The Cross Bond Side Story

夜桜一献

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The Cross Bond Side Story Ⅰ

第十二話

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 九条駐屯地に戻れたのは、翌日朝1時。研究所内の救助者の確保と生存者の捜索、そして残党と死者の搬送に自衛隊とSATで行った。途中で休憩を挟んだものの、全員の疲労が目に見える。救急車への連絡、事件を嗅ぎつけたマスコミへの対策すべき事、為すべき処置、それらが終わるとSATはそのままヘリで東京へと戻って行った。九条駐屯地の自衛官達も一度舞鶴に戻ってから全員ヘリで九条駐屯地へと戻った。夜も暗い為、照明が使われ三島陸将が、整列した自衛官達の前に立つ。

「まずは、任務達成の労いを言おう。皆、良くやってくれた。実弾を選び、死地に赴きそれでも後悔無く君たちは普段の訓練を大いに発揮してくれた。感謝する。そして、自衛官として胸を張って欲しい。君たちはテロリストを殲滅し、京都ひいては日本の為戦ったのだと君達は九条駐屯地の誇りであり、私の誇りだ」

三島陸将が敬礼すると、その場の全員が敬礼をした。砲撃を食らって爆風で破れた服と火傷した傷跡。実弾を掠って命拾いした者。ナイフで斬られた後今でも耳に残っている銃声の音。戦場を生き抜いた者達が行く前とは明らかに違う顔で皆その場に立っている。そして、三島陸将の解散の一言を以て、長い一日が終わりを告げた。絵美はようやく、夜空を見上げて、また生き残った実感を味わう事となった。

 テロリスト掃討作戦が終わって、間もなくSAT、自衛隊の損害状況が纏められた。重軽傷者8名。圧倒的大多数による蹂躙を以てしても軽微ながら損害は出るものだ。3日が経過して、自衛官の中に退職者が数名程出たがそれは仕方の無い事かもしれない。政府高官とゴム弾を提案してきた商社の人間が防衛省庁の一室で面と向かって話し合っていた。

「では、今回はこの話は無かった事という事で。残念ですが、これも貴方の筋書きですかね」

「そう言わんでくれ、それにしても死者が出なかったのは幸いだったな。あの元牙王の男も居たと聞いて肝を冷やしたよ。二宮准尉に感謝せねばならないな」

「確かに、あの男が暴れた場合最悪壊滅に追い込まれたでしょうね。今回の一件で、自衛官が実践を踏んだ経験を得ました。貴方が本当に必要だったのはそれではないですか?」

「・・・さてね」

狸を被って、政府高官が白々しく言った。
実践という得難い経験を積ませる事が全てではない。この平和すぎる日本に置いての軍という特殊な全ての人間達の覚悟、練度、それらを推し量るだけでなく、何割の自衛官が【たった一度の戦闘で軍を離れるか】それが政府の知りたい情報だった。ぬるま湯に浸かっていた者達が熱湯を浴びせられて果たして何人また湯を浴びる覚悟があるのか政府の誰にも知りえないのである。フィジカルや技術はこの日本でも他国に負けない様に磨く術はある。しかしながらメンタルに置いてはどうか。豊かな国故に、ハングリー精神も他国に比べれば遥かに落ちる。一回戦っただけですぐに辞めてしまう者が沢山居るようであれば、わが国は張り子の虎同然である。故に、隣国による国防の危険やテロリストが蔓延る現代においてメンタルを如何に向上させるかが重要になっていた。そういう意味合いにおいては九条駐屯地はテストケースとして申し分無かった。妖怪の掃討という名目で自衛官に経験を積ませる事が出来る。それがこの国の国防の未来を築いていくはずだと男は思っていた。


 九条駐屯地は、本日は訓練する人間の数がいつもに比べて随分と少ない。それもそのはずで、残った3割の人間がいつもの防衛任務の為訓練をしていて、作戦に臨んだ7割の人間は3日間の休暇を貰っていた。祝勝会と称して居酒屋で皆で飲み会を開く事になり、誘える者は皆誘った結果、60人超えという大所帯になってしまった。三島陸将が音頭を取って、始まり、宴会は始まった。本日は全員私服である。全員酒に溺れて飲んで、笑って、そして中には何故か泣く者も居た。昨日の事をどう捉えるかは人それぞれであり個人の問題でもある。遠藤のお猪口に絵美が熱燗を注いで、それを一気飲みにして言った。

「だァ~から言ったじゃん絵美ちゃん。ここ碌なトコじゃないって」

「まぁ確かに、妖怪にテロリストと自衛隊がフル稼働なんてすごいですよね」

「異常だよぶっちゃけ、他より給料良いのもあれだから移らないけどさ」

白木がそういうと、秋山と船橋も頷いた。

「でもいつまで、命を天秤に掛けていられるか考えないか」

船橋がそういうと、遠藤も首を傾げた。

「辞めればいいんじゃないのそん時ャ~さ。別に誰にも強制されてないんだしねェ」

「遠藤さんは、辞めたいって思わないんで?」

「俺はあれ、市民の皆を守りたいと思ったから・・・だから辞めない」

「カッケーすわ!一生ついていきまっす遠藤隊長!!」

ガバっと抱き着く白木。

「うるさいんだよォ馬鹿白木!!どうせなら絵美ちゃんにして欲しかったわ!!」

「私ですか?どうしよう。・・・した方がいいです?」

顔を紅潮させて言うとえもいわれぬ色気を醸し出す。思わず横に居た秋山が答えた。

「生娘丸出しね、貴方って」

「秋山さんは、前田さんとは恋人なんですか?」

秋山が思わず吹き零してそれから咽た。

「ごめんなさい、変な事聞きました私。良く二人でお見掛けするのでそうなのかなって」

「別に構わないけど、人の事ズケズケ踏み込んで来るのは勘弁して欲しいわ」

「反省します」

白木が遠藤に尋ねる。

「遠藤さん、もう暫くこんなの無いっすよね」

「仮にあったら逃げるの白木は」

「流石に暫くは暇な日常送りたいって思いますよ」

「今んトコ何も聞いてないけど」

「ケド?けどって事は何か続きがあるんじゃ」

「いや、ちょっと前に教会の中でもドえらい人物が日本にやってきてるってそんな話がね」

あったような、なかったようなと遠藤は歯切れの悪い物言いで結局煙に巻いた。宴会だけで全てを呑み込んで受け入れる事も、忘れる事も出来ないが全員が生還出来た事を絵美は何より嬉しく思ったのだった。


 
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