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雲一つない青空。
王都の大聖堂には、国中から集まった祝いの鐘の音が鳴り響いていました。
バージンロードの先、祭壇の前には、純白のタキシードに身を包んだレオンハルト様が待っています。
彼は私――父のエスコートで歩いてくる花嫁姿の私――を見た瞬間、早くも目元を袖で拭っていました。
(……泣くのが早いですわ、レオンハルト様)
私は心の中でツッコミを入れつつ、右手にはブーケ、左手には懐中時計(ブーケの中に隠しています)を握りしめ、歩を進めました。
現在時刻は、予定通り十一時三十分。
入場行進、遅延なし。
聖歌隊のテンポ、良好。
参列者の配置、問題なし。
(完璧ね)
私の「挙式プロジェクト」は、今のところ寸分の狂いもなく進行しています。
父からレオンハルト様へと私の手が渡されます。
「スカーレット……。綺麗だ。息が止まりそうだ」
レオンハルト様が囁きました。その瞳は潤んでいて、子犬のような愛らしさと、騎士の凛々しさが同居しています。
「ありがとうございます。……ですがレオンハルト様、鼻水が出ていますわ」
「感極まっているんだ。許してくれ」
私たちは祭壇の前に並びました。
神父様が厳かに聖書を開きます。
「汝、レオンハルト・アイゼン。病める時も、健やかなる時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓うか?」
「誓います。……命だけでなく、魂にかけて」
レオンハルト様の力強い誓い。
会場から「はぁ~、素敵……」というため息が漏れました。
「汝、スカーレット・ヴァレンタイン。……(同文)……誓うか?」
「誓います。契約書通りに」
私は実務的に答えました。
さあ、次は指輪の交換です。これが終われば、あとは誓いのキスをして、サクッと退場。
所要時間、残り十五分。完璧なタイムマネジメントです。
ところが。
神父様が、台本にはない余計な一言を口走りました。
「――では、この二人の結婚に異議がある者は、今すぐ申し出よ。さもなくば、永遠に沈黙せよ」
(……は?)
私は眉をひそめました。
そのセリフは「時間短縮のためカット」と進行表に赤字で書いておいたはずです。
神父様、アドリブを入れましたね? あとで減給です。
「……異議などあるはずがないだろう」
レオンハルト様も苦笑し、私に指輪を嵌めようとしました。
その時です。
バァァァァン!!
大聖堂のステンドグラスが激しく震え、天井から「待ったァァァ!!」という大音声が降り注ぎました。
「!?」
参列者たちが悲鳴を上げて見上げると、大聖堂の上空に、巨大な影が差しました。
あれは……飛空艇?
いいえ、ガレリア帝国の最新鋭「魔導強襲揚陸艦」です。
「異議あり!! その結婚、非効率につき却下する!!」
拡声魔法で響き渡る、聞き覚えのある声。
天井の窓が割れ、そこからロープ一本で颯爽と降りてきたのは、銀髪の皇太子、ルーカス殿下でした。
彼はスタッと祭壇の上に着地し(神父様が腰を抜かしました)、バサリとマントを翻しました。
「やあ、スカーレット! ギリギリ間に合ったね!」
「ルーカス……貴様……!」
レオンハルト様が瞬時に私を背に庇い、どこからともなく剣(儀礼用ですが本物)を抜きました。
「何の真似だ? ここは神聖な結婚式場だぞ。空気を読め!」
「空気? そんなものよりデータを読みたまえ!」
ルーカス殿下は懐から、分厚いグラフ用紙を取り出しました。
「僕は計算し直したんだ! 君たちが結婚した場合の『幸福度』と、僕とスカーレットが結婚した場合の『世界経済発展率』を! 結果、後者の方が0.5%だけ効率が良いことが判明した!」
「誤差の範囲ですわ!」
私は思わず叫びました。
「お帰りください! 今は式の最中です! 貴方のせいでスケジュールが三分遅れています!」
「たった三分だろう? 僕と結婚すれば、人生の無駄な時間を三十年は短縮できるぞ!」
「貴様……スカーレットをデータで語るな!」
レオンハルト様の殺気が膨れ上がります。
会場はパニックです。
「きゃあ! 帝国の皇太子よ!」
「戦争!? ここで戦争が始まるの!?」
「衛兵! 衛兵!」
アイゼン公爵夫人(お義母様)だけは、扇で顔を隠しながら「あらあら、モテる嫁をもらうと大変ね」と涼しい顔をしていますが。
「さあ、スカーレット! その指輪を捨てて、僕の手を取るんだ! 今ならこの揚陸艦で、ハネムーン(世界視察)へ直行できるぞ!」
ルーカス殿下が手を差し伸べてきました。
私はその手を見つめ、そして懐中時計を見ました。
遅延、五分。
許容範囲を超えました。
私のこめかみに、青筋が浮かび上がりました。
「……いい加減になさい」
私はドレスの裾を捲り上げました。
そこ(太腿のガーターベルト)には、護身用の小型拳銃――ではなく、式典用の「祝砲用クラッカー(特大)」が隠されていました。
「えっ?」
ルーカス殿下が固まりました。
「私の! 完璧な! スケジュールを!!」
私はクラッカーの筒を、ルーカス殿下の顔面に突きつけました。
「邪魔するなぁぁぁぁ!!」
パーーーーーーン!!!
