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第三章︰踏切からの帰還と中立の天秤
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警鐘の主 ――
張り詰めた会議室の空気を切り裂くように、廊下から乾いた音が響いてきた。
「カン、……カン、……カン、……」
それは不吉な予兆ではなく、現世の境界線で鳴り響く、あの命を繋ぎ止めるための警鐘。
扉が開き、一人の女性が悠然と入室してきた。
黒のレザーキャスケットを目深に被り、
跳ねた毛先を金色に染めた黒髪に
パンク・ロック風の黒のレザーに身を包んだ彼女。
漆黒の空洞のある両目には無骨な太い釘がそれぞれ深く突き刺さっている。その異形な風亭とは裏腹に、彼女から漂うのは、長年現世の最前線で「生と死」を見つめてきた者特有の、冷徹なまでの静寂だった。
「うん、遅れて悪かったね。踏切で少し、迷い子がいたもんでさぁ。」
カン、カン
彼女は怨霊でありながら、自死を望む者を踏切で引き止める活動を続け、天界から特例で「現世常駐」を許された稀有な実績の持ち主だ。良識派の精神的支柱でありながら、常に物事を俯瞰するニヒルな彼女の言葉には、感情論で動く他の怨霊たちを黙らせる重みがある。
「うん、今回の件に関しては、あたしはどっちの味方でもないよ姦姦蛇螺。……けどね。」
彼女は円卓の空席に腰を下ろすと、釘の刺さった両目を向けるようにして一同を見渡した。
「執行部の総入れ替えだなんだと騒ぐ前に、少しは現場を見たらどうだい? あたしはあいつらのマンションの隣に住んでる砂かけの婆さんと一緒に、時折あの二人の生活をずっと見守っている。」
姦姦蛇螺が銀縁眼鏡を指で上げ、不服そうに口を開こうとしたが、カン、カンはそれを手で制した。
「貞子があの男をDVDに引き込んだのは、確かに不細工な失態だ。すぐ救出しなかった執行部の管理不足も否定しない。けどさ、あの『終わってる男』……健一だったかい? あいつは今、貞子に『真っ当な生き方』を叩き込んでる。家計簿をつけさせ、バイトをさせ、夜間高校に通わせる。怨霊を人間に戻そうなんて、あたしたちの理屈じゃ測れない奇跡を、あのドMなお人好し野郎は地で行ってるんだよ。」
カン、カンはふっと自嘲気味に笑い、仲良しである口裂け女に視線を向けた。
「執行部の首を飛ばすのは簡単さね。けど、今ここで体制を変えて現世への干渉を強めれば、あの二人の『救い』の物語を壊すことになるかもしれない。あたしは、もう少し様子を見てもいいと思うね。あの二人がどこまで行くのか、その経過を見てからでも、断罪は遅くないんじゃないかい?」
実績と徳を兼ね備えた彼女の意見に、良識派の面々も沈黙せざるを得ない。アクロバティックサラサラも、姦姦蛇螺も、カン、カンの俯瞰した視点とニヒルな説得力には一目置いていた。
「あたしはさ……あんなに必死にあの子に対して『責任』を取ろうとする人間を、初めて見たんだよ。……そんなの、ちょっとした希望じゃないか…。そう思わないかい皆?」
会議室に、しばしの静寂が訪れる。
過激派の花子さんは、カン、カンの助け舟に感謝するように深く頷いた。
霊界の政治闘争は、カン、カンの登場によって一時的な停戦状態へと持ち込まれた。
その頃、現世では――。
隣の部屋で「砂かけ婆」が熱燗をちびちび呑みながら暇つぶしに壁に耳を澄ませる中、健一が「貞子さん! また洗濯物取り込まなかったでしょ!」と怒鳴り、貞子が「……うるさいわね、仕方ないでしょ」と口答えをして、案の定「今日のおかず一品抜き」の刑に処されていた。
