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悪い魔女とケネスの闇
しおりを挟むそれまで喘ぎ声とケネス様を呼ぶ声以外一言も話さなかった女は私を睨みながら、
「私も貴方と同じ学院で同じ学年だったの?
貴方は気付かなかったみたいだけど、私は貴方を知ってる。
私も貴方も家の事情で退学して娼婦になった。羨む事は確かにあるけど、貴方は学院にいた時から他人を妬み、異常にブリジット様を僻み、先陣きってブリジット様を悪様にしていた。
シリル様とブリジット様が婚約してすぐ。
私はその頃ブリジット様とエリザ様とは懇意にしていたの。
お二人にはとてもお世話になったし、貴方に恨まれるような方ではないのに、勝手に妬んだ貴方をどうしても許せなかった。
シリル様が何故討伐に娼婦を連れて行くのかも知らないで、ブリジット様を傷付けたいが為だけにシリル様の子供を作った貴方をどうしても許せないと思った!
いずれ死ぬ貴方に教えてあげる。
先祖返りのシリル様の竜力は膨大で、竜力を使って魔獣を倒すシリル様はその反動で、熱が身体に溜まってしまうのよ。
その熱を散らしていたのがケネス様。
ケネス様が大怪我でシリル様の熱を散らせなかった時に、シリル様は熱が溜まりすぎて攻撃的になり、ただ心配してお見舞いにきたブリジット様をシリル様は殺そうとしてしまったの!
だから娼婦を連れて行くの!
二度とそんな事がないように!
お二人は“番”なのよ、他の女を抱く事、それがお二人にとってどれだけ辛い事か分かる?
ブリジット様は何度も連れて行ってほしいと頼んだそうよ…でも“番”を男ばかりの場所に連れて行けるわけがないでしょう?
危ないからとか、お嬢様だからとかではないの!“番”の本能がそうさせるの、雌を他の男から守る為に。そう習ったでしょ?
なのにあんた達みたいな授業をちゃんと聞きもしない奴らは、ここぞとばかりにブリジット様を攻撃した。
どれほどブリジット様が苦しんだかも知らないくせに!
何があったのかも知らないくせに!
お前みたいな何も知ろうとしない女、
自分だけが苦労していると思ってる女…
私は心の底から嫌いだし、許せない。」
私は考えられない頭で聞き取れたところを何度も思い返した。
竜力の授業でそんな事を習ったような気がする。入学してすぐだ。
だからシリル様とケネス様がしている行為は間違っている事ではない、みたいな話しをしていた。
熱が溜まると攻撃的になるし、酷くなれば死んでしまうとも習った。
そうだ…確かに習った。
でもそんな事忘れていた。
“番”・・それも習った。
そうか…あの二人は番だったのか。
小さな時から親に教えられる話しだ。
先祖返りの方には“番”がいる。
王子様は“番”を一目見ただけで分かるのだと。
シリル様の婚約は急に決まった。
そうか一目であの人は“番”と認められていたんだ…。
何回も読み聞かせて、言い聞かされる話し。
『決して“番”同士の邪魔をしてはいけないよ。
“番”になった二人の邪魔をしたら悪い魔女になってしまうんだよ。』
そっか・・・私は“番”の二人の邪魔をしたんだ…。
だからこんな醜い考えの魔女になったのだ。
気付くと誰もいなくなっていた。
毎晩私を寝かしつける為に、お父様は王子様と“番”のお姫様の話しをしてくれた。
話しの最後は、
『二人の邪魔をしたお姫様は魔女になって魔獣を生んだんだよ。だからシリル様の“番”が見つかったら邪魔をしては駄目だよ』
あんなに聞いていたのに忘れていた。
私は悪い魔女になった…そして…私が生んだのは…魔物…
私はシーツを狂ったように引き裂いた。
身体を清める為のバケツを台代わりにし、引き裂いたシーツを輪にして、牢の柵にかけた後首にかけた。
自分は魔物を生んだ恐ろしい魔女になってしまった…。
嫌だ、私は人だ、まだ魔女になんかなってない!
でもいつか本当の魔女になり、魔物を生むようになるのかもしれない。
なら人のうちの死にたい。
私の何処から生まれてくるのか考えるのも怖い。
あんなものが身体から出てきたら狂ってしまう。
早く死ななければ、早く!
