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ラルスの祈り
しおりを挟むラルス視点
エドからシシリーの事を聞いて、シシリーの抱えきれない程のベルへの憎悪が分かった。
あの時、シシリーは刺された上に子供の事もあって、中途半端な気持ちの整理しか出来なかった。
たまたま聞いた噂で、あまりにも大きくなり過ぎていて気付かなかった憎悪の存在にどう処理していいのか分からないのだろう。
さっき初めてベルの尋問時の録音記録を聞いたシシリーは、ブライアンが別の女を抱く様子を、抱かれた女がどう抱かれたかを泣きながら聞いたそうだ。
取り乱す事もせず、最後まで聞いた後、
あの女の中のブライアンを返してもらうと、
自分があの女から与えられた感情をきっちり返すと、言ったそうだ。
そうか、と思った。
何かスッキリしないものがあったのはコレかと思った。
俺もだ。
返せばいいのだ。
シシリーは正しい。
どう返すかはじっくり考えよう。
俺が一番返したかった女は死んだ。
ま、ほとんど俺の中にはあの女の事は残っていないが。
他の罪を犯した女達も同じだ。もう左程気にならない。
だが、たった一人、ブライアンを未だに傷付け続けている女、ベル。
誰よりも憎まれているであろうベルが、比較的平穏に暮らしている。
ブライアンのこの間の姿を見た事がある者や、信頼している人の物しか食べられなくなったブライアンの毒味をしている者は、全員ベルに対して何らかの感情を持っている。
ただ、それを誰も言わないだけだ。
もう罰は下されたから。
でも、被害者はそれで終わりでは無い。
いつまでも苦しめられる。
だからといって復讐なんて出来ない、人として、騎士として、やってはならない事だから。
でも、せめてこの気持ちだけでも返そうと思うのは間違っていないと思う。
奪われたブライアンの尊厳を返してもらおうと思うのは間違っていないと思う。
やり方を間違えなければ。
なら、みんなで考えよう。
時間はまだまだある。
「エド、俺もあの女から奪われたブライアンの尊厳を奪い返したい。
考えよう。罪を犯さないやり方で、何年かかってでも返してもらおう。」
俺達はそう誓った。
「ラルス、ナタリアとジュリアーナの尋問はお前がやった。シシリーが二人の録音を聞く時は付いてやってもらえるだろうか?」
「いいよ、ベルの時ほどではないと思うけど、やっぱり気分の良いものではないからね。」
次の日の仕事終わりにシシリーと取調室に行き、ナタリアの録音記録を聞いた。
シシリーは淡々と聞いていた。
時折、調書を読み返し、ナタリアに処罰を伝えた時までの音声を静かに聞いていた。
全て聞いた後、すぐ、ジュリアーナの記録を聞いた。
ジュリアーナの声があの時を思い出させる。
大嫌いだった女の声。
キンキン騒いでいる声にシシリーは反応する事もなく、時々止めては調書を読み、また続きを聞き、今度は使用人の調書を読み、また聞き始めるを繰り返した。
その姿は捜査中の顔だ。
全て聞き終わった後、
「ラルス団長、付き合わせてしまってすみませんでした。
でも、スッキリしました。
ナタリアがした事は、薬の影響があったのかもしれませんが、許される事ではありません。ですが、私に対してだけの話しですが、あの人はブライアンではなく私にのみ、攻撃をしています。
私が邪魔で嫌いだったのでしょう。
許しはしませんが、憎んではいません。
ジュリアーナに対しては、残虐で悪質で悍ましい薬物中毒の犯罪者だと言う事が分かりました。
人として何もかもが間違っていた人間だったという事も。
ナタリアは、薬をやっていなかったら、ここまで罪は犯してなかったのかな…と少し思います…。
ジュリアーナは・・・罪を犯し過ぎて何処から正せば良いのかすらも分からなかったです…。
薬をやっていなくても、公爵家に来た時点で間違えていたのかもしれないし、子供の時からやり直さなくちゃならないのかもしれないし、生まれなければ良かったのかもしれません。
あの人の事は何度聞いても私には理解出来ません、きっと。」
そう言ってシシリーは片付け始めた。
「ラルス団長は、大丈夫ですか?」
とシシリーが聞いてきたので、
「俺?俺はあの女をあの施設に送った時に存在も憎しみも無くなったね。」
と言ったら、
「・・・羨ましいです…。でも、良かった。」
とシシリーは綺麗な笑顔で言ってくれたが、目の奥の方に澱んだ澱のような物があった。
いつかこの綺麗な瞳が以前のような透き通ったものに戻りますようにと祈った。
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