手紙〜裏切った男と浮気を目撃した女が夫婦に戻るまで〜

jun

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何も思い出せない

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遠くで誰かが泣いている…

何かを話しながらずっと泣いている…

その声はとても辛そうで、私まで悲しくなる…

泣かないで…どうして泣いてるの?

目を開けたいけど眠くて目が開けられない…。




また誰かが泣いている・・・
赤ちゃん?赤ちゃんの泣き声も聞こえる・・
赤ちゃんが泣いてるわ・・
早くあやしてあげないと・・・早く・・





痛い・・・何処が痛いのかも分からないほど身体中が痛い・・・
腕も足も動かせない・・・



でもいつも泣いてる人がいる。
私が起きないから泣いているんだろうか・・・

早く起きて大丈夫だよと言ってあげないと…
その人の涙を止めてあげないといけないのに、まだ眠い・・・。



身体が熱い・・・

身体も痛い・・・腕も足も片方だけ動かない・・・

寝返りをしたいが無理のようだ・・・


今日はいつもよりハッキリ声が聞こえる…
泣いてはいないみたいだけど、泣きそうな声・・・

男の人と女の人がボソボソと話している・・・

女の人も男の人も辛そうだ・・・

とても懐かしい声・・・
とっても好きな声・・・

この声の人の顔が見たい・・・


そう思って目を開けると、すぐ近くに女の人がいて、すぐ後ろに男の人がいた。

男の人と目が合った。
驚いたのか、目を見開いて“しゃる”と言った。
女の人も同じ言葉を言った。

とても綺麗な男の人の声はいつも泣いていた人の声に似ていた。
辛そうに、悲しそうに話していた人。
そして、とっても好きな声で、顔を見たかった人…。

近くにいた人も驚いた顔をしている。
この人の声も大好きな声。

でも誰かは分からない・・・。
だから誰なのかを聞いたら、更に目を瞠いた後、顔色が変わった。

男の人が私のすぐ近くまで来て、
「シャル、俺が誰か分からないのか⁉︎」と泣きそうな顔で言った。
女の人も、
「シャル!アンナよ、私の事は分かる?」と聞くので、首を横に振った。
女の人は泣き出してしまった…。

男の人は呆然としていた。
その顔を見ていたら切なくて、
「ご、ごめんなさい…私…何も分からなくて…」
と言った後、涙が出た。
目の前の二人の事が分からない事が何故こんなに辛いのか分からないのに、涙は止まらなかった。

「私、お医者様と皆んなにシャルが起きた事を伝えてくるから、シモンはシャルに付いてあげて!」

女の人は私の頭を一度撫でてから、
「泣かないで…大丈夫、大丈夫だからね。」と泣いているのに笑顔でそう言って私から離れた。

その人の後ろ姿を見ていたら、男の人が椅子に座って、そっと私の手を握った。

「シャル…君は大怪我をしてるから動いてはダメだよ。
今、医者がくるから診てもらおう。
シャルは俺の事、何も覚えてないの?」

分からないと言ったら、またこの人は泣いてしまうのだろうか…。
今でも泣きそうなのに…。

「ごめんなさい…」

分からないけど、覚えていないとは言いたくなかったので、謝るしかなかった。

「そう・・・か…。」
泣きそうな顔になった後、俯いてしまったが、すぐ顔を上げた。
無理に笑顔になろうとしてるけど、ポロポロ涙を溢しながらその人は言った。

「俺はね・・・君の旦那さん…。
君は俺の…大事な…誰よりも大事な奥さん…大好きで最愛の奥さんだよ。」

泣いているけど、嬉しそうに私を“奥さん”と言う目の前の男の人。
泣いているのに綺麗で、思わず見惚れた。
でもこの人が泣くのは辛い…。

「泣かないで…」

涙を拭ってあげたくて動かせそうな左手を持ち上げようと思ったが、その手はガッチリ目の前の人に握られていた。

「シャル…あ…君の名前はシャルーナ、シャルーナ・フォックス。
俺の名前はシモン・フォックス。
俺の事はシモンって呼んでたんだ、だからシモンって呼んで。
君の事は皆んな、“シャル”って呼んでるよ。
今から沢山人が来るけど驚かないでね。」

