Voo Doo Child

夜桜一献

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Revenge tragedy of agent Ⅰ

第九話

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腰を落としてその存在は一緒に欠片を拾い集める動作をして、ぴたりと止まった。

「何方か存じませんが、ありがとうございま―――――」

彼の顔を見て、老人は恐怖で大きく顔を歪ませた。夏にも関わらず、分厚いコートに帽子を着た悪魔。何故ここへ戻ってきたのか意味不明過ぎて恐怖に包まれる。念書の何と無意味な事か。今度は送り返されるだけでなく自力で帰って来た。

「ぁ、ぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

その声が聴きたかったと言わんばかりに満足な笑みを浮かべ悪魔は老人の首を伸ばした爪で切断した。

 陰陽庁は本部と支部で同一の説明を昼と夜2回行った。昼は20歳未満の学生、夜は大人組へ今回の妖怪について説明を行った。10年前にも経験を持つ者は恐怖を呼び起こす事となり顔面蒼白になる者まで居る始末。まだ知らぬ者程功績を挙げようと奮起し事件解決に燃えていた。経験の差は出るだろうと思い、公開された写真や実例、情報を伝える。“鬼”の凄まじさをようやく知ったのか流石に舐めて掛かろうという者は居なくなった。大人組への説明を終えて、暫くが経過し社長が今日はこちらで泊りたいのか、すでにソファーで丸くなっている。ところが、すぐさま社長が慌てて体を起こし、周囲を伺った。険しい表情をして警戒を最大にして威嚇し喉を鳴らした。

「社長?・・・・・・・・・・誰!?」

妖怪の気配がそこにある。扉が開いて、“鬼‘’が来たのかと一瞬錯覚した。身構えていると、この間見た良く分からない隊員の写真と瓜二つの者が目の前に居る。和服を着た美少女で、黒髪の長髪が特徴的である。京子が固まっていると、その空気を砕くように少女は挨拶をした。

「あら、ごきげんよう。晴明から手伝うように依頼されてここに来たのだけど話は聞いてないのかしら?」

「貴方は?」

「私?私の名前は晴野浦美(はれるやうらみ)。人の恨み辛みを晴らすべく生まれた、れっきとした妖怪よ」

特別隊員を今回は最初から呼ぶ予定なので、支部に行くから彼女と協力して鬼を討伐せよ、と兄の手記にそうあった事を京子は思い出した。

 晴野浦美がソファーに座って、社長の喉を撫でている。ものの数分で飼いならされたようで、気持ちよさそうにしている。敵意は無いようだが、妖怪をおいそれと信用する訳にもいかない。高い茶葉を使って、湯飲みにお湯を入れて暫くした後おちゃを注ぐ。どうぞと差し入れると、これはご丁寧にと浦美は美味しそうに飲んでいる。妖怪というよりどこぞの淑女といった感じで華奢で儚げで黒い着物を着こなしており気品さえ感じた。年齢は然程変わらないように見える。アイドルだと言われても納得出来そうな可愛らしい容姿を持ち、妖怪だというのが信じられない程である。

「それで、浦美さんは陰陽庁特別隊員という事ですが・・・・・・」

「ええ、そうよ。明治元年の話なんだけど、徳川幕府が終わって当時の晴明に敵対するより寧ろ力を貸せって言われてね。代わりに私の普段の行動の制限の一切を邪魔しないって言われたら流石に頷くしかなかったわ」

狙われ続けるのも面倒だったし、と一言添える。恐る恐る、京子は尋ねた。

「その、普段の行動というのは?」

「強い恨みを持ったまま死んだ魂の声を聴いて、その人の代わりに現世で復讐してあげるの。悪党しか殺してないのに、陰陽庁は邪魔ばかりしてきたから対立した事も何度もあるんだけど、行動を邪魔しないって言われてからは本当に何もしなくなったのよね。代わりに、たまに声が掛かった時は手助けするようにしてるのよ」

ニコっと最高の笑顔で京子に笑顔を向けて来たが、京子はすでにお茶の味がしなくなっていた。ガクガクと震えて、顔が青冷めているのが感覚で良く分かる。震える手で、少しお茶を零したが気にせずごくり、と一口飲んで、ちょっと失礼しますね、電話でと言って奥のキッチンスペースに駆け込み、携帯で兄に繋げる。

『お、どうした京子。何か進展あったか?』

「何かじゃないわよ!!よくあんな殺人鬼私に差し向けたわね!!」

涙目で本気で訴えた。下手をしたら今回の妖怪よりもヤバいに違いない。

『ああ、浦美に会ったんやな?どうや、仲良く出来るか?』

「仲良くって・・・恐怖で今鳥肌立ってるんだけど?」

『彼女は妖怪やからなぁ。その辺の行動自体は彼女の存在意義やから俺等がどうこう言うこっちゃない。昔の晴明も彼女が悪党減らしてるだけって気が付いてからは、協力的になった訳やしな』

曰く、彼女は人間が生まれた頃より存在している最古の妖怪の一人。人々の恨み辛みを晴らしたい感情から生まれた感情の化身であり仮に討伐したとしてもすぐに現世に蘇るとの事。負の連鎖を断ち切るには人類から感情を消す以外に無いらしくそういう理由もあって自然現象、または天災と呼ぶべき存在であり彼女の行動を阻害する事に意味はないと当時の晴明は結論を出した。

「・・・私に清濁併せ呑めって?」

良くあるドラマだと決して許されない殺人行為に目を瞑れ、と齢13にして中学1年の京子に兄は言っているのである。

「お前も、支部の局長やろ。年齢は今関係あるか?」

そう言われると、頷くしかない。というか、本部で彼女を引き取ればいいではないかと
思わなくもない京子だったが、渋々受け入れた。

『それに、10年前あの“鬼”と戦って後一歩まで追い詰めた功労者やから彼女の話をちゃんと聞いて、協力しいや。前回もお陰でこっちの死傷者は大分減った言う話でな。彼女がおらんかったらもっと増えとった可能性あるで』

「そういう、超大事な事は先に教えといてくれる?これからでいいから」

電話を切って、溜息を吐く。京子は切り替えて、再度浦美の元へ戻ったのだった。

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