ピアニストうさぎ、恋愛を知らず、性欲の深さを知る。

有平宇佐

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第一話

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 町外れの小さな一軒家に黒豹の耳としっぽを持つアルファと、白ウサギの耳としっぽを持つオメガがルームシェアをして暮らしていた。
 間取りはありきたりな3LDKだが、そのうちの一部屋は防音室に改装されて、グランドピアノが置かれている。窓から中を見れば白くて長い耳の先が揺れていて、今日もピアノを弾いているらしい。
 防音室とはいえ防音効果は完璧ではない。玄関のドアを開けると、カラオケルームの廊下とまでは言わないが、それなりに音が洩れる。
 練習なのだから、同じ場所を繰り返すのは仕方がない。美しい旋律が途中で途切れるのも都合があろう。
 ただし、人が仕事から疲れて帰って来た耳に、ヒステリックに叩きつけるような音をガンガンねじ込まれるのだけは我慢ならない。
「うるっせぇぞ、ウサギ! てめぇ、またヒートか!」
 黒豹が踵でドアを蹴破れば、白ウサギは耳の内側を真っ赤に染めて、湯気が出そうなほど赤い顔をしてピアノの鍵盤に向かっていた。
「うるっさいな。どうせまたヒートだよっ! 悪かったなアルファ野郎っ! さっさとファックさせやがれっ!」
むきーっと楽譜や抑制剤のピルケースやメトロノームまで投げつけられて、黒豹は耳を後ろへ倒しつつ顔の前で両腕をクロスする。
「物を投げるんじゃねぇ! 何度言ったらわかるんだ。アルファだってお前と同じ獣人なんだ。ゴジラやウルトラマンじゃねぇんだぞ」
牙をむき出しにして吠えれば、白くて長い耳は後ろを向いて垂れ、口はへの字に歪んで赤い目には涙が盛り上がる。黒豹は両手の指先を内側に丸め、しっぽの先まで力を込めつつ膝から崩れ落ちた。
「ぐあーっ、泣くのかっ? 泣くのかっ! めんどくせええええええええっ!」
「うわあああああああああああああああああああんっ!」
黒豹の小さな耳にもその泣き声は大音量で流れ込み、頭蓋骨までびりびり響く。両手の人差し指を耳の穴に突っ込みながら叫び返した。
「うるっせええええっ! さっさとマスかいて寝ろっ、ヒート野郎っ!」
「やだあ! お尻がむずむずするぅ!」
ウサギは両手を顎の下にあててぴるぴると耳を振る。
「バイブ突っ込んどけ!」
「壊れちゃったぁ!」
 その言葉に黒豹は両目を見開く。
「また? どんなケツしてんだ、てめぇ!」
「わかんないけど、動かなくなっちゃったのー! むずむずするぅ! むきーっ!」
黒くて四角いピアノ椅子を持ち上げようとするのを押しとどめ、しゃくり上げるウサギをぬいぐるみのように抱いて、階段を上がって左側にある黒豹の私室へ運んだ。
「まったく。ヒート中のオメガに逆らおうとした俺が間違ってたってか……」
ウサギはすっかりご機嫌で、黒豹のベッドの上でニコニコしながら服を脱ぎ始めている。獣らしさを示すのは白くて長い耳とふわふわの白くて丸いしっぽだけで、全身を客観的に眺め渡せばそれはちょっと舌なめずりしたくなる、おしろいの下に紅を隠したような水気を湛えた美青年なのだった。
「早くぅ♡」
 白くて丸いしっぽを見せられ、黒豹はがおーっと吠え、Tシャツの衿を掴んで荒っぽく脱ぎ捨てた。
 ベッドの上に乗り上がると、すぐ首にウサギの腕が絡みついてくる。背中へ腕を回すのと同時に唇が重なった。発達した牙がウサギを傷つけないよう気をつけているのは黒豹ばかり、ウサギはそんなことお構いなしで薄く小さな舌を積極的に突っ込んでくる。
「あんまり煽ると、前戯すっ飛ばして突っ込むぞ」
低く唸ってもウサギは笑っているだけだ。
「もう入ると思うからいいよ。黒豹くんの硬くておっきなおちんちんで擦って♡」
「情緒も何もあったもんじゃねぇな。ファックじゃなく、せめてセックスさせろよ。こっちだって疲れて癒し効果くらいは求めてるんだから」
「前戯が癒し?」
 ウサギは首を傾げ、ぴるぴると耳先を掻く。
「前戯も、本番も、後戯も、いろいろあるだろうがよ、情緒ってもんが」
「ふうん。ウサギ、よくわかんない」
「てめぇ、本当に職業・ピアニストかっ」
「だってピアノはポーンって叩けば、ポーンって音が出るもん。クラシック音楽は再現芸術だから、ベートーヴェンが作った曲ならベートーヴェンが作った通りに、ショパンが作った曲ならショパンが作った通りに弾けばいいんだもん。特に今は原典主義が主流だから、ジャズの即興みたいなお飾りとかいらないし、直球勝負?」
かぱっとM字開脚されて、黒豹はうなだれた。
「頼む。お願いですから、俺の気分をもう少しのせてください。多少……というか、だいぶメンタルも関係しますんで」
「アルファって強いクセにしなやかさが足りないよね。ポッキリ折れるっていうの?」
首を傾げるのと同時に二本の耳も傾く。
「おっしゃる通りでございますんで、せめて部屋の明かりを落としてもいいですか」
「いつも暗くしたがるけどさー、暗くしたら見えないじゃん。即物的なのが好きなくせに暗いほうがいいって、いつも納得いかないんだよねー。MM号だって、女子社員シリーズだって、明るいままじゃん?」
「エロ動画の照明の問題じゃなくて。とにかくこれ以上、俺が戦意喪失する前に暗くしやがれください」
「もぉ、デリケートなんだからぁ」
ふわりと照明が落とされて、ベッドの上に二人並んで横たわり、黒豹はウサギを抱き寄せた。