そう言った後、たくさんの人が部屋に入ってきた。


「「「「「シャル!」」」」」
「「シャルーナ(ちゃん)」」

シモンさんがたった今教えてくれた私の名前を呼びながら、全員が泣きそうな顔で近寄ってこようとしたが、白衣を着た女性が、

「今から診察しますから、一旦隣りの部屋でお待ち下さいね。
終わりましたらお呼びしますから、順番にお入りください。分かりましたか?」

穏やかにだがハッキリと言われ、白衣を着た人達だけが部屋に残った。


「こんにちは、私は王宮医師のナーシャ・トランビアと申します。

貴女のお名前を教えて頂けますか?」

と優しく微笑みながら私を真っ直ぐ見つめながら聞いてきた。

「さっき…あの男の方…シモンさんに、シャルーナ・・だと教えて頂きました…。
でも…何も覚えてなくて…よく分かりません…」

シャルーナ・フォックスであの綺麗な男の人の奥さんだと言われたが、何も覚えていないので“私の名前はシャルーナです”とは言い難い。
俯く私に白衣の男の人…フォックス侯爵家専属のお医者様、ウィリアム先生が、私に何が起きたのかを簡単に説明してくれた。

階段から落ちて頭を強く打った事。
その時に右足と右腕の骨が折れている事。
肋骨にもひびが入っており、全治6ヶ月。
今は怪我をしてから4日経っていること。
腕も足も石膏で固めているので動かせないこと。
全身を打ち付けたので、痛みはしばらく続くこと。
怪我の為に熱が続いている事。
そして…頭を打った事で記憶を失くしている事を丁寧に説明してくれた。

私の事はお医者様立ち合いのもと、私の家族が説明すると言って診察は終わった。
最後にウィリアム先生が言いづらそうに、
「若奥様、ロビン様の事も覚えてはおりませんか?」と聞いてきた。

「ロビン様?」と聞き返すと、ウィリアム先生は泣きそうな顔になり、
「ロビン様は…シモン様とシャルーナ様の御子息です…。」と言った後、家族をお連れ致しますと言い、隣りの部屋に行ってしまった。

御子息・・・子供?
私には子供がいるの?
あの人と私の子供・・・

眠っている時、あの綺麗な人の声が時々聞こえていた。
そしていつも泣いていた…。

そういえば赤ちゃんの泣き声も聞こえていた。

あの泣き声は私の赤ちゃんだったの?

黙り込んだ私を心配したのかナーシャ先生が静かに話しかけてきた。

「ロビン様はとても可愛いお子さんですよ。

でもシャルーナ様はご自分の事も今は何も覚えておりませんから、お子さんと言われてもピンときていないと思いますから、先ずはシャルーナ様が目覚めるのをずっと待っていた御家族にお顔を見せて差し上げてください。

今お連れする方々は、シャルーナ様が愛しておられた方々です。
戸惑うと思いますが、どうか興奮したりなさいませんようお気をつけて下さいね。」


そして、ウィリアム先生を先頭に数人の男女が私のベッドを囲んだ。
綺麗な男の人…シモンさんの腕に抱かれた赤ちゃん…あの赤ちゃんがロビン様なのだろう。
シモンさんに似た可愛らしい赤ちゃんだった。
赤ちゃんは、「マッマ、マッマ」と私に手を伸ばす。
可愛らしくて思わず私も手を伸ばそうと思ったが片腕しか出せず、悲しくなった。

「まだ抱っこは許可出来ません…申し訳ございません…」

申し訳なさそうにウィリアム先生が言ったので私も諦めて頷いた。

「シャル…シャルーナ・・・」

初めて聞く声に、その声の主を見た。

30~40代位の女性にしては背が高く、美人だけど可愛らしい感じの人が、目を真っ赤にして涙をポロポロ流していた。

部屋に入ってきた人達は、ベッドから少し離れていて、後一歩近付かないと触れられない距離に立っていた。

「シャル…私は貴女の母親で、クレア…クレア・マルティノと言うの…。
貴女は私の最愛の娘で・・“お母様”と呼んでいたの・・良かったら・・・お母様と呼んでね…。」

涙を流しながら微笑む“お母様”の姿に胸が痛んだ。

大怪我をした娘がようやく目覚めたと思ったら、記憶を失くし誰の事も覚えていなかったのだ…悲しくて、分からないのかと詰め寄りたいのを堪え、私に負担をかけないように…困らせないようにと気遣ってくれている“お母様”は、本当に私のお母様なのだと納得出来た。

自然と私も涙が出た。
申し訳なくて…悲しませてしまって…何も思い出せなくて…


「“お母様”・・・ごめんなさい・・・覚えて…いなくて…ごめんなさい・・・」



涙が止まらず、号泣した私は、その後意識を失くした。























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