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煌びやかなシャンデリアの光が、王城の大広間をこれでもかと照らしている。
だが、私、ターリア・フォン・バルトシュにとって、この光は処刑台を照らすスポットライトにしか見えなかった。
「ターリア・フォン・バルトシュ! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
広間に、第一王子ユリウス様の怒声が響き渡った。
周囲の貴族たちがざわめき、冷ややかな視線が私に突き刺さる。
(……来た。ついに、この時が来た!)
私は震えていた。
恐怖で、ではない。いや、半分は恐怖だが、もう半分は「やっとこの地獄から解放される」という歓喜である。
ユリウス様の隣には、この国の「聖女」と名高い男爵令嬢、フローラ・メルヴィル様が寄り添っている。
彼女は、か弱く、守ってあげたくなるような可憐な少女――と、世間では思われている。
だが、私には見える。
彼女の背後に渦巻く、どす黒いナニカが。
彼女がこちらを見て浮かべている、慈愛に満ちた(ように見える)その微笑みが、獲物をじっくりといたぶる捕食者の笑みにしか見えないのだ。
「……お言葉ですが、ユリウス様。婚約破棄の理由を伺っても?」
私は精一杯、声を絞り出した。
本当は理由なんてどうでもいい。今すぐ書類にサインして、全速力でこの場を立ち去りたい。
だが、ここで食い下がらないと「悪役」としての形がつかない。
「白々しい! 貴様がフローラに対して行った数々の嫌がらせ、すべて証拠は上がっているのだぞ!」
ユリウス様が声を荒らげる。
「嫌がらせ……と仰いますと?」
「フローラの教科書を隠し、彼女の馬車の車輪を細工し、あろうことか夜会で彼女に毒を盛ろうとしただろう!」
(……違う、全部違うんです。教科書を隠したのは彼女が私を追い回さないように机の奥に押し込んだだけだし、馬車の細工は彼女が私の屋敷に来られないようにしただけ。毒に関しては、彼女が私に食べさせようとした怪しい手作りクッキーを、必死でゴミ箱に叩き込んだだけなのに!)
言い訳をしたい。だが、それを言えばフローラ様が「まあ、お姉様ったら」と微笑みながら近づいてくる。
それが一番怖い。
フローラ様が、一歩、前に出た。
「ユリウス様、もうよろしいのです。ターリア様もお寂しかっただけなのですわ」
フローラ様の鈴を転がすような声。
その瞬間、私の背筋に氷を突き立てられたような悪寒が走った。
(ひいっ! こっちを見ないで! その『次は逃がさない』って書いてある瞳で私を見ないで!)
彼女の瞳の奥は、まったく笑っていない。
「フローラ、君はなんて優しいんだ。こんな女を庇うなんて……」
ユリウス様が感動したように彼女の手を取る。
王子様、目を覚まして。あなたの後ろにいるのは聖女じゃない、物理的にこの世を滅ぼしかねない何かよ。
「……認めます。すべて私がやりました」
私は即座に断言した。
「……えっ?」
ユリウス様が拍子抜けしたような声を出す。
普通なら、ここで「冤罪です!」と泣き崩れるか、逆上して罵声を浴びせるのが悪役令嬢の嗜みだろう。
だが、私は違う。
ここで罪を認めなければ、フローラ様が「本当のことをお話ししましょうか?」とさらに追い詰めてくる。
そうなれば、私の精神は崩壊する。
「婚約破棄、喜んでお受けいたします。慰謝料も不要です。今すぐ、この場から私を追放してください」
「き、貴様……反省の色もないのか!」
「反省はしています! ですから、一刻も早く、一分一秒でも早く、この国から、いえ、フローラ様の視界から私を消してください!」
私は必死だった。
その剣幕に、周囲の貴族たちが引き気味になる。
「……ふん、そこまで言うなら望み通りにしてやる。ターリア、貴様を公爵家から除名し、国外追放を命じる!」
「ありがとうございます!!」
私は深々と頭を下げた。