カン、カンは、目隠しの釘の奥で、その騒がしい都内の一角の愛の音を思い出し、少しだけ、本当に少しだけ、優しい微笑を浮かべるのだった。
張り詰めた会議室の空気を切り裂くように、廊下から乾いた音が響いてきた。
「カン、……カン、……カン、……」
それは不吉な予兆ではなく、現世の境界線で鳴り響く、あの命を繋ぎ止めるための警鐘。
扉が開き、一人の女性が悠然と入室してきた。
黒のレザーキャスケットを目深に被り、
跳ねた毛先を金色に染めた黒髪に
パンク・ロック風の黒のレザーに身を包んだ彼女。
漆黒の空洞のある両目には無骨な太い釘がそれぞれ深く突き刺さっている。その異形な風亭とは裏腹に、彼女から漂うのは、長年現世の最前線で「生と死」を見つめてきた者特有の、冷徹なまでの静寂だった。
「うん、遅れて悪かったね。踏切で少し、迷い子がいたもんでさぁ。」
カン、カン
彼女は怨霊でありながら、自死を望む者を踏切で引き止める活動を続け、天界から特例で「現世常駐」を許された稀有な実績の持ち主だ。良識派の精神的支柱でありながら、常に物事を俯瞰するニヒルな彼女の言葉には、感情論で動く他の怨霊たちを黙らせる重みがある。
「うん、今回の件に関しては、あたしはどっちの味方でもないよ姦姦蛇螺。……けどね。」
彼女は円卓の空席に腰を下ろすと、釘の刺さった両目を向けるようにして一同を見渡した。
「執行部の総入れ替えだなんだと騒ぐ前に、少しは現場を見たらどうだい? あたしはあいつらのマンションの隣に住んでる砂かけの婆さんと一緒に、時折あの二人の生活をずっと見守っている。」
姦姦蛇螺が銀縁眼鏡を指で上げ、不服そうに口を開こうとしたが、カン、カンはそれを手で制した。
「貞子があの男をDVDに引き込んだのは、確かに不細工な失態だ。すぐ救出しなかった執行部の管理不足も否定しない。けどさ、あの『終わってる男』……健一だったかい? あいつは今、貞子に『真っ当な生き方』を叩き込んでる。家計簿をつけさせ、バイトをさせ、夜間高校に通わせる。怨霊を人間に戻そうなんて、あたしたちの理屈じゃ測れない奇跡を、あのドMなお人好し野郎は地で行ってるんだよ。」
カン、カンはふっと自嘲気味に笑い、仲良しである口裂け女に視線を向けた。
「執行部の首を飛ばすのは簡単さね。けど、今ここで体制を変えて現世への干渉を強めれば、あの二人の『救い』の物語を壊すことになるかもしれない。あたしは、もう少し様子を見てもいいと思うね。あの二人がどこまで行くのか、その経過を見てからでも、断罪は遅くないんじゃないかい?」
実績と徳を兼ね備えた彼女の意見に、良識派の面々も沈黙せざるを得ない。アクロバティックサラサラも、姦姦蛇螺も、カン、カンの俯瞰した視点とニヒルな説得力には一目置いていた。
「あたしはさ……あんなに必死にあの子に対して『責任』を取ろうとする人間を、初めて見たんだよ。……そんなの、ちょっとした希望じゃないか…。そう思わないかい皆?」
会議室に、しばしの静寂が訪れる。
過激派の花子さんは、カン、カンの助け舟に感謝するように深く頷いた。
霊界の政治闘争は、カン、カンの登場によって一時的な停戦状態へと持ち込まれた。
その頃、現世では――。
隣の部屋で「砂かけ婆」が熱燗をちびちび呑みながら暇つぶしに壁に耳を澄ませる中、健一が「貞子さん! また洗濯物取り込まなかったでしょ!」と怒鳴り、貞子が「……うるさいわね、仕方ないでしょ」と口答えをして、案の定「今日のおかず一品抜き」の刑に処されていた。
カン、カンは、目隠しの釘の奥で、その騒がしい都内の一角の愛の音を思い出し、少しだけ、本当に少しだけ、優しい微笑を浮かべるのだった。
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