特大の破裂音と共に、色とりどりの紙吹雪と金銀のテープが、至近距離でルーカス殿下の顔面に炸裂しました。
「ぶべらっ!?」
皇太子殿下は華麗に吹き飛び、祭壇の下へと転がり落ちました。
シーン……。
大聖堂が静まり返ります。
顔中をキラキラのテープまみれにしたルーカス殿下が、ピクピクと震えながら起き上がりました。
「……い、痛い……けど……」
彼は鼻血を垂らしながら、なぜか恍惚とした表情で私を見上げました。
「素晴らしい……! その判断力! その火器の威力! やはり君こそ、帝国に必要な人材だ……!」
「懲りない男だな、貴様は」
レオンハルト様が呆れ果てて剣を収めました。
「……スカーレット。やっていいことと悪いことがあるが、今のは『ナイス』だ」
「ありがとうございます」
私はクラッカーの筒を投げ捨て、息を整えました。
「神父様、続きを」
「は、はい……!」
腰を抜かしていた神父様が慌てて立ち上がりました。
「えー、では……異議のある者は……」
「もう結構です! 先へ進めて!」
「は、はい! では指輪の交換!」
私はレオンハルト様の指に、力任せに指輪をねじ込みました。
レオンハルト様も、苦笑しながら私の指に指輪を嵌めてくれます。
「……騒がしい式になったな」
「ええ。ですが、記憶には残りますわ」
「違いない」
そして、最後の誓いのキス。
レオンハルト様がベールを上げ、私の顔を覗き込みました。
「……五秒だったな?」
「はい。五秒です」
「短いが、濃厚にいかせてもらう」
彼は私の腰を引き寄せ、唇を重ねました。
一、二、三……。
その間、ルーカス殿下は「くそっ、見せつけやがって! データにはない数値だ!」と悔しがり、リリィ様は「キャー! 絵描きさん、今の描いてぇぇ!」と叫び、ヴィクター氏は「器物破損と不法侵入で、帝国への請求書を作成しておくか」と手帳を開いていました。
五秒。
レオンハルト様は唇を離しましたが、その瞳は名残惜しそうに熱く私を見つめていました。
「……愛している、スカーレット」
「……私もです、レオンハルト様」
カラン、カラン、カラン!
