The Cross Bond Side Story

夜桜一献

文字の大きさ
上 下
7 / 48
The Cross Bond Side Story Ⅰ

第六話

しおりを挟む

 駐屯地の幹部にプレゼンした結果だけ言えば、全く芳しく無かった。サバゲーの延長線上の様な代物を持って来られても、使う側からすれば困惑するもの分かる。しかしながら相手はテロリストであり人間である事を想定すれば、殺人を犯す事は無くなる。ロの字に囲まれた机と椅子に腰かける全員は表情が堅いままだった。

「これを、どうしろと言うんですかね。上からの命令ですから拝見を致しましたが、任務にこんな玩具を使用して部下を失えと?」

九条駐屯地を取り仕切る三島雄三(みしまゆうぞう)はそう質問する。

「上も一体何を考えているんだか」

「俺達に死ねって事かい?」

「ありえんな」

この席に出ている者はほぼ同じ感想を抱いていた。

「死んでも、人の命を奪った経験はしなくても済みますよ」

「自衛官は、そういった覚悟をしている人種です」

「本当ですか?貴方。人一人を殺して、家族に胸張れますか」

「張れますね、少なくとも私は国家の為に引き金を引けます」

「そういった訓練をしておりますからねぇ。命令に従って引き金を引くそれだけの訓練だけなら我が国の自衛官は超一流でしょう」

嫌味の様に、そう告げた。

「実戦に行った事も無い奴が、偉そうに言うなと?」

「そこまでは言っておりませんがね。今回九条駐屯地に任された任務の為に、選択肢は増やしておくべきとのそれこそ貴方の言う国家の判断故に私もここに来ているのです」

「見縊らないで頂きたい。こんな玩具を以て任務に当たる様な自衛官はこの九条駐屯地にはおりません」

「我が国は戦後未だに戦争知らずの平和ボケの真っただ中に居る国です。妖怪相手ならいざ知らず、テロリスト掃討作戦なんて殺人行為が出来るはずが無いでしょう」

席に座っていた遠藤貴志一等陸尉が手を掲げた。

「すみません、質問があるんですがいいですか?」

「どうぞ?」

「えーっと、射程や威力の確認したいんで試射とかさせて貰えるんですかねェ」

「勿論です。人を殺さず制圧出来る武器こそ自衛官の心情そのものであると使った瞬間にご理解頂けると思いますよ」

苦笑して遠藤は返した。

「その場で、使い物にならない判断を下せそうで良かったです。試射も出来ずに配備なんてされたら、そしてもし仮にそれが原因で死傷者が出たら確かに自衛官としては立ち直れそうにも無いですね」

どっとその場で笑いが漏れる。

しかし男も、何か確信があるのかその返答に付き合う事は無かった。

 多目的ホールの様な場所で、大勢の前でプレゼンが行われそして三島雄三自ら弁を取り、全員の前で説明した。今回の任務が妖怪の掃討ではなく、国家安全保障に関わる任務である事と次の任務に限り、ゴム弾のによる銃の所持を認める事。舞台は京都の有名な砂州にある研究所である事、そして今回が恐らく自衛隊としては極めて異例なテロリスト掃討任務になる事である。

「勿論、主な任務は魔術師の技術をこの世界に入れない為の自動式人形と呼ばれるロボットの確保ではあるが、すでに警察の情報によればテロリストがその技術を奪う可能性は極めて濃厚である事から、確保、局員の保護そして同時展開としてテロリストの掃討を行って貰う。ここまでで何か質問がある者はいるか」

手を挙げて、女性自衛官が質問する。

「どうして今回に限り、ゴム弾による銃が許可されているのでしょうか」

「君達には、こういった事を想定して自衛隊に入隊していない者も居るのではないかという諸君に人を殺さない様にという上からの配慮だ」

自衛隊はいついかなる時でも心構えは必要である。しかしながら、本当に来た時2つの銃がある時、自衛官はどちらの銃を手に取るのか。今回は国家の安全保障ではあるが、他国との生存を掛けた戦いではない。自分達が本当に引き金を引くのに正当な正義がそこにあるのか全員が後で自問自答するだろう。なればこそ、三島雄三はこの言葉を全員に与えた。

「テロリストを一人でも逃せば、必ず市民が被害に遭う。それだけは避けねばならん。自分の親しい者の顔を今思い浮かばせ、そしてテロリストに殺される未来を思い浮かべろ。何を為さねばならぬか自分に問うて、2つのうちの一つ、銃を選択しろ。それでも納得いかなかったり、後悔するようであれば命令した私が悪かったのだと容赦なく私に罵倒を浴びせて構わん」

全員、しんとしてその言葉を聞き入れる。

「諸君が正しい選択を取る事を切に願う」

そう言って、今度は作戦の内容に移った。
多くの隊員が試射を試して、多くの隊員は手慣れた実弾を選択する中3割の自衛官がゴム弾の小銃を選んだのであった。これを受けて、本人達の意思を尊重して今回の任務を外す旨を伝えた。無論、そのまま任務を実行に移す事も考えたもののやはりリスクを想定すれば認可出来るものではない。その事実に、スーツを着た男は予想道理だと嘲笑した。

三島雄三は再度政府高官に連絡を取り、特殊急襲部隊(Special Assault Team)通称:SAT(サット)のを要請したのはそれからすぐの事であった。日本の警察のテロ対処部隊。主な任務は、ハイジャック事件、重要施設占拠事案等の重大テロ事件銃器等の武器を使用した事件等への対処である。
また、刑事部の特殊犯捜査係だけでは対処できない凶悪事件にも出動する。要するに、テロリスト対策のエキスパート部隊なのである。SATは優秀ではあるが、弱点が無い訳ではない。まだまだ数が足りないのでテロを複数同時展開で行われた場合全部には対応が出来ない。故に、広範囲で対応が出来るように近年では自衛隊と特殊急襲部隊が連携して訓練を行ったり、こいういったケースに即座に対応出来るように武装工作員等によるテロ、ゲリラ事案に共同で対処することを目的として関係各機関の間で様々な協定が締結されている。2002年には陸上自衛隊と都道府県警察により、治安出動の際における治安の維持に関する現地協定が締結された。さらに2004年には、防衛庁運用局長と警察庁警備局長により武装工作員等共同対処指針が策定された。これを受け警察と自衛隊による共同対処訓練が全国各地で施されているのである。

 警察庁の中の一室、あれだけテロの相手は自衛隊と息巻いていた政府高官からのSATの要請打診に思わず笑いを堪えた。それも、誰が見ても分かる程のニヤケ顔。

「分かりました。テロの対策はエキスパートにお任せ下さい。経験の違いは大きいでしょうからな。すでにSATは今までに何度もこの国を脅威から守った実績がありますし。すぐにでも九条駐屯地に派遣させましょう」

電話を切ってから、真顔に戻る。長官は警察にもテロから脅威を守る術がある舐めるなと、そう心の中で相手に毒を吐いた。時刻はまだ夜明け前。任務実行の日となり薄暗い中でSATの部隊と九条駐屯地の自衛官がグラウンドで整列している。絵美は自分の選択した実弾の入った銃を手に抱いて、号令と共に敬礼をする。後悔は無いと自分に言い聞かせて、テロリスト掃討任務に参加する事になったのである。


しおりを挟む

処理中です...