ふわりと照明が落とされて、ベッドの上に二人並んで横たわり、黒豹はウサギを抱き寄せた。
 長い耳を丹念に撫で、撫でる手の位置を少しずつ下へ。頬を撫で、顎の下をくすぐり、首筋を撫で、鎖骨から肩、二の腕を辿って肘からそっと胸へ移動し、平らな胸の小さな粒をそっとつまむ。
「あ、ん。気持ちいい……もっと」
うっとり目を閉じたまま胸を突き出され、黒豹は片方をくりくりとねじったまま、反対側を口に含む。舌先で転がしてやると、ウサギの背は簡単に跳ね上がった。
「ひゃあんっ! 黒豹のベロ、気持ちいい。も、イッちゃう」
ヒート中の敏感な身体は瞬く間に上り詰める。逞しい黒豹の腕の中で無防備に震え、くったりと力を抜いた。
「黒豹の意地悪」
尖らせた唇はバラの花に浮かぶ朝露のように美しい。
「俺、意地悪だったか?」
キスで頬を突き上げるようにしながら訊くと、ふいっと横を向く。
「意地悪だよ。僕がどうやったらイっちゃうか知ってて、簡単にするんだもん。待ってって言う間もなくイッちゃった」
「イくの嫌いだっけ?」
「ううん、好き。気持ちいいの好き」
ウサギは黒豹の胸に額を擦りつけた。
「もう一回イかせてやる。……何だよ、もう腰振りたいのか? エロウサギ。いいよ、擦りつけて。まだゴムつけてないから、入れるなよ」
「避妊リングしてるもん。入っても平気だよ」
「万が一受容体が開いてたらどうするんだ? 凡ミスで俺とつがいになるのか?」
「つがいはやだー!」
ばっさり斬り捨てるように言ってのけ、さらには大きな耳まで左右に振られて、黒豹もあっかんべーと舌を出す。
「こっちだってこんなヒステリックな発情ウサギは願い下げだ」
 ベッドの上にあぐらをかき、猛ったものに薄膜をかぶせてから、その上へひょいとウサギを座らせる。
「ほら、自分で好きなように動けよ」
トントンと突き上げてやるだけで、ウサギは黒豹に縋り付き、甘い声を上げながら腰を振り始めた。
「ん、気持ち……いい……。やっぱ、おもちゃより黒豹のが気持ちいい……」
「そりゃどうも」
 揺れるウサギの両胸の粒を同時に捏ねてやると、いっそう甘い声を上げて長い耳を振る。
「乳首でイっちゃう……」
「イけよ」
ぎゅっと上下からつまんでやると、簡単に遂げた。黒豹自身も軽く絞り上げられて目を眇めたが、すぐ律動を再開し、達したばかりのウサギを翻弄する。
「あん、そんなに……黒豹……」
「気持ちいい? 俺も気持ちいい」
しっかり抱き締めて揺らせば、ウサギも素直に抱きついて腰を振り、二人は互いに水を押し合うように快楽の波を高めていって、全身の血液が炭酸水のようにはじけるのを感じながら絶頂を迎えた。
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