Voo Doo Child

夜桜一献

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The killer of paranoid Ⅶ

第十話

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青葉は、東京にある事務所の前でその建物を眺めていた。ウェブサイトで信仰を集めていたテラメアという疑似神を今も尚崇める者達の巣窟。チラシを見ればテラメアとは何かという解説から有難い説法までびっしりと書かれてある。今の所流行っている素振りはないが、当時を知る人が語り継ぐといった少数派のサークルの様なもの。彼等にしてみればテラメアはネットの世界から降臨した神様との事らしい。扉を開けて中へ入ると、彼等から歓喜の表情が伺える。

「入信希望ですか?」

青葉は首を横に振る。

「いえ、私は当時のテラメアを運営していた者の一人。上の方に取次いで頂けますか?」

そう告げると、受付の者が驚いた表情を浮かべた。当時のサイト管理者が訪れたという知らせに、サークルの統括者は喜びを持って青葉を迎えた。青葉と机で向かい合って挨拶をかわす。幹部もテーブルに座り青菜を見ている。

「お久し振りです。会えて光栄ですよ青葉さん」

「国本さんもお変わりなく。先日急に連絡をしたのに色々と用立てて頂いてすみません」

「気にしないで下さい。あの日持って逃げた金が元ですから貴方の物ですよ。この椅子も資産もお金も」

その言葉に幹部は動揺している。急に現れた存在が自分たちの上に立つかもしれないことに焦りが見える。誰も納得しそうにはない。国本は呪術を用いて青葉と幾度と獄中でやり取りを交わしていた。脱獄の計画もこの10年の間に練ってはいたが、青葉一人が逃げても二人を犠牲にしてしまう。今回の「D」からの申し出は青葉にとっては運が良かった。感謝の念で厄介毎に巻き込まれてはいるが獄中に居るよりは退屈はしないと青葉は考えている。

「いえ、椅子にも組織にも金にも興味がありません。頂いた資金1千万余りで十分ですとも」

「やはり研究畑な方だ。欲がない。それでいて自分の目的なら赤子でも平気で殺すのだから人の本質等誰に分かるものでもないですな。あの時持ち出した資産に比べれば微々たるもの。ご入り用でしたら仰って下さい」

「追加、という事であれば、これから国の組織と一戦交える事になりそうで。無事生還出来れば2名の若者を幹部に取り立てて貰えますか」

「陰陽師達とまた戦うというのですか」

「ええ、成り行きですが自分の目的の為に。ですが残り二人はその戦いに巻き込まれたも同然で本意ではない」

「分かりました。貴方も居ればこの椅子と組織を継ぐ条件で引き受けましょう。上に立つというのもなかなか大変でして。そろそろ隠居しようかと思っとるのですよ」

「食えない人ですね」

「貴方程ではないと思いますよ」

青葉は国本が金を持ってすぐに逃げ出す準備を始めていると踏んだ。自分が加われば確実に警察のガサ入れが入り潰される事に気づいている。当然二人が入っても同じ事。テラメアという神を信仰して敵視されない理由は青葉が囚人だったからだ。脱獄した今、国に警戒されるのはもう確定事項。面倒事になる前に逃げ出すのは当然の流れとも言える。

(しかし信仰者数5万人もいるのは驚きでした)

多くもなく少なくもない。

しかし確実に信者は存在している

それ故に10年以上の歳月を経てもテラメアが消滅する事はなかったのだ。

本来、無関係な人々の信仰がテラメアに集約される事はない。少数でも昔の関係者がテラメアとはどういう存在か周囲に話をしているからこそ疑似神として体を成している。それは青葉の神を創成するという研究成果の一つと言えた。


 山の森を抜けて、バスの停留所まで辿り着くと、バクが何やら真剣に考え事をしている。夏樹は気にしないようにしていたが、バクが急に閃いたように夏樹に尋ねた。

「夏樹さん、おいらのマスターにならないっすか?」

「絶対嫌。これ以上何させようっての。何マスターって」

夏樹は心底嫌そうな顔をバクに向ける。

「いや、この先の戦いに付いていくには今のままだと足場くらいしかお役に立てないっす」

「力使えないんでしょ?」

「一つ人間界における創成の神との約定に引っ掛からない方法がありまして。人間と主従を結ぶ事っす。神が人間との契約において主従を逆転させる事。人間との契約は邪神なんかがが主に使う手っす。人間に力を与える代わりに手足になってもらう。これはその逆っす。力を譲渡している夏樹さんにおいらが主従を結べば、おいらも人間界で定められた範囲での力しか使う事が出来ない。故に石にならずに済むっす」

「そんな方法があるんだったら早く言いなよ」

「いえ、夏樹さんがこの一件が終わった後で主従契約を放棄してもらえる人柄でないと無理な話すから」

「そこは心配しなくていいわ。秒で解除したげる。何すればいいわけ?」

「夏樹さんは何もしなくて大丈夫っす」

急に、夏樹の周囲に魔法陣が浮かび上がりバクも光輝く。魔方陣に描かれた文字が夏樹の体へ入っていく。強烈な閃光が迸り、夏樹が目を開けた次の瞬間には、一回り小さくなったバクの姿が見える。色がピンクから黒一色になっている。

「夏樹さん。貴方が私のマスターっすか」

「知らないけど、終わったの?」

「そこは、ちゃんと答えてくれないと。ノリ悪いっすね」

「っと何だろ、霞からライン来てるわ」

夏樹はラインの内容を見て驚き、霞にすぐ合流する返信を送った。
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