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プロローグ
しおりを挟む屋敷から出ていく馬車を執務室の窓から見ていた俺は、深く長く息を吐いた。
結婚してから地獄のような結婚生活がやっと終わった。
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あの日、ヒストリアとの結婚が数週間後に迫り、浮かれていた俺は油断していた。
ヒストリアの親友だからと疑いもせずあの女から受け取ったワインを口にした時から俺の地獄は始まった。
強い媚薬入りのワインを飲んだ俺は、あの女…キャサリンと一夜を共にしてしまった…。
独身最後になる夜会に婚約者のヒストリアと参加していた。
ヒストリアが体調を崩し、送ると言い張る俺をヒストリアは「独身最後の夜会を楽しんで」と言われ、ヒストリアが乗る馬車を見送った。
俺が大ホールに戻ると、すり寄ってきたのはキャサリン。
ヒストリアの親友で、学園でも2人は仲が良かった。だから俺もキャサリンには他の令嬢よりは気を許していたのは確かだ。
それでも口にするものには王族の1人として十分気をつけていた。
ヒストリアには何度も言い聞かせていたのに自分自身が油断してしまった。
ワインを飲み干した頃には支えられなければ立っていられないほどになり、媚薬を盛られたと理解した時には俺の控室のソファでキャサリンに跨られ、既に射精した後だった。
タイミングを測っていたかのようにキャサリンの侍女が控室を覗き、悲鳴をあげると蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
俺に薬を盛った犯人は単独犯。ヒストリアへの恋慕による俺への逆恨み・・それが動機と直ぐに拘束された給仕係の男はすんなり白状したらしい。
あまりにもすんなり罪を認めた男を不審に思い、調査をしたがそれといって怪しい人物との繋がりも見つけられず、そのままその男の単独による犯行となった。
俺は治療後謹慎となり、自室から出る事も出来ず、手紙を送る事も出来ない状態で、ヒストリアにすら会えなかった。
この騒ぎを知ったヒストリアがどれだけ傷付いただろうと思うと落ち着いていられず、頭を掻きむしった。
ヒストリアに会わせて欲しい、ヒストリアに手紙を渡して欲しいと何度もドアを叩き叫んだがドアが開けられる事もなく、今どんな状況なのかすら分からない毎日を送った。
謹慎2週間経った頃、王太子であるユーイン兄上が鍵を開け入ってきた。
「コーキン、お前の処遇が決まった。
お前は王家預かりとなっていたマウントゥイン侯爵領の当主となり、キャサリン・ミヤライ侯爵令嬢を妻とする事が決まった。
結婚式は2日後、大聖堂ではなく小ホールで行う。
出席者は王太子である私と王太子妃であるリィーシャ、第二王子ショーヤ、第二王子妃モリア。父上も母上も体調不良により欠席。
披露宴は侯爵領でお前がやるかどうかを決めれば良い。
侯爵領への出発は結婚式の翌日だ。
どうせ初夜などならんだろうから、やりたかったら向こうでやれ。
ヒストリア・イナダール侯爵令嬢との婚約はお前の有責で破棄となった。
そして・・・ヒストリアはお前とミヤライ侯爵令嬢との事を説明され、婚約破棄の手続きを終えた後、行方不明だ・・・・」
淡々と説明していた兄上は、ヒストリアの名を出すと顔を歪めた。
俺とヒストリアはユーイン兄上と7歳、ショーヤ兄上とは5歳はなれているせいか、義姉も含めて可愛がってもらっていた。
特に王太子妃となったリィーシャはヒストリアを“リア”と呼び可愛がっていた。
「ヒス、トリアが・・ゆくえ…ふめい…行方、不明・・・?」
俺もショーヤ兄上は外交、俺は騎士団の団長として国の軍事を担っていくはずだった。
なのに西に飛ばされた挙句、キャサリンと結婚⁉︎それを聞いたヒストリアが行方不明⁉︎
いてもたってもいられず、駆け出そうとする俺を兄上の護衛の1人であり、近衞騎士団内一の実力者と言われているヨシュアに捕まった。
「ヒストリアがいなくなって既に2週間近く経つ。私達やイナダール侯爵達も捜索しているが未だに見つかってはいない。
闇雲に探しても見つかるわけないだろう、コーキン。
それにお前はもうヒストリアの婚約者ではない。
それに結婚式は2日後、もうお前にヒストリアを追う資格はない。
コーキンもヒストリアも気付いていなかったようだが、ミヤライ侯爵令嬢は虎視眈々とお前を狙っていた。
お前なりに用心はしていたようだが、詰めが甘かったな…。
媚薬を盛ったのは別だが、媚薬を用意したのはあの女だろう。
だがどれだけ証拠を探しても立証出来るものを出せなかった・・・。
そしてあの騒ぎで夜会に出席していた者達に知れ渡ってしまった・・・。
それでもヒストリアを正妃にし、ミヤライ侯爵令嬢を側妃としようとしたがヒストリアがいなくなった…。
父上も母上も激昂していて手がつけられないのだ…あの女を王族の一員になど出来ない、あの女とコーキンの結婚など祝福するわけがないと未だにお怒りだ。
一応被害者のミヤライ侯爵側には私が説明した。
あの女、“何故王子妃ではないのですか”と宣った。
ヒストリアの親友と名乗っておったのに、ヒストリアのヒの字も口にしなかったし、謝罪も無しだ。
本当の被害者でもあるイナダール侯爵家は婚約破棄を受け入れてからは侯爵夫人は領地で静養、侯爵とトーリはヒストリアを探しているのか私が呼び出しても体調不良を理由に王城に近付きもしないわ…。
コーキン…お前の気持ちは痛いほど分かる。
だが王族としての責務も果たさねばねらないのは分かるな?