祝福の鐘が鳴り響きます。
こうして、帝国皇太子の乱入というハプニングはありましたが、私の結婚式は(大幅な遅延を除けば)無事に成立しました。
「さあ、退場です! 急いで! 披露宴のスープが冷めます!」
「最後まで効率重視だな、私の妻は!」
レオンハルト様はお姫様抱っこで私を抱え上げ、バージンロードを駆け抜けました。
拍手と歓声、そして紙吹雪の中へ。
これにて、一件落着――。
とはいかないのが、私の人生のようです。
なぜなら、吹き飛ばされたルーカス殿下が、マイクを握りしめて叫んでいたからです。
「まだだ! 結婚生活はこれからが本番だ! 『離婚率』というデータがある限り、僕は諦めないぞォォォ!」
……やれやれ。
どうやらこの先も、私の「安眠」と「定時退社」を巡る戦いは続きそうです。
(でもまあ……二人なら、なんとかなるでしょう)
私はレオンハルト様の胸に顔を埋め、今日一番の笑顔を浮かべました。
王都の大聖堂には、国中から集まった祝いの鐘の音が鳴り響いていました。
バージンロードの先、祭壇の前には、純白のタキシードに身を包んだレオンハルト様が待っています。
彼は私――父のエスコートで歩いてくる花嫁姿の私――を見た瞬間、早くも目元を袖で拭っていました。
(……泣くのが早いですわ、レオンハルト様)
私は心の中でツッコミを入れつつ、右手にはブーケ、左手には懐中時計(ブーケの中に隠しています)を握りしめ、歩を進めました。
現在時刻は、予定通り十一時三十分。
入場行進、遅延なし。
聖歌隊のテンポ、良好。
参列者の配置、問題なし。
(完璧ね)
私の「挙式プロジェクト」は、今のところ寸分の狂いもなく進行しています。
父からレオンハルト様へと私の手が渡されます。
「スカーレット……。綺麗だ。息が止まりそうだ」
レオンハルト様が囁きました。その瞳は潤んでいて、子犬のような愛らしさと、騎士の凛々しさが同居しています。
「ありがとうございます。……ですがレオンハルト様、鼻水が出ていますわ」
「感極まっているんだ。許してくれ」
私たちは祭壇の前に並びました。
神父様が厳かに聖書を開きます。
「汝、レオンハルト・アイゼン。病める時も、健やかなる時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓うか?」
「誓います。……命だけでなく、魂にかけて」
レオンハルト様の力強い誓い。
会場から「はぁ~、素敵……」というため息が漏れました。
「汝、スカーレット・ヴァレンタイン。……(同文)……誓うか?」
「誓います。契約書通りに」
私は実務的に答えました。
さあ、次は指輪の交換です。これが終われば、あとは誓いのキスをして、サクッと退場。
所要時間、残り十五分。完璧なタイムマネジメントです。
ところが。
神父様が、台本にはない余計な一言を口走りました。
「――では、この二人の結婚に異議がある者は、今すぐ申し出よ。さもなくば、永遠に沈黙せよ」
(……は?)
私は眉をひそめました。
そのセリフは「時間短縮のためカット」と進行表に赤字で書いておいたはずです。
神父様、アドリブを入れましたね? あとで減給です。
「……異議などあるはずがないだろう」
レオンハルト様も苦笑し、私に指輪を嵌めようとしました。
その時です。
バァァァァン!!
大聖堂のステンドグラスが激しく震え、天井から「待ったァァァ!!」という大音声が降り注ぎました。
「!?」
参列者たちが悲鳴を上げて見上げると、大聖堂の上空に、巨大な影が差しました。
あれは……飛空艇?
いいえ、ガレリア帝国の最新鋭「魔導強襲揚陸艦」です。
「異議あり!! その結婚、非効率につき却下する!!」
拡声魔法で響き渡る、聞き覚えのある声。
天井の窓が割れ、そこからロープ一本で颯爽と降りてきたのは、銀髪の皇太子、ルーカス殿下でした。
彼はスタッと祭壇の上に着地し(神父様が腰を抜かしました)、バサリとマントを翻しました。
「やあ、スカーレット! ギリギリ間に合ったね!」
「ルーカス……貴様……!」
レオンハルト様が瞬時に私を背に庇い、どこからともなく剣(儀礼用ですが本物)を抜きました。
「何の真似だ? ここは神聖な結婚式場だぞ。空気を読め!」
「空気? そんなものよりデータを読みたまえ!」
ルーカス殿下は懐から、分厚いグラフ用紙を取り出しました。
