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番外編:今、きみを抱く理由
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しおりを挟む撮影が終わると、これまた一気に空気が変わった。
「はー、お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ」
「なんか珍しく緊張しちゃった。もうこんな現場こりごり」
「俺だってお断りだ。もともと、志保が言わなかったらやらなかった」
「握手したいんですか、二人とも」
再び始まりそうになった戦いを、たった一言で止める。
「他のスタッフがいなくてよかったです。本当に」
心からそう言う。
この貴重な撮影は、豊さんの方から他人の存在を拒んだ。
周りのスタッフたちが好きなように解釈していたのを思い出す。
「あのアキが相手だから気合を入れているんだ」
「一筋縄じゃないかないのを神宮寺さんもわかってるんだ」
「現場に立ち入り禁止なんて、きっとすごい撮影が行われるに違いない」
どれもこれも、一応間違いではない。
けれど、なんとなく私には理由がわかっていた。
(スタッフたちがたくさんいる状態だと、アキくんの方がうまく立ち回る。……べたべたくっついても受け入れられるアキくんが私になにをしても、豊さんは止めきれない。たぶん)
スタッフの人数が少ない分、自分たちでやらなければならないことは増えてしまう。
こういう意味での公私混同はしないと思っていただけに、豊さんの意外な独占欲を感じてしまった。
(まあ、もともとそういう傾向のある人ではあったけど――)
「ねえ、志保ちゃん」
ととと、とあざとく近付いてきたアキくんがにっこり笑う。
「このあとって上がりだよね? 一緒にご飯食べに行かない?」
「行かない」
私の代わりに豊さんが答える。
こちらはあざとく近付いてきたりしなかった。
足早に私のもとまで来ると、まるで見せつけるように私の腰を抱く。
「豊さ――」
「志保には俺との予定が入っている。君と遊ぶ時間はない。今後も、ずっと」
「けち」
子供のように唇を尖らせて、アキくんは豊さんに舌を出した。
「いつか間男になって寝取ってやるー!」
アキくんは笑えない冗談を言い捨てて、そのまま撮影現場を立ち去ってしまった。
残された私はやんわり豊さんの腕から逃れようとした――けれど。
「……あの、離してください」
「君の態度もよくない」
「アキくんに対してですか?」
「そうだ」
アキくんがいなくなったことで、矛先が私に向いている。
でも、それはちょっと納得がいかない。
「言っておきますけど、もうアキくんにはお断りを入れているんです。これからどうなるかなんてありえません」
アキくんだってわかっている。
だって、このネタで絡んでくるアキくんはあのときの真剣な顔をしていない。
私はそれを理解していたけれど、豊さんはまだ不機嫌だった。
「ありえないなんて、どうして言い切れる?」
「……もしかしてマリッジブルーの話を気にしているんですか?」
「…………」
(図星?)
アキくんにはあれだけきっぱり言い切っていたくせに、実は結構気にしていたらしい。
(そういえば豊さんってこういう人だった)
意外なことを、意外なほど気にする。
そういうところはときどき子供っぽく見えて、かわいい。
本人に言ったらやっぱり機嫌を損ねるだろうけれど、こっそり思う分には構わないだろう。
「心配しなくてもありえないって私が言ったらありえないんです」
「もっとはっきり理解させてくれ。じゃないと離さない」
「……仕事場ですよ、ここは」
「誰も来ない」
「だめです。いくらもうこれで終わりだからって――」
言いかけた私の唇を豊さんが塞ぐ。
びっくりして抵抗を忘れ、舌の侵入を受け入れてしまった。
「ん、ん」
肩口を掴んで逃げようとするけれど許されない。
それどころか、豊さんはますます頑なになって深いキスを求めてくる。
「ん……っ……だめ……んんぅ……」
舌が擦れ合うと、ずくんとお腹の奥が疼いて響く。
なにも知らなかった私の身体は、豊さんによってすっかり作り替えられてしまった。
キスをされただけでもこの人を欲しがるような身体に。
「ぁ……や、んっ……」
「……仕事場だぞ」
浅い呼吸を吐きながら文句を言われる。
誰のせいだと思っているのか。
私の方こそむっとして、仕返しのために豊さんの頬をつねった。
「離さないと本当に浮気しますから」
「だったら、君を縛り付けておく。手錠でもかけて家から出られないようにしてやる」
(やりかねない……!)
危うすぎる言葉に反論を封じられてしまった。
豊さんは軽く鼻を鳴らして、触れるだけのキスをする。
「もっと、君から愛されている実感が欲しいな」
「……え?」
「外、先に出てる」
「あっ、ちょっと……」
私が止めるのも聞かず、豊さんはさっさと部屋を出て行ってしまった。
(……なに、それ)
鈍感な婚約者に湧き上がるのは確かな怒り。
(ありえないって言った意味を考えたら、私の気持ちぐらいわかるでしょ……!)
たとえマリッジブルーになろうとなにになろうと、私は絶対にアキくんに――他の人に惹かれたりしない。
それはもちろん、すでにただ一人に心を奪われてしまっているからだけれど、肝心のその『ただ一人』がそれを理解していないらしかった。
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