これほどまでに感謝の気持ちを込めた「ありがとうございます」は、人生で初めてだった。
「……お姉様?」
不意に、フローラ様が首を傾げた。
その、ゾッとするほど美しい動作。
彼女がゆっくりと私に歩み寄ってくる。
「どうして、そんなに嬉しそうなのですか? 私と離れるのが、そんなに嬉しい……?」
彼女の距離が近い。
良い香りがするはずなのに、私の鼻には死臭のような不吉な気配しか届かない。
「い、いえ、滅相もございません! ただ、自分の罪の重さに耐えかね、身を粉にして反省したいと思いまして!」
私は後ずさりしながら叫んだ。
「あら、そうですの。でも、寂しいですわ。……お姉様とは、もっと『深く』関わりたかったのに」
フローラ様の細い指先が、私の頬に触れようとする。
私は、人生最大の反射神経でそれを回避した。
「では! 準備がありますので、これにて失礼いたします!!」
私はドレスの裾を掴み、全速力で駆け出した。
「あ、おい! まだ話は終わって――」
ユリウス様の呼びかけも無視し、私は大広間の扉を蹴り開ける勢いで飛び出した。
背後で、フローラ様がクスクスと笑う声が聞こえた気がした。
(逃げる! 地の果てまで逃げてやるわ!)
馬車に飛び乗り、御者に叫ぶ。
「今すぐ出発して! 全速力よ! 公爵家には寄らなくていい、国境へ向かって!」
「は、はあ!? しかしお嬢様、お荷物は……」
「そんなものいらないわ! 命があればそれでいいのよ!」
馬車がガタガタと音を立てて走り出す。
車窓から遠ざかる王城を見上げ、私はようやく息を吐いた。
これでいい。これでようやく、あの「笑顔の化け物」からおさらばできる。
身分も、名誉も、贅沢な暮らしも、あんな恐怖に比べれば安いものだ。
だが、その時の私はまだ知らなかった。
フローラ様の執着が、国境などという物理的な壁で防げるほど甘いものではなかったということを。
そして、私の「恐怖に歪む顔」が、彼女にとって最高のご馳走であったということも――。
だが、私、ターリア・フォン・バルトシュにとって、この光は処刑台を照らすスポットライトにしか見えなかった。
「ターリア・フォン・バルトシュ! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
広間に、第一王子ユリウス様の怒声が響き渡った。
周囲の貴族たちがざわめき、冷ややかな視線が私に突き刺さる。
(……来た。ついに、この時が来た!)
私は震えていた。
恐怖で、ではない。いや、半分は恐怖だが、もう半分は「やっとこの地獄から解放される」という歓喜である。
ユリウス様の隣には、この国の「聖女」と名高い男爵令嬢、フローラ・メルヴィル様が寄り添っている。
彼女は、か弱く、守ってあげたくなるような可憐な少女――と、世間では思われている。
だが、私には見える。
彼女の背後に渦巻く、どす黒いナニカが。
彼女がこちらを見て浮かべている、慈愛に満ちた(ように見える)その微笑みが、獲物をじっくりといたぶる捕食者の笑みにしか見えないのだ。
「……お言葉ですが、ユリウス様。婚約破棄の理由を伺っても?」
私は精一杯、声を絞り出した。
本当は理由なんてどうでもいい。今すぐ書類にサインして、全速力でこの場を立ち去りたい。
だが、ここで食い下がらないと「悪役」としての形がつかない。
「白々しい! 貴様がフローラに対して行った数々の嫌がらせ、すべて証拠は上がっているのだぞ!」
ユリウス様が声を荒らげる。
「嫌がらせ……と仰いますと?」
「フローラの教科書を隠し、彼女の馬車の車輪を細工し、あろうことか夜会で彼女に毒を盛ろうとしただろう!」
(……違う、全部違うんです。教科書を隠したのは彼女が私を追い回さないように机の奥に押し込んだだけだし、馬車の細工は彼女が私の屋敷に来られないようにしただけ。毒に関しては、彼女が私に食べさせようとした怪しい手作りクッキーを、必死でゴミ箱に叩き込んだだけなのに!)