バケツを蹴ると、足が宙に浮きすぐ息が出来なくなる。
苦しくて意識がなくなる瞬間、
『母さま』
と呼ぶシャルルの声が聞こえた気がした。
〈ケネス視点〉
俺と“愛しい人”は階段を上がり、明るい地上への扉を開け、外に出た。
ここは一般の牢ではない。
高貴な方が罪を犯すと、幽閉される砦のような離宮だ。
そこの地下牢が使われる事など一度もなかった。だが、今回は特別にそこを使う事になった、今後使う事もないだろうと。
「すみません…嫌な役回りをさせてしまいました…。」
元伯爵家の令嬢だったハンナ・ナルカス、父親の多額の脱税が発覚し伯爵家が取り潰しになり、娼館へ身を落とした彼女は、ブリジット様の友人だった。
ブリジット様に何があったのかもエリザベス様同様、知っていた。
シリルの相手もした事がある。
その時にあのフランという女を見かけたらしい。
学院にいた時からブリジット様を悪様に罵っていたそうだ。
そして俺の協力を二つ返事で受けてくれた肝の座った女性だ。
あの淫らな尋問を始めて、本当はまだ一週間ほどしか経ってはいない。
媚薬を盛ってからあの女は、日にちの感覚が分からなくなっていた。
だから、ブリジット様達の幸せな生活を話し続けた。
妊娠した事は嘘だ。
ハンナ嬢にも挿入はしていない。
協力してもらいながら射精していた。
二人で淫らな演技をするのは中々に疲れるものだった。
俺はどうしてもあの女が許せなかった。
あの女がした事、全てが許せなかった。
あの女がブリジット様に目をつけた原因が俺だという事に、我慢が出来ないほど自分に腹が立った。
そして俺の気持ちがあの女に気付かれていた事実にも腹が立った。
ブリジット様は気付かなかったようだが、あの女はハッキリ言いやがった、隠し続けたブリジット様への想いを。
一生この気持ちを告げるつもりはない。
ブリジット様が幸せに笑ってくれているだけで俺は幸せなのだから。
「いえ、私もあの人の事は許せませんでしたから。それにたくさんお金も頂けたお陰で残っていた借金も払い終えました。
これからは別の街に引っ越して一からやり直したいと思っています。」
と晴れやかなハンナ嬢は、その頭脳と度胸があれば何処でもやっていけるだろう。
「いつかブリジット様やエリザ様にお会い出来るよう、私も頑張ります。
ケネス様もお元気で。」
笑顔で手を振るハンナ嬢は綺麗だった。
あんな女性を好きになれたなら、俺も普通に結婚して子供を作っていたのかもしれない。
でも俺は…。
翌日あの女の所に行くと、シーツを紐代わりにして首を吊って死んでいた。
遺書も何もなかった。
狂ってしまって自害したのか、あの女が何を思って自害したのかは分からない。
この女が死んでも何の感情も湧かなかった。
やり過ぎたとも、可哀想だとも思わなかった。ただ、シャルル様の産みの母を死なせてしまったと思っただけだった。
陛下とサーシャ様に報告した後、
「お前もある意味被害者なのに、嫌な役をさせてしまった、済まなかった…。」
とサーシャ様が俺を労って下さった。
「いえ、どうしても許せなかったので。
それでもシャルル様の実の母を死なせてしまいました…。」
「もう少しシャルルが大きくなった時、あの女が何をして死罪になったのか説明しよう。
その時シャルルがどう思うかはシャルルしか分からないが、シャルルはきちんと受け止める事が出来ると思う。」
とサーシャ様が言うと、
「ブリジットがしっかり育てるのだ、間違っても誰かを恨む事はないだろう。
あの子はあの歳で、ちゃんと自分の状況を理解している。前院長や修道女達がシャルルを守っていたのだろう。
あの女を使い、何やら企んでいた院長は拘束し、これから処罰を受ける。
シャルルを王都まで運んだ男は何も分からず金だけ貰って連れてきただけらしい、我等を前に白目を向いていたからな、罰金が払えなかったら労役一月程で良いだろうが、魔法契約はした。一言でも今回の事を話せば心臓が止まるとな。」
と陛下。
あの女が妊娠した頃、似たような事を言う娼婦は何人かいたが、どの娼婦も既に妊娠していたのが発覚した。
シリルの子供だと偽って金だか地位だかを狙っていたのだろうが、サーシャ様が全員に堕胎薬を飲ませた。
たった一人、あの女だけがシリルの子を身籠った。
今更誰も何も言わないが、陛下もサーシャ様も後悔しているのが分かった。
元貴族だからこそ外さねばならなかったと。
ハンナのような娘なら良かったが、殆どがこの国の事情もシリルの先祖返りの事も知らないような娘ばかりだったのだから。
頭の何処かに、“万が一子供が出来た時は貴族の血であれば”・・・そんな事が頭を過ったのだろう。
決して口には出さないが。
いつも傷付くのはブリジット様だ、それが俺には許せない。
この王族の方々の事も。
結局は自分達だけが大事な方々だから。
でなければ親を亡くした子供を息子に宛てがうなどしない。
拒否する事も出来ない少年に与えた役割が、どれほど辛かった事などとは考えないのだろう。
だから俺は死ぬまでこの地位から離れない。
誰とも結婚もしない。
ブリジット様に何かあった時、すぐ動けるように。
俺が守るのはブリジット様が愛する者達だけなのだから。
*次の話で完結となります。
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