The Cross Bond Side Story

夜桜一献

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The Cross Bond Side Story Ⅰ

第五話

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 長閑な日本のある日の午後である。4月も後半になって桜も、花弁が舞い散る。そんな緩やかな日常に、九条駐屯地は銃声を響かせながら89式5.56mm小銃の発砲訓練を行っていた。訓練兵が一列に並んで銃を手に持ち、構えの姿勢を維持する。上官の号令と共に手に持つ銃の引き金を一斉に引いた。その音が周囲に響いているのである。パパパパパパ!!という連射音が響き渡り、再度上官の号令と共に引き金を離した。硝煙の匂いが漂い、向こう側には立札の的があるが、文字通り蜂の巣状態である。絵美が一息吐いて、自分の89式5.56mm小銃を眺めた。一度実践で撃った事があるとは言え、なかなか慣れない物である。

「絵美さん、狙撃結構上手いよね。やっぱり経験者は違うね。心構えとか」

となりの女性自衛官が絵美にそう言った。

「そうかな?別に普通だと思うけど」

「私、人を撃つかもって思ったら、躊躇しちゃうかも」

「多分、そんな状況にないと思う。自衛隊が銃を構えるって生きるか死ぬかの生存を天秤に懸けた状態だろうし。相手が妖怪なのか人なのかは分からないけど」

後方支援任務に行った時、銃を撃った時も必至で迎撃に当たって後で色々悶々思ったものだが、生きていて良かったと実感が後から湧いてきた。

(それだけは確かなんだよね)

自分が生き残った事、それ自体が幸運だった様に後で思えた。敵の車両が複数現れたら命は無かったに違いないのだから。


 政府高官からの電話が、九条駐屯地を取り仕切る三島雄三(みしまゆうぞう)に掛かって来ていた。九条駐屯地が通常の国家防衛の任務の他に京都における妖怪等の防衛任務も兼任している側面もあり度々陰陽庁の役人や政府高官から任務が入る事がある。

「それで、警察の情報は確かですか」

「うむ、すでに内偵が掴んだ情報によれば、京都の砂州にある研究所にて受け渡しが行われるらしい。もし強奪する機会があるとすればその研究所で行われる可能性が高い。魔術師の技術の流出は何としても止めねばならん。国家の、いや、世界の秩序を乱しかねない事案だ。米国もこの件に関して米軍を動かす意向を示している。九条駐屯地の面々がもし失敗すれば今後は断る理由がなくなるだろう」

「研究所の職員の確保または救助とテロリストが居た場合の掃討を同時展開、厳しいですな」

研究所の職員とテロリストの区別をどうつけるか。

「くれぐれも誤射だけは勘弁してくれ」

「肝に銘じましょう。唯、また上手い言い訳を考えねばなりませんね。そうなった場合は我々は砂州に夜間訓練とでも言えばいいんですかね」

「世間への虚偽報告はそちらに任せる。ともかく部隊を率いて待機をしておいてくれ給え」

「了解しました」

「ああ、それと、少し君たちにテストして欲しい武器があるんだが、まぁ使うかどうかは君達に任せたい」

「はぁ・・・武器ですか?」

「そう、自衛官に今後必要になるかもしれない・・・・・・ね」

電話を切って、その意味深な台詞に疑問符を浮かべながら三島は電話を切ったのだった。九条駐屯地に、企業の営業マンが姿を現していた。キッチリした制服に身を包み、大きなスーツケースを持参して門の前に立っている。後ろには会社のワゴンが数台立ち並び、行列を作っている。携帯に連絡を取って来訪を相手に報せると、駐屯地の門が開かれる。

「さて、これが日本の標準装備になるのか、それとも廃案になるのか」

男にしてみれば、実の所さして興味があった訳でも無い。要はテストとデータ、それから販売に繋がればそれで良いのだ。ともあれ、今回は政府高官からの根回しによるもので自衛隊に人を殺さず相手を制する武器を持たせられないかとの事でテストケースで制作された武器のお披露目である。結論から言えば、殺傷率を抑えて相手を制するなんて武器そうそうあるものでもなく、ゴム弾による重火器となった。威力があるのでサバゲーにも不向きだが、実践にするとなると貫通力なんて無いので対人戦以外には意味が無い上に自衛官の腕が無い限りは仕留め損なう可能性も高い。しかしながら、肌に触れれば当たった個所は暫く使い物にならない程に腫れて麻痺する事請け合い。足に当たれば確実に動けなくなるだろう。頭に当たれば運が悪ければ死に至る。そんな非殺傷ギリギリの武器である。米国にあって日本に無い物の一つに、戦役者の病院が挙げられるだろう。戦場に行って片足を失った突撃兵、地雷を踏んで下半身不随になった偵察兵、暗い闇の中スナイパーライフルの餌食になって左腕を失った狙撃兵。そして、【人を殺した記憶が重すぎて壊れた】精神疾患患者。一人殺した記憶が一生付き纏う。兵士が人を殺せる理由は大義名分があり、そして正義があった場合のみだ。兵士は国家が号令で動く意思の無い駒では決して無い。軍備を拡大し、紛争や戦に巻き込まれれば、覚悟せねばならぬ事態の一つと言える。それらを自衛官一人一人がちゃんと認識しているかと言われればそうではないだろうが腹を括った時に何を思うのかは人それぞれであろう。門が開かれて、ワゴンの行列が駐屯地に入っていく。

「さて、どうなります事やら」

男もゆっくりと九条駐屯地へと足へ踏み入れた。
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