言い訳をしたい。だが、それを言えばフローラ様が「まあ、お姉様ったら」と微笑みながら近づいてくる。
それが一番怖い。
フローラ様が、一歩、前に出た。
「ユリウス様、もうよろしいのです。ターリア様もお寂しかっただけなのですわ」
フローラ様の鈴を転がすような声。
その瞬間、私の背筋に氷を突き立てられたような悪寒が走った。
(ひいっ! こっちを見ないで! その『次は逃がさない』って書いてある瞳で私を見ないで!)
彼女の瞳の奥は、まったく笑っていない。
「フローラ、君はなんて優しいんだ。こんな女を庇うなんて……」
ユリウス様が感動したように彼女の手を取る。
王子様、目を覚まして。あなたの後ろにいるのは聖女じゃない、物理的にこの世を滅ぼしかねない何かよ。
「……認めます。すべて私がやりました」
私は即座に断言した。
「……えっ?」
ユリウス様が拍子抜けしたような声を出す。
普通なら、ここで「冤罪です!」と泣き崩れるか、逆上して罵声を浴びせるのが悪役令嬢の嗜みだろう。
だが、私は違う。
ここで罪を認めなければ、フローラ様が「本当のことをお話ししましょうか?」とさらに追い詰めてくる。
そうなれば、私の精神は崩壊する。
「婚約破棄、喜んでお受けいたします。慰謝料も不要です。今すぐ、この場から私を追放してください」
「き、貴様……反省の色もないのか!」
「反省はしています! ですから、一刻も早く、一分一秒でも早く、この国から、いえ、フローラ様の視界から私を消してください!」
私は必死だった。
その剣幕に、周囲の貴族たちが引き気味になる。
「……ふん、そこまで言うなら望み通りにしてやる。ターリア、貴様を公爵家から除名し、国外追放を命じる!」
「ありがとうございます!!」
私は深々と頭を下げた。
これほどまでに感謝の気持ちを込めた「ありがとうございます」は、人生で初めてだった。
「……お姉様?」
不意に、フローラ様が首を傾げた。
その、ゾッとするほど美しい動作。
彼女がゆっくりと私に歩み寄ってくる。
「どうして、そんなに嬉しそうなのですか? 私と離れるのが、そんなに嬉しい……?」
彼女の距離が近い。
良い香りがするはずなのに、私の鼻には死臭のような不吉な気配しか届かない。
「い、いえ、滅相もございません! ただ、自分の罪の重さに耐えかね、身を粉にして反省したいと思いまして!」
私は後ずさりしながら叫んだ。
「あら、そうですの。でも、寂しいですわ。……お姉様とは、もっと『深く』関わりたかったのに」
フローラ様の細い指先が、私の頬に触れようとする。
私は、人生最大の反射神経でそれを回避した。
「では! 準備がありますので、これにて失礼いたします!!」
私はドレスの裾を掴み、全速力で駆け出した。
「あ、おい! まだ話は終わって――」
ユリウス様の呼びかけも無視し、私は大広間の扉を蹴り開ける勢いで飛び出した。
背後で、フローラ様がクスクスと笑う声が聞こえた気がした。
(逃げる! 地の果てまで逃げてやるわ!)
馬車に飛び乗り、御者に叫ぶ。
「今すぐ出発して! 全速力よ! 公爵家には寄らなくていい、国境へ向かって!」
「は、はあ!? しかしお嬢様、お荷物は……」
「そんなものいらないわ! 命があればそれでいいのよ!」
馬車がガタガタと音を立てて走り出す。
車窓から遠ざかる王城を見上げ、私はようやく息を吐いた。
これでいい。これでようやく、あの「笑顔の化け物」からおさらばできる。
身分も、名誉も、贅沢な暮らしも、あんな恐怖に比べれば安いものだ。
だが、その時の私はまだ知らなかった。
フローラ様の執着が、国境などという物理的な壁で防げるほど甘いものではなかったということを。
そして、私の「恐怖に歪む顔」が、彼女にとって最高のご馳走であったということも――。
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