「僕は計算し直したんだ! 君たちが結婚した場合の『幸福度』と、僕とスカーレットが結婚した場合の『世界経済発展率』を! 結果、後者の方が0.5%だけ効率が良いことが判明した!」
「誤差の範囲ですわ!」
私は思わず叫びました。
「お帰りください! 今は式の最中です! 貴方のせいでスケジュールが三分遅れています!」
「たった三分だろう? 僕と結婚すれば、人生の無駄な時間を三十年は短縮できるぞ!」
「貴様……スカーレットをデータで語るな!」
レオンハルト様の殺気が膨れ上がります。
会場はパニックです。
「きゃあ! 帝国の皇太子よ!」
「戦争!? ここで戦争が始まるの!?」
「衛兵! 衛兵!」
アイゼン公爵夫人(お義母様)だけは、扇で顔を隠しながら「あらあら、モテる嫁をもらうと大変ね」と涼しい顔をしていますが。
「さあ、スカーレット! その指輪を捨てて、僕の手を取るんだ! 今ならこの揚陸艦で、ハネムーン(世界視察)へ直行できるぞ!」
ルーカス殿下が手を差し伸べてきました。
私はその手を見つめ、そして懐中時計を見ました。
遅延、五分。
許容範囲を超えました。
私のこめかみに、青筋が浮かび上がりました。
「……いい加減になさい」
私はドレスの裾を捲り上げました。
そこ(太腿のガーターベルト)には、護身用の小型拳銃――ではなく、式典用の「祝砲用クラッカー(特大)」が隠されていました。
「えっ?」
ルーカス殿下が固まりました。
「私の! 完璧な! スケジュールを!!」
私はクラッカーの筒を、ルーカス殿下の顔面に突きつけました。
「邪魔するなぁぁぁぁ!!」
パーーーーーーン!!!
特大の破裂音と共に、色とりどりの紙吹雪と金銀のテープが、至近距離でルーカス殿下の顔面に炸裂しました。
「ぶべらっ!?」
皇太子殿下は華麗に吹き飛び、祭壇の下へと転がり落ちました。
シーン……。
大聖堂が静まり返ります。
顔中をキラキラのテープまみれにしたルーカス殿下が、ピクピクと震えながら起き上がりました。
「……い、痛い……けど……」
彼は鼻血を垂らしながら、なぜか恍惚とした表情で私を見上げました。
「素晴らしい……! その判断力! その火器の威力! やはり君こそ、帝国に必要な人材だ……!」
「懲りない男だな、貴様は」
レオンハルト様が呆れ果てて剣を収めました。
「……スカーレット。やっていいことと悪いことがあるが、今のは『ナイス』だ」
「ありがとうございます」
私はクラッカーの筒を投げ捨て、息を整えました。
「神父様、続きを」
「は、はい……!」
腰を抜かしていた神父様が慌てて立ち上がりました。
「えー、では……異議のある者は……」
「もう結構です! 先へ進めて!」
「は、はい! では指輪の交換!」
私はレオンハルト様の指に、力任せに指輪をねじ込みました。
レオンハルト様も、苦笑しながら私の指に指輪を嵌めてくれます。
「……騒がしい式になったな」
「ええ。ですが、記憶には残りますわ」
「違いない」
そして、最後の誓いのキス。
レオンハルト様がベールを上げ、私の顔を覗き込みました。
「……五秒だったな?」
「はい。五秒です」
「短いが、濃厚にいかせてもらう」
彼は私の腰を引き寄せ、唇を重ねました。
一、二、三……。
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五秒。
レオンハルト様は唇を離しましたが、その瞳は名残惜しそうに熱く私を見つめていました。
「……愛している、スカーレット」
「……私もです、レオンハルト様」
カラン、カラン、カラン!
祝福の鐘が鳴り響きます。
こうして、帝国皇太子の乱入というハプニングはありましたが、私の結婚式は(大幅な遅延を除けば)無事に成立しました。
「さあ、退場です! 急いで! 披露宴のスープが冷めます!」
「最後まで効率重視だな、私の妻は!」
レオンハルト様はお姫様抱っこで私を抱え上げ、バージンロードを駆け抜けました。
拍手と歓声、そして紙吹雪の中へ。
これにて、一件落着――。
とはいかないのが、私の人生のようです。
なぜなら、吹き飛ばされたルーカス殿下が、マイクを握りしめて叫んでいたからです。
「まだだ! 結婚生活はこれからが本番だ! 『離婚率』というデータがある限り、僕は諦めないぞォォォ!」
……やれやれ。
どうやらこの先も、私の「安眠」と「定時退社」を巡る戦いは続きそうです。
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