今お前がヒストリアを探してミヤライ侯爵令嬢を蔑ろにすればお前だけでなく私達王族が非難される事になる。
貴族達にも国民にもいらぬ不満を持たせる訳にはいかないのだ…だから今は耐えて欲しい、コーキン。
証拠は必ず見つけ出す。それまで堪えろ、分かったな、コーキン。」
ヨシュアに押さえつけられていた俺を見つめ、辛そうな顔で子供に言い聞かせるように話すユーイン兄上に、言い返す言葉などなかった・・・・・。
そして誰にも祝福されない結婚式をあげ、翌日マウントゥイン侯爵領に向かった。
侯爵領に到着してしばらく経った頃、キャサリンの妊娠が分かった。
俺は侯爵領に来てから一度もキャサリンに会っていない。
子供の時から俺専属の者達はほぼ全員付いてきてくれた。
キャサリン専属には母上と兄上が、侍女や護衛など厳選してくれてミラナイト侯爵家からは1人も連れていく事を許さなかったが、たった1人キャサリンの専属騎士だけは許可していた。
泣こうが喚こうが一切相手にしなかったが、妊娠が分かった時は絶望した。
冷遇はしないようにとの厳命を忠実に守っている屋敷の者達だが、ヒストリアを追いやったキャサリンに寄り添うような者はおらず、ただ淡々とした日々を送った。
妊娠中は情緒が不安定になったキャサリンは何度も俺の所に押しかけてはいたが、顔を見る事はなかった。
俺の部屋の前まで来ては泣き喚き、会うことすら叶わず自室に戻り、泣き喚き、そしてまた俺の所に突撃して、
「ヒストリアなんかより私の方が貴方を愛しているのよ!どうして分からないの!」と同じ台詞を吐き喚いては専属騎士に連れられ自室に戻らされる…そんな怖気の立つ毎日にうんざりしていた。
そしてキャサリンは赤みのある金髪で薄いグリーンの瞳を持った男の子を産んだ。
俺も金髪だが父上、ユーイン兄上と同じクリームイエローだ。
母上とショーヤ兄上は淡い紫の髪。
瞳の色は父上、兄2人は青。
母上と俺は薄いピンクだ。
歴代の王族に生まれた子と同じ色味を持つ者もいないわけではないが、はるか昔の人物だ。
それよりも身近に同じ色味のものがいる。
キャサリンの専属騎士、ケント・アンドゥ。
誰も何も言わなかったが、キャサリンには分かったのだろう、出産してから俺の所へ突撃する事は無くなった。
生まれた子供をチャーリーと名付けた。
全く俺とは血が繋がっていない子供だが、生まれたての赤子は、例え他人だとしても愛らしい。
乳母に任せきりで全く世話をしないキャサリンは放っておき、時折チャーリーの部屋に行っては抱っこをしたり、あやしたりした。
キャサリンは殆ど部屋から出てこなくなった。
俺がいない時は庭に出たりしているらしいが、げっそりと痩せ、以前のように喚く事もせず、ケントにしがみ付くように歩いているらしい。
俺がいない方が良いのならとずっと続けているヒストリアの捜索に向かう。
“東の街に似た女性を見かけた”
“北の酒場に銀髪の女がいた”
“南の娼館に元王族の婚約者と名乗る女がいる”
そんな嘘臭い噂でも確認せずにはいられなかった。
そしてチャーリーが1歳になった頃、キャサリンが妊娠した。
お腹の子の父親はケント。
キャサリンとケントは俺の前で土下座して、お腹の子だけは助けて欲しいと泣いて縋った。
目の前で許してくれと泣く2人を見て思ったのは、
“これで離婚出来る”
ただそれだけだった。
怒っても、憎んでも、ヒストリアはいない。
殺しても殺したりないほど憎んだが、今はこの2人の為に感情を揺らす事すら勿体無いと思うだけで、もうどうでも良い。
