人できて欲しいって言われて…。」
「そう…なんだ…。それからは?」
「気まずいから、一人では誘われても行かなかった。時間が経つとあの時、本当にあの人と関係を持ったのか疑問に思ったから。
でも、泊まった事は事実だから麻美には後ろめたく思っていた。
あの時、正直に話せば良かったと今更だけどそう思う。」
「私が大阪に逃げる前の日、雅彦、遅い時間に帰ってきた事あったよね?あの時、あの人と一緒だったの?
この間も私が電話した時、あの人と一緒だったよね?」
「前の日…前の日…あ、公衆電話からかけた時?」
「そう。あの時もあの人の声、聞こえたから。」
「さっきも言ったけど、とにかく神出鬼没で、あの日は昼間から店にきて欲しいってメッセージが山ほどきてて、ウンザリしてて、残業終わったから、コーヒー飲んで帰ろうと窓から外見てたら、会社の入り口にあの人が立ってるのが見えたんだ。
だから、裏口から出してもらって、走ってコンビニまで行ってから麻美に電話しようとしたら充電切れだった。
公衆電話で電話してたら、後ろにいたから叫びそうになった。
GPSで居場所分かってたんだな…。
この間はまた待ち伏せされて、俺も限界で抵抗する気力もなくて、近くのファミレスに入った時に電話がかかってきた。だからあの人が近くにいたんだ…。ごめんな…俺がもっと早くに気付いてたら、麻美の実家も知られなかったのに…」
「ごめん…私、自分の事ばっかりで、雅彦の事、思いっきり疑った。裏切ってたって本気で思ったから逃げた。
雅彦の話し、聞いてから逃げれば良かったのに…ごめん…」
「いやいや、聞いても逃げないでよ。でも、逃げてくれて良かったのかも。
あの人おかしいから。麻美が逃げてくれて良かった…麻美に何かあったら俺…」
「私も雅彦もちゃんと話せば良かったんだよね、私も雅彦にちゃんと聞けば良かった。
雅彦も正直に言えば良かった。
そしたら、こんな大騒動にはならなかったし、二人で対抗出来てたのにね…。」
「そうだね…ねえ、麻美、麻美はもう俺とは一緒に居たくない?」
「まだ…よく分からない…。お母さんから雅彦の事聞くまで、雅彦は浮気した最低男だったわけで、子供も一人で育てようと思ってたし、ここで産んで育てようと決めたとこだったし…。」
「最低男・・・そうだよな…そうなるよな…麻美は何にも知らなかったんだもんな…。
結構くるな…“浮気した最低男”って…。」
「ごめん・・でも考えるたび吐いて、眠れば夢に二人が出てきて、眠れなくなったし、そんな時妊娠したって分かったし。
挙句にあの人が家の前に立ってずっと私の部屋を見て笑ってた。
なんで私がって、
二人で勝手にやってくれたら良いのに!って思った。
だから、怖くてお母さんやお父さん達に何かされたらって思って瑞希のとこに逃げた。
本当は誰にも何も言わず遠くに行って一人で子供育てようと思ってた。
瑞希にバレて、ここに住んで子供育ててって言われてここに来たの。」
「笑ってたの?麻美の部屋見て?怖!
でも何もされなくて良かった…。
身体も子供もなんともなくて良かった…。」
「雅彦は大丈夫?ちゃんと眠れてる?」
「うーーーん、あんまりかな…仕事もギリギリ失敗しないでやれてるけど、限界だったかな…」
「雅彦がヤケになってあの人に靡かなくて良かった…。
さっきは考えさせてって言ったけど、多分、私は雅彦と一緒にいると思うよ、確定は出来ないけど。
でも、今は少し待ってほしい。
あの人の事もなんにも終わってないし、あの人にされた事、言われた事が忘れられない。
声を聞いても、姿を見ても、身体が震えると思う。怖くてたまらない。
雅彦が近くにいるだけであの人が私を狙うなら、私は雅彦の近くにいられない。
それほど傷付いたし、恐怖を植え付けられたの。」
「うん、分かったよ。俺も麻美をこれ以上傷付けたくないし、傷付けられたくもないからね。
最後に一つだけ聞いていい?
麻美は…まだ俺を愛してくれてる?」
「・・・・愛してると思う。でも…それ以上に今はあの人への恐怖が勝っていて他の事を考えられない。」
「分かった。
俺が麻美を守るからね。必ずこのゴタゴタを解決する。だから、麻美は美味しい物を食べて、たくさん寝て、楽しい事だけ考えて。
何にも心配ないから。」
「ふふ、それ先生も同じような事言ってた。」
「あ、先生!そう、先生はそんなに麻美に親身になっているの?旦那はいますって言った?」
「あーーーいないと思ってたから旦那はいませんって言った。」
「もうーーーーーー狙ってたらどうすんの!その先生は若いの?イケメン?」
「えーと、若くてイケメン。」
「クソーーーーー!次はちゃんと言って。旦那が出来ましたって。ちゃんと言って。今、メッセージ送っても良いんじゃないかな!」
「そういえば、返信してなかった。返信しなきゃ。」
「麻美、麻美さん、その先生とどんなやり取りをしていたのかな?」
「見たいの?」
「見たい!凄く見たい!」
しつこいから、今までのやり取りを見せた。
「あ…あ…コレ…ダメなやつだ・・・。
こんな…男前でお医者さんなんて…もっとよりどりみどりだろうがーーーー!」
「何か勘違いしてるみたいだけど、先生はそんな邪な気持ちでメッセージ送ってないと思うよ。返して、返信するから。」
「ダメだ!返さない!この先生は極めて危険だ!」
「ハァ~ボロボロの私を立ち直らせたのは先生なんだよ。恩人なの!
ちゃんと雅彦の事は報告するから大丈夫だよ。あんまり五月蝿いと追い出すよ!」
「ごめん、ごめんなさい、先生に俺もお礼言いたい、麻美がお世話になったし、色々助けてもらったなら次の検診の時にでも俺も付いて行くから。」
「えーーーちょっと嫌だな」
「なんで⁉︎一緒に検診行ってたって先輩言ってたのに!」
「だから今はって事。雅彦があの人引き連れて来なかったら良いけど。」
「やめて・・・・なんかあり得る話しで怖いから…。」
この後、雅彦がお風呂に入るまで先生に返信はできなかった。
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