ただ俺を見ると笑うチャーリーと別れるのは寂しいなとは思った。
キャサリンもケントもチャーリーを全く我が子と思っていないのか、関わろうとしない。
実際、キャサリンは俺の子供だと思っていたのだろう。
聞けば2人の関係は学園に通っていた頃からで、避妊薬を服用していたようだが、あの夜会で媚薬を盛った日の少し前にも2人はいつものように避妊薬を飲んだ後、楽しんだらしい。
その時に身籠ったのがチャーリー。
ケントと全く同じ色なのにチャーリーを我が子と認めない2人は、腹の中の子供は我が子と思っている様が腹ただしい。
直ぐにキャサリンの不貞を兄上に連絡し、ミヤライ侯爵家への対応を頼んだ。
そして、兄上から離婚の承諾を得たと知らせが来ると俺とキャサリンがサインした離婚届を兄上に送ると離婚は直ぐに成立した。
キャサリンはお腹が目立つ前に侯爵領にある小さな別荘へケントと共に移り、キャサリンの出産後平民となり、この地から離れた場所に小さな家と3人が暮らすには十分であろう金額の手切れ金を渡す事にした。
チャーリーはこちらで育てる事、今後一切マウントゥイン侯爵家並びにチャーリーに関わらない事、マウントゥイン侯爵領に立ち入らない事、イナダール侯爵家並びにヒストリアにも関わらない事、それらを破った場合拘束し、厳しい処罰を受ける事を契約させた。
この屋敷を出ていく際、チャーリーに会わなくていいのかと聞けば、無表情のまま会わないと答えた2人に怒りが湧いたが、二度と会う事もないのだと怒りを飲み込んだ。
結局あの女は何をしたかったのだろう…。
よく泣き喚いていた時、
「みんなヒストリア、ヒストリアって、あんな女、大して美人でもないのに皆んなにチヤホヤされて良い気になってるから私が懲らしめてやったのよ!」
と言っていたが、そんな訳の分からない理由で自分の人生を無駄にしたかったのだろうか。
まあこれからは彼奴らに関わることもないのだ、これからは存分にヒストリアを探す事が出来る。
足取りも軽く玄関ホール正面の階段を登る。歩き始めたばかりのチャーリーが乳母と手を繋ぎ、トコトコと歩いていた。
俺を見つけ、笑顔になるチャーリーに近付き抱っこすると、首にしがみ付きキャーっと喜んでいる。
顔もケントにそっくりで俺に似た所は一ヶ所もないが、生まれた時から今までずっと見てきた俺にとってチャーリーは我が子と同じだ。
最悪ヒストリアを見つけ出す事が出来なかった時は私の後継にすれば良いだけの話だ。
何が楽しいのかチャーリーは奇声を発しながら笑っている。
そのまま執務をこなそうと抱っこしたまま執務室に入ると、乳母のイリヤが仕事の邪魔になるからとチャーリーを連れて行こうとするが、構わないとそのままチャーリーを抱いて仕事をした。
どれくらい経ったのか、気付けばチャーリーは眠っていた。
執務室の隅に置いてあるベビーベッドに寝かせた。
数ヶ月後、キャサリンが産気づいたと知らせが入り、無事女の子が産まれたと報告があった。
赤子が3ヶ月になって領地を出て行く為に侯爵邸にキャサリン達が立ち寄った。
改めて今後領地への立ち入り禁止、マウントゥイン侯爵家、チャーリー、イナダール侯爵家、ヒストリアへの接触禁止などを確認させ、キャサリン、ケント、赤子に血判させた。
執務室を出て行った3人を見送り、2階の執務室の窓から何の家紋も付いていない馬車を見た。
あの日から2年半。
やっと地獄が終わった瞬間だった。
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